第32話『狂戦士』

 ――何だ?


 ギルドの受け付け待ちをしていると、床下からスモウレスラーのツッパリで突き上げるような振動が一定間隔で響く。


 地響きが辺り一帯に響くのは、地震かと思いきやどうやら違う様子だ。

 探索者風の男がギルドへ息急き切って駆け込み、叫ぶことで答え合わせができた。


「魔獣だ! 町中にまでいるぞ! 黒目の奴らだ! 攻め込んできた!」


 よほど慌てていたのか、激しく呼吸はまだ終わらない。


 真っ昼間に毎回、黒目と呼ばれる奴らが沸くのはアルベベ王都ならではのことだ。

 

 魔獣が突然湧き出す理由は、いまだに誰も掴めていない。

 現状湧いたら討伐をするという、ごく当たり前な対処しかしていない。

 

 たまたま居合わせていたギルドマスターの判断は早かった。


「緊急招集だ。腕に自信のあるやつだけで構わない参加は自由だ。討伐数に応じてカネを払う。1体につき金貨一枚だ。討伐し終えたら、ギルドタグで確認と精算。以上だ。あとで緊急依頼の依頼表を貼っておく」


 1体1金貨は破格なような気もするけど、周りの探索者は苦虫を噛み潰したかのように渋い顔だ。

 

