第21話『誤解』

 何においても速度に勝る物はない。今まで苦戦していたのはウソみたいだ。

 闇精霊のおかげで得た借り物の力とはいえ、ここまで差が出るのは恐るべき闇の力というべきなのだろうか。


 技術の差などものともしないし、ましてや相手が1動いたとき、既にこちらは既に1,000動いていた状態だ。相手は到底叶うわけがない。ただし時間は限られているのと闇精霊に依存した力ゆえ、悠長にしている暇はない。


 多勢に無勢でもさほど苦戦しているようには見えない中で、アリッサは持ち前の魔法で奮闘中だった。このまま任せたままでも制圧しそうな勢いでも、京也たちは激戦の中に飛び込み、一気に攻めこみ勢いが増す。

 

 当然ながら京也が使う四騎士の内のひとり”支配の力”は、異常とも言える能力だ。そのため、当人以外は何が起きたのか皆目検討がつかない状態になる。


 突然次の瞬間に、視界にいた魔族すべてが一気に爆散すれば、当然何が起きたのか驚きと新たな敵なのかとも考えてしまう。


 アリッサは状況をよく見ているのか、京也が何か仕掛けたのをすぐに理解している素振りでもあった。


 強力なためか、京也が借り受けた力は長く維持できなかった。今回の攻撃で再び元の時間軸に戻ると両手に握っていた拳銃も消滅してしまう。今のところ準備と発動は闇精霊にしてもらう必要があり、力の主導権は彼女が握っていた。


 おそらくは現実では1秒にも満たない時間だろう。体感で1秒が16分になる一千倍に引き伸ばされるなら、実に1秒未満の行動だ。


 リムルは、妖精魔法というべきさまざまな魔法を駆使して攻め立てる。魔法は魔族たちにも有効で、比較的多くの魔族を仕留めた。アリッサも強力な四大元素魔法を駆使しながら殲滅速度を上げていく。


 京也の毒蛇は合間を縫い、荒れ狂うように進み毒蛇の大きな口蓋を開けて食らいつき攻めていく。


 京也が参戦してから瞬く間に倉庫の外での殲滅が完了した。

 アリッサが指し示す倉庫の中に侵攻すると、何も置かれておらずただただ広い場所になっていた。


 一瞬罠かと勘違いしてしまうほどだ。

 

 床には、部屋の敷地すべてを使い、紫色の円環が描かれている。中央に悠然と佇み宙へ人一人分の高さに浮いた者がいた。


 大臣だった。


 唐突に現れると京也を見下ろす姿勢で突然語りかけてくる。


「君は何とも素晴らしいね。”誰もできなかった仕事”を唯一成し遂げた者だよ。72時間制限のダンジョンとはいえ攻略の難易度は、今まで誰もなしえなかったぐらいの場所だ。しかもたった一人でだ」


 今更何を言い出すのかと思えば、事実確認をしたいのだろうか。いや単に時間稼ぎなのだろう。


「……」


 京也は何も答えず、永遠なる闇の毒蛇を放つも体を通り抜けてしまう。姿と声を投影させているだけの物のようだ。やけにリアルに見える。


「ムダだよ。今は私がきみと話をする番だ。いくら攻撃しても通じないよ」


「……」


 京也は何も答えず、ひたすら毒蛇を間髪入れずに放ち続けて、打開策を考えていた。

 手持ちの毒蛇は使えば使うほど、顕現する存在感が強くなり威力も増す生きた武器だ。そのため、一見ムダ撃ちに見える動作も実は、少しずつ力の向上に寄与していた。


 なんか変だな……。

 

 このなんとも言えない何か変な気もしている。大臣はこの後に及んで一体何をしようというのだろうか。

 動けば動くほど、自分自身に不利な材料を暴露しているような物だ。逃げるまでの時間稼ぎのつもりでもあるのだろうかと疑問がよぎる。

 

 今使い続ける大蛇は、”向こう側の世界”からこちら側に来ようとしていると、闇精霊に言われた。だからというわけではないものの本体がきたときに、果たしてどうなるのかはまだわからない。


