第55話 怒ってないよ?

 個人戦が始まった。


 第二会場で一試合目を見た俺は、隣に座るテトラと感想を言い合った。


「低レベルですね」


「……まあ、そうだな」


 ズバッというテトラだったが、俺も同じ感想だった。


 一回戦ということもあるだろうけど、正直、面白くなかった。


 なんかこう……物足りなさを感じる。


 いや、選手は頑張ってはいるんだろうし、試合を否定するつもりは全くない。


 でも事実として、俺が普段相手してるオリヴィアやミーアよりも圧倒的に弱い。


「ていうか、なんでテトラは対抗戦に出ないんだ? 候補者にも選ばれたのに」


「兄様。心の傷というのは簡単には治らないものですよ。体の傷と違って、見えにくい分軽視しがちですが、本当に問題なのは心の傷なのです」


 何が言いたいのかさっぱりわからん。


 もしかして誘拐事件で心の傷を負ったとか言いたいわけ?


 まあ、心の傷はたしかに治りにくいよね。


 でも棒読みで言われても説得力ないんだよなー。


「えっと……それ本とかに書いてあった?」


「はい。最近読んだ”こころと体の健康”という本にあった内容です」


「やっぱり……。それで本当の理由は?」


「面倒だからです」


「ズバッというなよ」


 それ大会に出たいのに出られなかった人が聞いたら、ブチギレるぞ?


「聞いてきたのは兄様です」


「まあ、そうだけどさ」


「あと風紀委員の方々、熱意ありすぎです。訓練に身の危険を感じました」


 あ、うん。


 それに関しては否定できない。


 特にオリヴィアの熱の入りようは異常だった。


 わざわざ風紀委員の活動をローテーションにしてまで、大会に専念していたほどだ。


 相当、対抗戦に入れ込んでるんのんだろう。


 と、それはさておき。


「で、本当の理由は?」


「答えたではありませんか」


「面倒だからってのも本心じゃないんだろ?」


 テトラが本当に”面倒”って理由だけで対抗戦を断るとは思えない。


 この子、意外と根は真面目だし。


 なんだかんだ言って、風紀委員の活動も頑張ってくれてる。


 俺の仕事量が減ったのも妹のおかげだ。


 てか、妹をブラック企業ふうきいいんに誘う俺って、かなり鬼畜なんじゃね?


 いや、大丈夫なはず。


「まあいいや。もし心配だったら言えよ」


「……わかりました」


 テトラがコクリと頷いた。


 そしてしばらくすると、スタジアムDJのハイテンションな声が聞こえてきた。


「オー待たせしましたァー! それでは第二試合、始めまぁーすッ! 魔法学園からはこの人! 魔族と人族のハーフ! ミーア・ミネルヴァァァァァ!」


 ミーアが入場ゲートから現れ、舞台に上がった。


 うおぉぉぉぉ!


 ミーア来たァァァァァ!


 テンション上がるぅぅぅ!


 頑張れれぇぇぇぇぇ!


 って、あれ?


 会場が盛り上がってないんだけど。


 ワー○ドカップ決勝戦並の盛り上がるを見せてもいいのに。


 もしかしてみんな寝てる?


 起きてよー!


 今からミーアの試合だよー!


「そしてぇ! 王立学院からはこの人ォォ! アモーレ・アムールゥゥゥ!」


 ミーアと反対側のゲートからアモーレが登場した。


 その途端、黄色い声援が響いた。


 だれだよ、アモーレって。


 名前からしてお前、絶対ネタキャラだろ。


 会場に設置されたモニターには、アモーレの顔がでかでかと映し出されている。


 悔しいがイケメンだ……。


 爆発しろ。


「アモーレ様ァァ! 魔族なんかやっつけちゃってくださぁーい!!!」


 近くで学院の女子生徒が叫んだ。


 おい、お前。


 魔族なんかってなんだよ。


 言葉には気をつけろよ?


 アモーレなんちゃらなんて顔が良いだけだろ。


 どうせ大したことなねーよ。


 ボコボコにしてやれー、ミーアァァァ!


「昨年、準々決勝まで進出したアモーレ選手! ハンサムなだけではなく、実力も一級品! 神は二物を与えずといいますが、この男には当てはまらない! さあ、どのような戦いを見せてくれるのでしょうかぁ!」


 おい、ハイテンションDJ。


 なんでアモーレのほうはそんなに詳しく説明するんだよ。


 ミーアのこともっとちゃんと紹介しろよ。


 あと、天は二物を与えずだろ?


 まあ神も天も似たようなもんだろうけど。


「人食いなんか瞬殺してやれぇー!」


「ぶっ殺せ! アモーレェェ!」


 なんだよ、こいつら。


 治安わりーな。


 ちょっと黙ってくれない?


 ぶっ殺すぞ、ゴラ。


 今から俺のミーアが活躍するところなんだ。


 いや俺のミーアではないけど。


 アモーレが声援に応えるように、拳をぐっと空に突き上げた。


「このアモーレが魔族を瞬殺してみせよう!」


 その途端、声援がさらに大きくなった。


 もっと静かにしてくれないかな?


 ミーアが集中できないだろ?


 お前ら永遠に黙らせてやろうか?


「兄様。我慢してください」


「ん? なにが?」


「腹が立っているのですよね? なにかやらかしそうな顔してますよ?」


 マジか。


 テトラは人の感情がわかるようになったのか?


 妹よ、成長したな。


 お兄ちゃんは嬉しいよ。


 でも、大丈夫だ。


「何もやらんよ。こんな声、ミーアは気にしてないだろうし」


 試合に臨むミーアの顔は、外野なんか関係ないという感じでキリッとしている。


 さすが師匠。


 かっこいいっす。


「それに結果が全てだろ? むしろ、ここまで期待されて負けるアモーレなんちゃらが可哀想だよ」


「やっぱり兄様、怒っていますね」


「いや怒ってないよ?」


「私、そういう感情には敏感なので」


「敏感? ちょっとまで感情がわからないって言ってなかった?」


「本で読んだからわかります。眉間にシワを寄せてるのは怒っているサインだと」


 テトラが心なしかドヤッとした顔をしている。


 無表情なのにドヤれるって凄いな。


「妹よ、お兄ちゃんが良いことを教えてあげよう。本だけじゃわからないこともあるんだ。眉間にシワを寄せて、喜んでる場合もある」


 眉間にシワを寄せて喜ぶってどういう状況だろう?


 自分で言ったくせに、意味がわからん。


「……そうなのですね。勉強不足でした」


 え、ちょろくない?


 俺が言えることじゃないけど、もっと疑おうよ。


「あ、ミーアさんの試合始めってしまいますよ」


「そうだな」


 舞台に目を戻すと、ミーアがキザ男と向かい合って立っていた。


 第二試合が始まろうとしていた。

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