 つまり、金貨でも割に合わない相手なのだろう。


「あれ? ようやくお出ましなの? 京也は引き強いねー。イヒヒヒ」


 闇精霊は中空でうつ伏せに寝そべりながら、俺の顔の高さで浮いている。


 まるで今まで知っていたかのような台詞だ。


 というより当然知っていて黙っていたんだろうなと思う。

 こいつはそういうやつだ。


「毒蛇だけだときついな……」


「氷結で足止めするよ?」


「赤い騎士! 戦争を司る奴で攻めてみるかー。結構エグいよ? もってかれないようにねー。イヒヒヒ」


「おっ。ちょっ! 待てよ」


 俺の意見などお構いなしに闇精霊は力を行使して、俺に何かを与えた。

 全身に赤い霧がまといつき、一瞬で頭から足の先まで甲冑に包まれた。

 手を見ると濃紅色をした赤黒さの際立つ鎧が見える。


 手にはいつの間にか背丈ほどの長さで胴体ほどの身幅のある大剣を握っていた。

 鼓動は早く、駆け出したい気持ちとせっつかれる破壊衝動に煽られて扉を飛び出した。


 馬小屋ほどある猪タイプの魔獣が目の前に迫ると、上段から力任せに一太刀を浴びせると縦に身体が真っふたつに分かれる。


 まるで豆腐を切ったかのような手応えだ。


「うぉぉぉぉおおおー!」


 猛烈に気持ちが迫り出した。

 京也は空へ向けて雄叫びをあげると、次にせまる熊の三倍以上はある魔獣に対して袈裟斬りにすると、いとも簡単に体が斜めにずり落ちる。


「うわ〜京也。デタラメなほど相性いいわー。面白くなるね〜。イヒヒヒ」


 動きも尋常でなく早く、ギルドにいる他の探索者は圧倒されるばかりか、呆気に取られてもはや観戦者になっていた。


 リムルも負けじと氷華魔法で足止めをして、京也の手助けをしている。

 止まることの無い、京也の爆進は大剣で薙ぎ払う嵐のようだった。


 すべて一太刀で切り裂き終わると、次の獲物に向けて飛んでいく勢いで真正面から切り伏せる。


 当然人を超えた機敏で尋常ではない動きをしているわけだから、肉体が普通では持たない。


 ところが、京也は耐久持ちなためすべてに耐久してしまう。

 つまりすこぶる相性がいいのだ。


 当の本人は異常な興奮作用と破壊衝動により、動きが一切止まらない。

 常に連続で動き動いた先には、魔獣の死体がある状態だ。


 心の底から渇望する衝動はまるで、喉が渇きすぎて水を欲しているのに、小指の先ほどのわずかな水の滴しか口にできない感覚が一番近い。


 つまり、猛烈な勢いで狩続けたくなる。


「化け物か……」


 周りの探索者はやっと一言口を開くのが精一杯だった。

 本来なら圧倒する力をもつものに対して、歓喜と共に我も続くとなりそそうなものの、京也の動きでは巻き込まれるため、躊躇ちゅうちょしてしまうのだ。


 それだけ圧倒的な力の誇示であり、何者も寄せ付けない動きでもあったのだ。

 ただし、おかげで見る見るうちに魔獣が減っていく。

 もはや敵なしの無双状態だった。


 京也当人は、まったく衝動が止まらないまま魔獣を狩り続けている。

 黒い剣は、剣速が速いほど影のようにしか見えなくなっていく。


 もはや誰も追うことは叶わない。


「ここまで相性がよいとはね……。京也が取り込まれているというよりは、京也が取り込んでいるような……。ん〜どうなんだろ。イヒヒヒ」


 闇精霊は予想以上の成果に、歓喜したくなるぐらいだった。

 なぜなら、仮に今後”門”を召喚しようとした時に、耐えうるどころかとんでもない物を持ってきそうだからだ。


 誰からも見つかることなく、闇精霊は空中でうつ伏せに寝そべり、戦いを嬉々とし観戦していた。




 一方ギルドマスターは……。

 

 ある一人の人物の目に映った物を見てみよう。

 相手はギルドマスターだ。


 ギルドマスターは予測の斜め上をいく戦況に、瞬きを忘れてしまった。


 京也の並外れた戦いっぷりに、ギルドマスターは目を見開き、しばし口を閉じることすら、忘れてしまうほどだった。


 皆ギルドの建物から出ようとせず、観戦に徹している。

 どう考えても激戦の中に入れなさそうだからだ。


 ふとギルドマスターは紹介状に書かれていることを思い出した。”魔力ゼロのコア制覇者”であると。


 あれで魔力ゼロなら一体どうなっているんだと首を傾げたくなるほど、馬鹿げた力であり、動きだ。


 以前聞いたことを思い出した。

 

 力の差がわかるやつは、まだ離れていても”差”がわかるから、なんとかなると。


 ところが一見、力なんぞないような奴が急に、恐ろしいほどの力を発揮していたなら決して敵対するなと……。


 大きさで例えるなら、池や湖ならなんとかなる。

 見える大きさで範囲もわかり限界も見えるから、対処しようがあると。


 ところが、海ではダメだ。


 どこまで続くのかわからないし、見えない大きさだからだ。

 考えることすら、意味をなさないぐらいムダなほど差がある。


 わけのわからない強さで、理不尽な力を振る舞う奴らのことを指し示す呼び名がある。


 ”超越者”と。


 超越者は触れざる者だ。

 いつ何時、逆鱗に触れるかわからない。

 触れたら最後で、過去の歴史では滅んだ国がいくつもある。

 

 ただ彼はいっていた、自分はレベルゼロだと。

 魔力もレベルも両方ゼロと。

 何かの冗談かと思うぐらいで、本気にしていなかった。

 

 逆に本当にゼロなのかも知れない。

 なぜなら、微塵も強さを最初は感じなかったのだ。

 まさか壊滅させるほどとは思いもよらない。


 ヤバイ、”本物”の化け物だ……。


 絶対に敵対できないし、したらおそらくは王都は消える。

 ギルドマスターとして即座に判断し、今いる全員に通達した。


 決してヤツとは敵対するなと。


 したやつは永久追放どころじゃない。

 敵対した場で即時、処刑すると通達した。

 

 そして俺たちは、本当にヤバイことを目撃してしまった。

 目の前で黒い何かが集約したかと思うと、黒い閃光が一直線に走り、通った道にあった物は、跡形もなくなってしまう。


 ――冗談じゃない。

 

 化け物以外、考えられないだろう。

 ゴダードのやつめ、とんでもない奴を寄越してくれたものだ。


 ギルドにいた全員は、彫像のように固まったまましばらく動けないでいた……。


 

