第8話『妖精』

 建物から出ると頭上には陽が高くのぼって、日差しが遠慮なく俺を突き刺す。晴れ晴れした心と同じく、雲ひとつもない快晴でまだまだ夏の暑い日差しだ。


 騎士団長と別れたあと、思わず背中ばかりをきにしてしまった。つけられているのではないかと疑心暗鬼になってしまい一人で不安になっている。今なら背中に目があれば、どれだけ安心できるかと思うぐらいだ。


 思い過ごしのまま無事に宿へ戻ってくると、いたって平和なので安堵する。


 今はありがたいことに、ギルドマスターの配慮のおかげで併設してあるギルド専用の宿舎で寝泊まりすることになっている。

 しばらくは周りが騒がしくなることと、安全面で危険に晒されることが予見されるため、ギルド側で配慮をしてくれたのだ。ほんとうにありがたい。


 ただの寝泊まりだけでなく、さらに良質な物が揃っている。それは、内装設備だ。

 結構よい作りで室内にトイレと風呂があり、感謝の言葉以外に思い当たらない。しかも魔石で魔力が供給されているため、魔力なしの俺でも動かせる。至れり尽くせりだ。


 他には侵入者の対策がされており、安全性は極めて高い。ギルドの宿でなら安心して羽化できると考えて、特典箱で得た妖精の卵を温めているところだ。弾力性があり、抱き枕としてちょうどよい感じでもある。


 魔力がない俺で羽化させるのは大丈夫なのか心配にはなるも、人肌で温めているだけでいいと、保管箱で見た説明書に書かれていたのでお試し中だ。


 次のダンジョン解放まで俺は、探索以外のことに時間をいそしむことに決めていた。入るのはダンジョンが解放してから最後の日に入るつもりだ。もし亀裂が残っていれば、同じルートを辿ってコアに行くつもりだった。


 なので、再び潜る前に一通り準備を整えておきたかった。


 準備とは言っても大怪我や毒など損傷に関することは、ほぼ心配しなくてもいい能力だ。骨は折れることもないし、関節が外れることもない。肉体を大きく損傷するようなこともない。


 肉体的には心配がないにもかかわらず、特典箱から得た薬品が大量にある。中には、伝説にありそうな薬品ばかりだ。万能薬から欠損再生もあり、死者蘇生まである。他には薬品以外として、試していない武具もいくつかある。


 多量な荷物を保管箱に預け入れられるので、身軽に動けるのが非常に助かるし荷物により襲われることもない。他には、食料と飲料さえ手に入れておけば常にダンジョンにいられる。


 気になる問題があるとすれば、妖精だった。危険な場所に行くため、できれば部屋で留守番をしてほしいところだ。果たして聞き分けのよい妖精で会話が成り立つのか今はまるで検討もつかない。


 ――その夜。


 京也は気疲れなのか、早々に寝てしまい熟睡中だ。


 夜の帳が下りた頃、月明かりに照らされた妖精の卵にヒビが所々に入り、数分も立たないうちに殻は砕け散ってしまう。卵の殻というよりは、メレンゲを砕いたような粉の状態で当たりに散らばる。


 卵のあった場所からは金色の光る粒が溢れ出し、まるで滝のような様相を映し出す。

 中から一人、年の頃十六歳ぐらいの少女が寝起きの背伸びをするように、金の粒の源泉から湧き出るようにして、生まれたままの姿で現れた。


 まとうのは、金色の粒子だけではなく髪も同様に輝いていた。肩甲骨の付近にまで艶やかな金色の髪が伸び、長いまつ毛の影に隠れた虹彩は赤く輝く。きめ細かな透き通る肌が金の粒と相まって美しく、スラリとした体型は身軽そうでもある。


