第11話『危機』

 ――ダンジョン最終日。

 

 今日も早朝から清々しい青空が広がり、カラッとした天気だ。ダンジョンの入り口へ近づくに連れて、何やら俺の顔見て噂する者たちで溢れる。

 

「おっ、おい! あいつが……」


「ああ。そうらしいな……。全然強く見えないなあ」


「見た目とチグハグな奴もいるからな、超越者の奴らは皆そうだ」


 行き交う人らが京也をみるや、いきなり噂をし出した。リムルはフードを深く被り、コートをはおっているので正体不明の付き添い人だ。


 今日は最終日でおよそ残りは18時間というところだろう。終われば次の72時間制限がはじまる。また三日かけて破壊と改修がされてるわけだ。


「やっとだな……」


「うん。そうだね」


 俺とリムルは互いに確認しながらダンジョン入っていく。


 最下層から再構築が行われ、下から上に作られることが前回脱出でわかった。京也は3回目のコア攻略に向かう。果たして今度はどのぐらいの物が特典箱に還元されるのか。このことが楽しみで心が躍る。


 1回目は、魔獣に一匹も遭遇することなくコアにたどり着けた。2回目は入って早々に黒狼に出会して、最下層でも魔獣の寄せ集めの密集状態を味わい最後にコアの守護者を討伐した。果たして今回はどうなるのか楽しみでもある。


 リムル自体のレベルは、生まれたてにもかかわらず1千はあった。妖精というのは、脅威的なレベルの持ち主が多数いることは、想像に難しくない。

 前回の探索時にレベル3千まで到達した。本人曰く、まだ他にも妖精魔法を使えるとのことで、どのような魔法なのかはその時までお楽しみだ。


 地割れがある切れ目までが、まずは最初の侵攻目標だ。過去の再構築では、地形の変化はほとんどなく、細かい部分が少し変わる程度しかない。

 ただ魔獣についてはすべて過去の戦闘経験を得た状態で再び相見えるため、初見だから看破られないなどというものはない。


 正直なところ、毒蛇任せな攻撃ぐらいしか今はできない。

 後は、永遠なる闇の毒蛇を使い固有の毒と呪と吸血とかを使える。京也自身は魔力がゼロのため、何かができる感覚は何なのか、京也自身も困惑している。


 今回の侵攻も、かなり身軽なのはいうまでもなかった。特典箱から得た保管箱の存在はかなり大きい。

 保管箱の中に必要な物はすべて入れており、第三者からも手荷物が確認できない状態だ。保管箱自体は他人には見えないし、存在すらも感じ取れない。


 さっそく入り進むと、前回きたよりもどこか異なるものを感じていた。リムルと二人ですべて対処することから、緊張しているのかもしれない。


 入って早々黒狼の魔獣に遭遇する。体の大きさで強さが変わるので強さの区別がつきやすい。あくまでも強さの比較がわかるだけで、目の前の魔獣が倒しやすいわけではない。


 現に黒狼は、熊以上の大きさを誇り探索者と過去の戦闘経験をもつ状態なため手強い。

 リムルはすぐに両手のひらを前方に突き出して、白銀の吹雪を足元に浴びせる。すべての壁面が光石でできているため、光に照らされた吹雪が銀色に輝き、幻想的にすら見えてくる。


 見た目の美しさとは裏腹に、氷結魔法は黒狼の足と地面を凍らせて、足止めをした。


「助かる!」


「うん! 京也決めて!」


 京也は永遠なる闇の毒蛇を手に召喚し握ると同時に、切先を正面に向ける。すると、人の胴体ほどもある巨大な二対の銀色の大蛇は、絡み合いながら勢いよく射出されて黒狼に迫る。