 ――闇精霊は目を見張る。


「うわっー! やってくれるねっ! まさか短期間で”アレ”を放つとはね。面白くなってきたよ。イヒヒヒ」


 黒い閃光は、京也を起点にして真っすぐ過ぎ去った場所は、空間をくり抜いたかのように傷跡を残した。

 まるで円柱状のくり抜いたあとが建物の壁面に残り空間をかたどる。


 最後の攻撃で射線上の黒目の人や魔獣、家屋なども含めすべて消失した。


 消滅した時点では硬直していた者たちは、我にかえるとギルド内は歓喜で満ち溢れ、いつの間にか皆酒で乾杯し出す。


 鬱憤うっぷんは、代わりに果たされた。


 散々黒目には、痛い思いをさせられてきたのだ。


 ついに自分達が巻き返しを図る時がきたと、京也の活躍っぷりは勝鬨の狼煙に近い。


 圧倒的な力を見せつけられて最初は驚いていたところ、こうも蹂躙劇を見せつけられると、たぎる気持ちが湧いてくる。


 自分達が勝ったとあくまでも仲間の一員として、赤い騎士を認めていた。


 ギルドから観戦していた者たちは慄くどころかむしろ、やる気と熱意の入り混じった活気に満ち溢れるという状態を作り出した。


 さすが探索者たちも肝が据わっていて、まさにお祭り騒ぎだ。


 王都に巣食う黒目たちが、一掃されることに期待を寄せてしまう者もいる。

 それだけ黒目は根深く、住民やダンジョン活動を生業にしている者たちにとって害虫以外何者でもなかった。


 京也はまだ赤黒い色の全身甲冑を解除していなかった。

 何か頭上を見上げると咆哮を放つ。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!」


 勝利の雄叫びなのか、すぐに答えは見つかった。

 黒目の天使たちだった。


 天空に白い羽を羽ばたかせて、舞う姿はまさに天使だ。

 ただし目を閉じているならばだ。

 

 どうしたって眼球丸ごと黒目は、どう見ても邪悪にしか見えない。

 悪意という言葉に形があるならば、まさに黒目がその物だと言えるだろう。


 数にして二十程度はいる。固まらずばらけて空中に待機して京也を観察している。


 互いに攻撃をしかけようとまでは発展していなく、ただ様子を見ているだけだった。

 

「一触即発というわけでもなさそうね。まだまだ準備運動みたいな物だしな〜。このままことが起きてもおもしろいかもね。イヒヒヒ」


 闇精霊はリムルの隣で話かける。


「もう。そういう煽りはやめてください。あまりにもキョウに負担がかかりすぎじゃないですか」


 リムルは少しご立腹だ。

 どう見ても人智を超えた動きで肉体にかかる負担は、尋常でないのは明らかだからだからだ。


 しばらく互いに視線を交わしていた黒目の天使と京也は、興味を無くしたのか、互いに背中を見せてたちさる。


 闇精霊の手前までくると、甲冑状態が解除された。


 京也は、玉のような汗が全身からとめどなく噴き出してくる。戦っている時に意識は、もちろんあった。


 ただ、意識より先に本能が動いている感覚で、攻め込んだのは他でもない、京也本人であるのは事実だ。

 たった1回で物にできるほど簡単な技術でもないし、京也の体験や経験に基づいた物から再現された技ではない。


 そのため再度動こうとしても動きを再現するのは、今はできなかった。


 とはいえ甲冑を着ている時は、本能がむき出しになるような感覚に陥り、肉体は酷使されすべてに耐久してしまった。


 耐久できない場合は、使えない。

 

 そうしたところで見ると、京也との相性は非常によい力だった。


 ただしリスクがあるとしたら、甲冑を解除後まったく動けなくなるほど疲弊してしまうことだけだ。


 耐久は当然するので、暫し回復までに時間が必要だ。


 今回の討伐で闇レベルがいくつか上がり、確認をして見るとかなり上がった。

 

【名前】九条鳥 京也

【性別】男

【種族】”理人りじん” 理外の人

【年齢】16

【レベル】0

【闇レベル】26⇨32

【状態】耐久中

【能力】完全耐久

【特殊】言語理解

【闇スキル】闇闘気


 次のスキル解放までまだ先のようだ。

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