 妖精の少女は、横で熟睡している京也の横顔を眺めながら、とても嬉しそうな表情を向けていた。

 以前から知っていたかのような視線を向けて寄り添う。卵の殻は自然と自壊するかのように、細く粉砕していき煙のように消えてしまった。


 京也はよほど疲れていたのか無防備な状態を晒して、寝入ってしまっている。妖精の少女が頬を突いて遊んでいるのに気が付きもせず、穏やかな顔つきをしている。


 されるまま時間がすぎ、ダンジョンを出てから3日目の朝を迎える。


「ああ〜。よく寝たな。ん……。誰……だ?」


 そばですやすやと寝息を立てて、寝ている少女がいる。しかも生まれたままの姿でだった。丸まって寝ていたおかげで本人の意思に関係なくジロジロと見ずに済んだ。


 妖精の卵が近くに無いところを見ると、孵化したのだろう。ひとまず揺り起こすか迷ってしまった。

 というのもいきなり裸体に手を触れてしまう背徳感と、聞かねばならぬ思いの両者が交差して頭を抱えてしまう。


 一人悶絶していると少女は、ぼんやりと目を開けると京也を見つめる。少女の赤い虹彩と京也の黒い虹彩が互いに視線を交わし合う。


「おはよう?」


 首を少し傾げて伝える仕草に、心が一瞬奪われそうになっていた。京也は少し焦りながら、返答をする。


「やあ。おはよう」


 すると嬉しそうに表情を変えて飛びついてきた。何がなんだかわけもわからず困惑していると、犬のように匂いを嗅ぎ出す。鼻をクンクンとする様子から何か人とは違う物を持っているのかと思いがよぎる。


「匂い覚えた」


 満面の笑みで伝えてきた。匂いを嗅ぐ妖精っていうのは、一体なんの妖精だろうと疑問に思うものの、自己紹介をと考えまずは名乗ることにした。


「俺は、九条鳥京也。京也って呼んでくれ。君の名前は?」


「私……。あれ? ちょっと……まっていて」


 何か腕を組みうんうんと唸って、必死に思い出そうとしているところが、何かおかしかった。体感としては五分程度考え抜いた挙句、どうやら思い出したようだ。


「……大丈夫……か?」


「うん! 私はリムルだよ」


「そっか、リムルこれからよろしくな」


「うん! よろしくされたー」


 生まれながらにして、記憶はあり名前もあるならば一体なんだろうか。もしかすると仮死状態で仮眠していただけなのかもしれない。


「卵の中にいたのは、何か事情でもあったのか?」


「少しね体の調子が悪いままだったの。治すにはたくさんの時間がかかって気がついたら京也がいた」


「そっか……。体は、もういいのか?」


「うん。京也の力、私も受け継いだよ? だから大丈夫になった。私も同じぐらい耐久できるから、もう京也を一人にしないよ?」


「なんで……それを?」


「いっぱい見たんだよ、京也の辛い記憶。だから……。もう一人じゃないよ」

 

 再び満面な笑みを京也に向けた。とくに知られたから嫌だとか、そうしたことは何1つなかった。ただどこか、心の拠り所を少しだけ、見つけられたような気がする。ほんの少しだけ安堵したのは確かだ。


 まずは気になることを先に聞いてみた。今後のことで重要な内容だった。


「妖精ってレベルとかあるのか? はじめて会うから、わからなくてな」


「うん。あるよ? 多分今私はレベル1,011。このあたりに書いてあるよ」


 仕草を見ているとどうやら、リムルも人と同じく視界の中で、レベルを確認できる何かがあるんだろう。それにしても千超えとは……。普通に高い位置にいるな……。


 耐久があるなら安心してダンジョンに潜れる。ある意味自爆に近い行為をするわけだから、耐えられないなら連れて行けないところだった。


「羽は隠すことできるか? もしできるなら少し町を案内するよ。町ははじめてだろ?」


「うん! 隠せる大丈夫だよ。行こー」


 近辺だと妖精はかなりの値段で取引されている。妖精でしかも美少女なら、攫われる可能性もでてくる。

 シーツで覆っていたところを、特典箱から出土したアイテムを渡した。まさにリムル用といっても不思議じゃないチュニックだ。


 濃藍色を主体にして、金色の文様の装飾が施されており、高級感が高い。フードもあり覆い被ればさほど目立つこともないだろう。ズボンはスパッツのような感じに見える。


 伸縮性の素材でピッタリとフィットした様子で、しなやかさがありそうだ。靴は編み上げのブーツで硬すぎず柔軟性に富んでいる状態だ。


「着心地悪くないか?」


「これすごくいいね! 京也ありがとー」


 どうやらリムルは満足したようだ。着替え終わりギルドへ向かう、隣だからすぐだ。外に出た途端、興味ぶかそうにあたりを見渡しソワソワしている。


 まずはギルドに着くと真昼間のせいかほとんど人気がない。受付のトレイシーは何やら船を漕いでいるぐらい暇な様子だ。


「トレイシー。すまない急ぎの用事で、ギルドマスターに取りついでもらえますか?」


「え? はい? あっ京也さん? はい少々お待ちを」


 かなり寝ぼけている感じだけど大丈夫だろうか……。五分も立たないうちに戻ってくるとすぐに会うとのことでギルドマスターの部屋に向かう。ノックをして入ると、すでに待ち構えていた。