 京也の攻撃を気にも止めず、大臣は唐突に言い出した。


「私が知る限り君は、殴られている方で殴る側の者ではなかったはずだね……」


 訝しげに京也を眺めてくる。


「ああ……。難儀……しているんだ」


 京也ははじめて口を開くと同時に今度は、魔法陣へ向けて放つもまったく変化が見受けられない。


「このまま魔族を殺しても、魔族のいる世界は壊せぬぞ? 魔族の世界を相手するには、些か稚拙ではないかね?」


 何か盛大な誤解をしているので、そのまま話題へ乗ることにした。真意を知られるより全然いい。


「ああ、そうだな……。努力しているんだぜ、これでもな?」


 俺の答えに満足したのか、興味を示したのかは定かでないものの、まだ大臣は言葉を続ける。会話に何の意味があるのかとするならば、単なる時間稼ぎ以外何者でもないだろう。そのためか、非常にシンプルな質疑応答になっている。


 俺の結論は変化の余地はない。ただ相手側の独自の主張と解釈を聞くのも”おもしろい”と思ったまでだった。攻撃を休まず続ける俺に、大臣はやや苛立ちながら質問を繰り返す。


「一体どういうことだい君は?  私たちは、魔力を扱う者として一流の魔法使いだったんじゃないのか?」


 何をどう解釈したらそうなるのか、まったく忌々しい。おそらくは話をまともに聞く姿勢を見せても毒蛇を放ち続ける俺に苛立ちを示したのかもしれない。

 大蛇は他人から見たら、なんらかしらの魔力による物だと思っても不思議じゃない。だとするならば、その解釈は理解ができる。ただ俺は、思わず言葉を返してしまう。


「俺が魔法使いに見えるか!?」


 何の皮肉なのかと京也は思っていた。京也はそもそも魔力がゼロで、魔法はつかえない。ゆえに耐久力という、ユニークな固有能力を得ている。


 ――分かっているはずだ。


 どうしてなのか、魔法使いだという前提で問答が繰り返されることにどこ違和感を覚えていたし、腹ただしくも感じていた。


 誤算……。


 恐らく大臣は、完全に読み違えている。京也が思いへ至るに十分すぎるほど材料は揃っていた。今までの奴らの動きを見れば理にかなう反面、魔力以外の別の力ではないかと検証するため、起こしていた行動とも読み取れなくもない。


 ただ、魔力以外の力だと判明した瞬間、対策や抵抗すること自体困難になるのは、火を見るより明らかだ。その時はどうするのか答えは比較的単純で、触れないようにすればいい。つまりは完全に行方をくらますのが一番確実だ。


 勝手な類推だとしても、魔力以外の力を懸念している様子は見えない。となると、やはり時間稼ぎなんだろう。


 するとようやく準備を整え終えたのか、表情が変わる。まるで勝ち誇ったかのような表情は三下の悪党にすらみえる。


「時間ですね。一流の魔法つかいの腕、とくと拝見させてもらいましょうか」


 円環の魔法陣が一際輝き、大臣と入れ替わるように現れたのは、勇者エンゲルと三人の魔族だった。


「よもやお前と戦う日が来るとはな? 京也、出世したんじゃないか?」


「……」


 リーダーの腰巾着のようについて回っていたもう一人の盾使いの騎士風情の者だ。俺は何か言葉を交わす必要性を感じない。


「大いにだんまりしているといい。どうせ、特典箱から得た強力な武器頼みなのは、すでに調べはついているんだよ?」


 まあたしかにその通りだ。ぐうの音も出ない。


「……」


「――図星か? お前ら、やれ」


 すると配下と思われる魔族たちは、五メートルほどの距離をつい今までここにいたかのように立ち迫ってきた。

 今俺の武器では大蛇を撃つにしても時間がなければ、間合いも取れない。こうなると唯一の武器は己の肉体のみ、つまりステータス依存の戦いだ。


 魔族は正面からは腰をかかがめて掌底のような動きで俺の腹を穿とうしている。左のやつは短剣で迫る。背後からの者は、恐らく魔法かもしくは別の何かだろう。


 三人からの同時攻撃に顔をしかめながらも反撃に転じた。その時である闇精霊がまた楽しそうに声をかけてきた。


「準備ができたよ。もう一度行くね。イヒヒヒ」


「頼んだ!」


 一瞬また世界が色褪せると同時に、視界はすべて灰色に染まる。


 再び四騎士の内の一人である”支配”の騎士の力を闇精霊から借り受けた。先の外での殲滅戦後、体の負担を考えて解除していたのだ。そこを再び闇精霊の助力で呼び出し、圧倒的な力を振える時がきた。