 突然の足止めに戸惑いを覚えつつも、背中をそるようにして体重移動で前後左右に体を動かしている。

 すぐに迎撃体勢を取るあたりは、コアにより蓄積された過去の経験が豊富なのかもしれない。黒狼は、口を大きく開けると勢いよく火炎を吐き出した。


 大蛇はまったく意に介さず、火炎すら自ら飲み込むと、そのまま頭部に食らいつく。頭は食いちぎられてしまい、首から下だけが残る。


 体を支えている司令塔を失ったおかげか、体はそのまま前のめりに崩れ落ちる。瞬く間に終えてしまった3回目の洗礼は終わった。

 京也はホッとしたのか思わず、肩でため息をつく。生き死にを決める戦いが今し方終わったことで、数瞬魔獣の遺体を眺めてしまっていた。


 体内にある魔核を取り出す作業に入ろうとしたとき、ふと思いつく。保管箱に入れればそのままほったらかしでも腐らずに大丈夫ではないかと考えた。


 そのまま軽く体に手を触れると難なく保管箱に収まってしまった。視界にも現在の中身一覧表の中に、黒狼の遺体が一匹と記載されている。分離が可能か試して見ると、さすがに魔核までは分離できない。


 討伐後、手に触れ収納する方法で進めるなら、非常に効率がよくなる。京也は意気揚々としてさらに奥へと進む。


 ――あれは?


 しばらく進みまもなく地割れがあった階層ぐらいに差し掛かろうとしたとき、遠くから何か声が聞こえてきた。魔族が三人と勇者が一人いた。


 このあたりで魔族は珍しい。しかもどこか怪しさ抜群である。大抵このあたりの地域に出現する魔族は、犯罪者であることがほとんどだ。


 他には文化的背景からなのか、他種族に対して寛容的ではない。そのはずなのになぜか勇者とは何か親しく見えた。つまり、その分だけ長い付き合いの可能性がある。


「リムルはこちらがいうまで姿を消していてくれ。例え俺がピンチになってもリムルの存在を隠しておきたい」


「なんで……。私も戦えるよ」


 幾分リムルは眉をハの字にして目を細め、訴えていた。自分も出来ると戦えると。ところが京也は今の状況であるなら、切り札としてリムルの存在を考えていた。


「……今ではないんだ。彼らに存在を知られないようにすることが、今後かなり有利になる。だから決して姿を見せてほしくはないんだ」


「そう……。わかったわ……。考えがあるのね。京也のいうとおりにする」


 渋々ながら了承し、姿を消しはじめた。


「助かる」


 このまま様子を伺っていると、大臣が現れた。見た目は隠しているものの、恰幅の良さですぐに大臣だとわかってしまう特徴だ。そのまま出方を見ていると、何かを手渡したあと勇者と共に去っていく。


 残された魔族たちは何か話し合いでもしているのか、その場所から動こうとしない。するとさらに別の場所から二名魔族が現れてくる。


 その後を続くようにさらにまた二名魔族が集まり合計七名の魔族がそこに集結してきた。もう少し見てみようと体を動かしたとき、思わず後ろで石を蹴ってしまった。


 無慈悲な小石は、まるで無関係な素振りを見せて遠方にまで転がっていく。その行く末は魔族に見つかり襲撃を受けてしまう。


「リムル、姿を消していろよ」


「うん! わかった」


 京也たちはこうして魔族と対峙することになった。


「人……」


「もしや……みたな?」


「ウヘウヘウヘウヘ」


 七人とも両手両足を開いたゴリラのような姿勢で、ゆっくりと歩き皆似たような動きをしながら近づいてくる。相手のブーツが岩肌を踏みしめる音は、砂地を擦るようにさせて少しずつ迫る。


 京也たちのいた位置はちょうど曲がり角付近から顔を覗かせていたので、すぐに顔を引っ込めて逃げることも可能だった。ところがあえて逃げずに、どこまでいけるか試してみようと考えてしまう。


 何もこの七人を一人で相手する必要はないのに、”闇スキル”が京也の判断を誤らせた。勇者ですら200で、あの騎士団長ですら700。自身はまだ10であるのにだ。


 この闇スキルならいくら魔族が強くともいけるだろう。そうおごってしまった。”完全認識阻害”これが闇スキルである闇闘気の正体だ。タイミングとして今行動に出たのも経験の少なさゆえに起きてしまった。