「おう! 今度はどうした? ん? もしかしてそこの娘は……」


「想像の通りです。そんでなんで鉄仮面がそこにいるんです?」


「ああ、そうだな。先に説明しよう。巷じゃ鉄仮面と呼ばれているけどな、顔は見せないようにしているんだ。――お前が気にしていた京也だ」


 俺の何を気にしていたのか、不意に話を振られて少し慌てている様子が鉄仮面のどこかいつもの雰囲気と違った。


「私はアリッサだ。君の耐久力と脅威的なレベル上昇に興味があってな、こうして話す機会を設けさせてもらった。ここなら秘密を守れる者しかいない。その証拠に――」


 そういうとアリッサは、鉄仮面を外して素顔を見せた。あまりの美しさに思わず声を上げそうになった。青緑に輝く虹彩はすべてを見透かすような目で、その上を覆うまつ毛は長く美しい。ほっそりとした顔つきで、誰が見ても振り向く美女がいた。


 リムルが背中を突くところでようやく我に返った京也は、あらためて自己紹介とリムルを紹介した。


「俺は京也といいます。知っての通り72時間のコア到達者です。隣にいるのはリムル。妖精の卵から生まれてまだ間もないです。リムル挨拶して」


「うん。リムルだよ。京也と同じ耐久力を受け継いだんだ。よろしくね」


 流暢な喋りに、ギルドマスターやアリッサも顔を見合わせて驚いていた。どうやら生まれたてで、会話可能な妖精はほとんどいないらしい。


「やはりコアの場所で得た特典箱は、特別制のようだな。京也お前ってやつはほんとすごいな」


 アリッサはただ感嘆を繰り返していた。


「京也まさかとは思うけどな。この間レベルは0だったよな?」


「ええ。そうです」


「今レベルはどうなっているんだ?」


 どうやら気がついたようだ。時間の問題だったので気にせず話を進めた。


「そこからの説明ですね……。前回報告したようにコアに俺の名前を掘ったのは報告したかと思います。再構築の高濃度魔力と岩石の落石もあり、耐久力で生還したところまでは話しました」


「ああ。そこまでは聞いたぞ?」


「実はそのあと、さらにことが起きました。コア制覇者として72時間ダンジョンの全経験値を獲得しても経験値は上がりませんでした」


 すべて本当のことを話す必要はない。ところどころに一部だけ事実を織り交ぜればいい。


「だとするとおかしくないか? 君の様子だと何かわかっている感じだけど……」


 アリッサは不思議そうに純粋にわからないような表情を向けて、疑問をぶつけてきた。


「さすがアリッサさんですね。一気に貰い受ける経験値が多すぎると、体が破壊されてしまうとログで判明しました。そこで、すべて溢れてしまいその分は特典箱に変換されてアイテムを得ました」


