第56話 キザったらしいやつ
ミーアは舞台の上に立ちながら、ちらっとアランを見た。
アランがなにやらテトラと話し込んでいる。
自分を見てくれていないことに、少しだけショックを受けるミーア。
するとそんな彼女に、アモーレが話しかけてきた。
「魔族とは言うが、私はレディーに手をかけるのは避けたい。降参してくれるかね?」
ミーアは内心で”?”を浮かべる。
そもそも対抗戦に出ている時点で男女など関係ないはずだ。
――これをキザったらしいと言うのですよね。
男性からこういう扱いを受けたことがないミーアは、アモーレの対応を新鮮に感じた。
だからミーアはアモーレの顔をまじまじと見た。
アモーレがさっと前髪をかき上げた。
いちいち動作がキザったらしい。
「むむ……もしや私に惚れたのかな? これは困ったな。イケメンとは罪なものだ」
ミーアは少しだけむっとした。
惚れたのかな? と言われたのが心外だったからだ。
――目と口と鼻があればイケメンだとでも思っているでしょうか? 勘違いも甚だしいです。罪なのはあなたの頭の方だと思います。
ミーアはかなり失礼なことを考える。
もちろん、声にも表情にも出さないが。
彼女はアモーレのかっこよさを一ミリも理解していなかった。
――それにアランくんのほうが1万倍カッコいいです。いえ、1万なんて数字で表したら、アランくんが可哀想ですよね。アランくんのカッコよさは言葉では言い表せません。
アモーレの顔はたしかに整っている。
しかしミーアは、アラン以外の人には何の魅力も感じない。
どれだけカッコよくても、どれだけブサイクでも、彼女にとってはすべて等しく対象外である。
逆にアランがどれだけブサイクになろうが、ミーアにとってはその顔が一番だった。
彼女が人を見る基準は、アランかそれ以外かという二択であった。
ふと、ミーアは先程のアランとの会話を思い出す。
アランが変顔をしていたが、自分だけに見せてくれたその表情は、ミーアにとっては十分カッコいい表情であった。
――やはりアランくんは最強です。
と、そんなことを考えていたら、審判がミーアに注意してきた。
「ミーア選手。準備はよろしいですか?」
「あ、はい。すみません」
ミーアはアランのこととなると、頭がいっぱいになってしまう。
ちらっとアランを見ると、アランがミーアを見てくれていた。
彼女は思考を切り替え、目の前のアモーレを倒すことに集中する。
審判が手を上げた。
「それではミーア・ミネルヴァ対アモーレ・アムールの試合! はじめ!」
ミーアは全身に魔力を込める。
「――――」
直後、ミーアはアモーレの懐に入っていた。
「な……!?」
アモーレが驚愕に目を見開く。
ミーアは無防備なアモーレの顔を殴りつけた。
次の瞬間、
「ぶほへッ……!?」
アモーレが口から泡を出しながら吹き飛んだ。
◇ ◇ ◇
アモーレが吹き飛び、仰向けになって倒れた。
「クリティカル!」
審判がミーアに2点を与えた。
よしよし、良い感じのスタートだ。
……って、あれ?
アモーレが動かんぞ?
観客がざわつき始める。
当然だが、相手を戦闘不能にしても勝ちとなる。
いわゆるノックアウトというやつだ。
審判がカウントダウンを始める。
しかし、アモーレが立ち上がる様子はない。
カウントがゼロになった。
審判が声を張り上げる。
「勝者! ミーア・ミネルヴァァァァァァ!」
会場がシーンとなっている。
あまりにもあっけなく勝負がついたからだ。
ミーアが勝ったのは嬉しいんだけど、一瞬すぎてビビるわ。
テトラが俺の膝をビシビシと叩いてくる。
「ミーアさんがこっち向いてますよ」
テトラの言う通り、ミーアが俺の方を見ていた。
彼女は控えめな様子で手を振っていた。
なんともミーアらしい。
俺は手を振り返す。
そうか、勝ったのか。
あっけない勝利だったけど、勝ちは勝ちだ。
「おめでとう、ミーア」
俺の声が届いたのかは知らんけど、ミーアが満足げに頷いた。
それより、アモーレ弱すぎん?
去年、準々決勝まで行ったんだよね?
あんだけ騒がれて登場したのに、瞬殺されてるやん。
可哀想なやつだな、お前。
自慢の顔もミーアのパンチのせいで腫れてるし。
てかミーアさん。
顔狙ったのわざとじゃないよね?
ミーアがニッコリと笑いながら俺を見ていた。
無邪気な笑顔だ。
……きっと顔を狙ったのはわざとじゃない。
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