 京也は二丁拳銃の銃口を、正面と背後に向けて放つ。目で追わずとも意識をすれば当たるすこぶる性能がいい武器だ。今にも飛びかかってくる正面の魔族は、銃弾が当たると上半身すべてが爆散してしまう。


 背後から魔法を放った者は、肩より上が完全に消失してしまう。次にゆっくりと左から迫る魔族にも銃口を差し向け一発放つと股関節より上は、消滅してしまう。


 このままの流れで勇者も消滅が可能だけども、重要な生きた証拠なので生捕しかない。時間を一旦もとの状態に戻すと、魔族は破損した屑肉となって消滅しなかった足だけがその場で倒れてしまう。


 勇者は何が起きたのか掴めていない様子で、一瞬の戸惑いを見せる。


「京也! 何をした!」


「……」


 答える義務や義理などない。


 一度発動すれば利用可能な時間は俺の意思で呼び出せる。再び四騎士の力で、京也だけが動ける時間軸に足を踏み入れる。今回は消滅させず魔族が所持していた短剣を拾い上げて、勇者に近づいた。


 まずは、肩口に突き刺す。丁寧に両方の肩にゆっくりと短剣の刃を突き刺す。続いて、左右の上腕二頭筋に前と後ろから一刺し、ゆっくりと刃をいれる。


 次に左右ある前腕にも同様に、深々と短剣を刺しこむ。さらに、両足ももにもゆっくりと押し込むように、短剣を挿し込む。ふくらはぎにも念入りに挿し込み、最後に腹には、薄皮一枚切り込みを入れておく。


 ここで少し距離をとり元の時間軸に戻す。


「グハッ! 何……しや……がっ……た」


 突如全身から血が噴き出し、訳がわからないと言った表情と痛みが混乱させている。


「入念に……刺しただけだ……」


 魔族が所持していた短剣を掲げて見せると、へたりこむ勇者にニヤリと表情を向ける。勇者は、何か怒りをぶつけるかのように、京也に吠える。


「お前なんかに!」


「……」


 何を思ったのか、振り上げた拳で俺を殴ろうと満身創痍の状態で迫る。


「闇精霊頼む!」


 解除後の再召喚は一度だけできるものの二度目は闇精霊の力がいる。


「は〜い。人使い荒いな〜」

 

 闇精霊は何か手元で粘土をこねるようなそぶりを見せると、途端に視界が変化した。再び支配の力を使い、握り込んだ右拳に対して短剣で滅多刺しにする。


「グぎゃー!」


 元の時間軸に戻ると、かつて手だった物はボロボロのクズ肉の状態で地面に落ちる。痛みで思わず床をのたうち回る。苦しむ勇者の前で何もせずただ二ヤリとするだけの姿を京也は見せ続けた。


 完全に怯え切った目をして、無抵抗の状態を示していた。


 元の時間軸にいればそうだろう。相手を倒そうとしたら知らぬ間に短剣で全身を滅多刺しにされるばかりか、殴ろうとすれば、その拳が粉々のクズ肉になるほど切り刻まれてしまう。


 次に何か動いたら、今度は本当に命が無いと、心底思ってしまったのが今の勇者だ。


「もう……やめるか?」


「あ……ああ。死に……たく……ない」


 完全に怯えた目でこちらを見やる。


「これ以上、手を下さない。その代わり大臣はどこにいる?」


「森の近くの倉庫にいるはずだ……。俺が喋ったと言わないでくれ……」


「わかった。逃げずここにいろ? いいな?」


「わかった。ここにいる。だから殺さないでくれ」


「約束さえ守れば、俺は殺さない安心しろ。動いたら地の果てまで探して、体の肉を少しずつクズ肉に変えていく。もしそれを望むなら逃げろ」


「わかった……。絶対に逃げない」


 俺は倉庫の外に出ると、大臣がいると思われる森の付近にある倉庫を目指して駆ける。もちろんリムルも一緒だ。アリッサは俺と大臣の会話中、早々にどこかに向かってしまった。目くばせをしていたので、恐らくは同じ方向へ向かったのだろう。


 俺たちは再び森に向け走り出した。どことなくアリッサは、その方面に向かったような気がしていた。

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