「なるほど、どおりで破格なわけだな……」


「その中でこの武器を得ました」


「そっ……その武器はもしや……」


 周りへの影響を考えて数秒だけ手元に出して、ギルドマスターたちが視認した後すぐに保管箱にしまう。


「はい。永遠なる闇の毒蛇です。猛毒・呪い・吸血の三種の負荷がかかります。俺の耐久だとなんともないです」


「ふたつ名付きの武器は、神器に等しい。よくぞあのダンジョンで手に入れたな……。私のは永劫なる光の死神だ」


 禍々しさと静謐さが合わさる相反する力を持つ武器に見えた。


「相反する力の武器ですか……。凄いですね」


「ところで君は、これからどうするんだ?」


「もう何度かここの72時間ダンジョンに潜ってから、他のダンジョンにも行ってみようと思います。どこまでいけるか試してみたいんです」


「そうか……。ならばここに滞在している間は気をつけた方がいい。遅かれ早かれあの大臣と勇者から狙われるぞ」


「大臣ですか? 忠告ありがとうございます」


「あの大臣にはいくつか、裏の顔があるみたいだからな。私は今その調査依頼を受けている。もしかするとどこかで遭遇するかもしれんな」


「いいんですか? 俺にそのような話をして」


「なあに、君なら余計なことや秘密は漏らすまい?」


「はあ。そうですけど……。初対面で買い被りすぎやしませんか?」


「君にとっては初対面かもしれないけど、私は今まで君をずっとみていたと言ったらどうだ?」


「もしや、ギルドで感じていた視線は……」


「私かもしれないし、違う誰かかもしれないな」


「なぜ俺を?」


「君は自身の価値に気がついていない。だらかどこかのタイミングで教えようと思ってな……。なあに、単なる私のお節介焼きさ」


「そうだったのですね……。ありがとうございます」


 みてくれている人はいるものなんだなと、はじめて気がついた。


 京也は、ギルドで事実も伝えられて状況が見えたし上々だ。他にも一通り話もできたし、鉄仮面のアリッサと知り合うこともできたのは大きい。


 思いの他、緊張せずに話ができたことと、少し気に留めてくれていたことが嬉しかった。ダンジョンの最下層で生き残り生還したことで、今までの歩んできた人生がまるで変わるとは思いもよらなかった。


 ようやく自らの足でたち、ダンジョンから生還できたと思うと、偶然うまくいったとはいえ喜びもひとしおだ。

 レベルは上がり、念願の強力な武器も手に入って、お金も潤沢にあり衣食住にも困ることがなさそうだ。さらにいえば妖精が慕ってくれている。


 今まで悲惨だった分、なんだかうまくいきすぎな感じもして、運が急上昇しているような気もする。

 気持ちもどこか、耐久に対して自信を持てる。ますます小躍りしたくなるぐらい気が緩んでいるかもしれない。


 しばらく話していると、リムルが待ちくたびれた様子のため、俺は案内がてら町を散策しはじめた。


 今まで荷物持ちでの往復でしかなかった道が、いつもより新鮮さと輝きに満ちていた。

 リムルは周りの様子が珍しいのか、指を刺しながら興味が出たものを楽しそうに眺めている。見た目は側から見たら、羽がなければ妖精とわからない。


 ただし美少女すぎて、周りの注目を集めてしまう。どこかささくれた心がリムルの純粋な笑顔に、癒されてくる気がした。


 ――数刻後。


 ギルドが立つ中心街から右わりで大回りに回っていくと、ふとしたことに京也たちは遭遇した。

 

 そこは薄暗い裏路地で、少し入ると建物の壁で見えなくなってしまう場所だ。

 まだ昼間なので明るいはずが、遮蔽物が多いせいか薄暗い。広さは二十畳分ぐらいの袋小路な場所で猫にしては大きく、三倍はありそうな姿を見つけた。ところが五人ほどで、よってたかって攻撃を加えていた。


 悪意に満ちた表情ばかりで、それぞれの手は魔法で発光して色とりどりだ。まるで”辛辣なナイトパレード”を見ているようだ。誰一人として善人面はいない。黒猫との関係性もわららない中、京也は動いた。


「なあ……。寄ってたかって、なぶり殺しは見ていてよくないな」


 大きな黒猫の前に立ちはだかり、背にいる猫はリムルが駆け寄り癒している。


「なっ! お前! 関係ないだろ?」


「どけよ! やっちまうぞ?」


 罵声を浴びせる者たちは、見かけは京也より年下の者もいれば、年上のように見える者もいる。共通しているのは、どの者も探索者には見えないことだ。それなりの身なりをして付き人もいないことから、貴族の末っ子なのかもしれない。


「オメー邪魔すんなやー。人の楽しみ奪うなやー」


「うざい! ほんと正義面うざい!」


「……しね」


 それぞれが京也に罵声を浴びせたのち、すぐに自身の魔法を繰り出してきた。個々すき放題言い放っても、なんともない。さらに庇うように猫に覆い被さると、一人がやっちまえと言った瞬間、殴る蹴るの暴行が一段と激しくなり、京也に降り注ぐ。


 ところが持ち前の耐久力でなんともないどころか、赤ん坊が触ってくるぐらいの感覚でしかない。京也が何も苦しそうにしていないところで、反対に相手側が疲弊し息急き切ってくたびれてしまう。