 京也はやれると思う一方で、魔族たちは舌なめずりをしながら迫る。魔族たちはこの者が魔力をまったく感じさせないため、相手にすらならないと考えていた。ただうまく位置を捉えられないのか、狙いを定める視線が違う方向を向いている。


 矮小な人族では何もできない。魔族の者たちが出した答えだ。ゆえに、遊んでやろうと下卑た笑を見せながらゆっくりと近づく。


「闇闘気!」


 言葉にしただけで発動したようだ。その途端相手からは俺が見えないのか、京也を探す素振りさえ見せ始め右往左往している。


 直前まで認識していたのに見えなくなるのは、確かに効果はあるようだ。どの程度まで効果が続くか数えながら様子を見ていると、大体1分程度だ。


 しまったとこの時京也は気が付く。


 数えているばかりでこの機会に攻撃をしそびれたばかりか、位置取りもせずぼんやり立ち尽くした状態のままだ。

 これはまさに、経験の差が大きくでてしまう結果だ。素人ゆえに目先の確認だけで精一杯の状態で次の行動など見えていなかった。


 時は既に遅く、魔族たちは再度認識できた京也を追い詰められた獲物を逃すまいといたぶるように迫る。目の前に七人いたはずがいつの間にか四人になっているところを見ると、背後から迫ってくるつもりなんだろう。明らかに俺が弱いと見えたのか、随分と余裕そうな顔つきだ。


 手には短剣を持ちもう片方は魔力の塊なのか手のひらで光る球体を掴んでいる。接近戦と見て間違いないだろう。


 一歩また一歩となぶる様に追い詰めていくのは単に遊んでいるのかもしれない。リルムは今不可視の状態になってもらい隠れてもらっている。


 レベル差はどれぐらいあるのか、ステータス差があるのかどれもわからない状態だ。一人が一瞬視界から消える。すると突然目の前で、視線の前方に手のひらをかざされ視界が遮られた瞬間、目の前に瞬光を発せられ一気に視界が真っ白になる。


 同時に何かが体に突き当たるものの、そのまま押し返してしまう。何か尖ったものだとするならば、先の短剣だろう。怯まない俺の姿から、左右から同じような突起物を押し当てられる。おそらくこの物体も短剣と想像に難しくない。


 視界が回復してくると、今度は背後から熱線のような熱さを感じさせるものが二箇所背中に命中した。振り返りざまに光る球体を当てられ、この時ばかりは勢いが強く吹き飛ばされてしまう。


 派手に吹き飛ばされたおかげで、前後の挟み撃ちがすべて前方に七名揃うという状態だ。変わらず体の耐久力だけは優秀で、かすり傷すら負わない。


 奴らが仕掛けた攻撃で、刃物と背後からの魔法では、傷つけることがまるで叶わなかった。様子を見ていると、こちらが反撃してこないのをいい気になり、再び魔法で仕掛けてきた。


 京也の経験不足により出足が遅れた格好だった。闇闘気を使う間も無く、魔族たちは攻撃を繰り出してきて、焦りから何もできずサンドバック状態になっていた。


 今度は紫色の円環を中空に呼びだしたかと思うとそこから、光の槍を放つ。一本だけでなく円環の数の分射出され京也に迫り来る。その数およそ10以上。


 ほとんどが体に着弾すると同時に勢いで吹き飛ばされてしまう。まるでスモウレスラーのツッパリを真正面から受けているような感覚すら持つ。

 

 背中から岩壁に激突し、肺にある空気をすべて押し出されたような感覚だ。勢いよく衝突したせいか跳ね返り、前屈みの状態で立ち上がる。戦いの素人である京也にとって、複数からの攻撃では手も足も出なく、ようやく永遠なる闇の毒蛇を使い放つ。


 すると、人の胴体ほどの太さを持つ銀色の大蛇が、二匹とも重なりあったままで魔族に迫る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る