「お前、キモイよ……」


「やめだ、やめだー。お前ら帰るぞ。もう相手してらんねー」


 諦めたようにいい出すと、へばって地面に腰を下ろしていた連中らは、ポケットに手を突っ込み、左右に体を揺らしながら興醒めしたかのようで去っていく。黒猫は事態を察したのか、恐る恐る京也の手の甲を舐めると、見上げて鳴く。


「京也……。大丈夫?」


 リムルの心配そうな表情がどこか胸がうつ。


「ああ。問題ない」


 黒猫は俺の手の甲を舐めると、心地良さそうに腕に体を擦り付けてきた。


「まるでお礼を言っている見たいね」


 しゃがみ込み、頭を撫でる伏し目がちなリムルの視線は、どこか慈悲深く聖母を思わせる。


「そうだな。次は気をつけるんだぞ?」


「ニャ〜ニャ〜」


 何度も頷く様子は、どこか人語を理解しているように見えた。大きかった体は途端に子猫ほどのサイズに変化すると高く跳躍して、塀へ駆け上がり京也に向いて数度鳴くと去っていく。


 どこか気持ちが清々しい。京也は黒猫を見上げ見送った。


「京也なぜなの?」


 最もな疑問だ。リムルは穏やかな眼差しで京也の答えを求めた。


「やれることをした俺の能力だからな。それがすべてだ。だから今の俺がある」


「優しいのね?」


 わずかに微笑む姿は慈愛に満ちている。妖精とはこんなにも笑顔に救われるのだろうかと、眩しい優しさに京也はなれないせいか、どこか戸惑いを覚えた。


「猫を全力で守るのは。優しさなんかじゃないんだ……」


「何なの?」


「耐えられるからだ」


 京也は率直な気持ちを吐露した。


「そうなの? 殴られたり叩かれて刺されても?」


「そうだ。耐えられるから耐えた。ただそれだけだ」


「やっぱり優しいんだね」


 手を後ろに組み、体を手間に乗り出すと満面の笑みで再びリムルは答えた。一体どうしたら優しいと解釈できるのかわからなかった。


「……どうして」


「京也は気が付かないだけで出来るからと、実際に行動に移せる人はそういないよ?」


「……」


 なんだかよく見ているんだなと京也はその時、リムルの心に少し触れた気がした。


「いこ?」


 京也はリムルに手を掴まれ、次の場所に笑顔のリムルと共に向かった。ほんのひととき、ささやかな優しさで包まれたような気持ちになる。


 この時、迷子のネコを探している最中にリンチの現場に遭遇し、どうするか第四皇女は思案していた。”普通の猫”ではないため、場を耐え凌ぐことは可能だと見ていた。


 ところが見知らぬ者が現れて、暴漢たちに立ち向かわず猫を守り抜こうとする。助ける光景は、弱き者を助ける本物に出会えたと感銘を受け、第四皇女は京也が気になる存在へなる。

 この時、以前から調べていた者が目撃した者と同一人物であるとは思いもよらないであろう。そのことが判明するのはまた後ほど……。


「ニャ〜」


 皇女の抱き抱える黒猫は、先ほど京也に救われた猫だった。京也のことをひどく猫は感謝しており、こうして飼い主である皇女にもおねだりする。非常に珍しいことでもある。


「これは、何かお礼をしなければなりませんね……」


 元からお礼はしようと考えていたところ、さらに黒猫からも催促された形になる。力ある者は、大抵自身の力を誇示していく。それ自体は悪いことでないものの、そこから生まれるのは軋轢だ。嫌というほど皇女は力の誇示を幼小のころから見せつけられており、武力や政治でも嫌気がさしていたのは確かにあった。


 ただ時として必要なことはわかっており、解決するにはシンプルな方法であることも理解している。さらには中途半端な者ほど、力を誇示するやり方は効果覿面こうかてきめんである。


 力に対して真っ向から、”力を受ける”という行為をするのは、一見蛮勇に見えることもあり自殺行為でもある。成し遂げてかつ無事であるのがどれだけすごいことなのか、今の時代では珍しい。


 日々命を落とす者はごまんといる。命はパンよりも軽く、ゴブリンよりは重い。


 皇女は詠唱をつぶやくと、円環を呼び出し転移していく。

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