第27話 愛を知ってしまった少女

 オリヴィアと入れ替わりでミーアが部屋に入ってきた。


 あれ?


 この子、謹慎中じゃなかったっけ?


 まあいっか。


「……アランくん」


 ミーアが扉のところでもじもじしてる。


「ひとまず、こっちに来て話さない?」


「うん……」


 ミーアがゆっくりと俺のもとまで来る。


「今回のこと、本当にごめんなさい」


「いいよ。大したことなかったし」


「嘘です。死ぬところでした」


「でも生きてるし。ほら問題なかったろ?」


「問題ありすぎです。でも……全部私のせいなんですよね」


 ミーアが消え入りそうな声で言う。


「本当に悪いやつは他にいるんだろ? だったらミーアも被害者じゃん」


「違います」


「違わないって」


 ミーアが被害者というのは、学園も認めてることだし、彼女が悪いなんてことはない。


「私がいたからみんな苦しむ。だから私はここを去ろうと思います」


 なるほどね。


 オリヴィアの言っていた通りだ。


「ミーアがいないと俺が困る。俺に一人で昼食食べさせる気?」


「アランくんならすぐに友達ができますよ」


「じゃあ魔力操作を誰が教えてくれるんだ? いいのか? ミーアがいないとまた死にかけるぞ」


「もっと凄い人に教えてもらえばいいです。オリヴィア様とか……」


 まあオリヴィアって魔力操作うまそうだしな。


 実際、瀕死の俺を助けてくれたし。


「でもミーアの代わりにはならない」


「私の代わりなんていらないです」


「なんでわからないかな?」


「なにがですか?」


「俺はミーアと一緒にいたいんだよ。昼食の話も魔力操作の話もただの口実だ。俺はミーアと一緒にいる時間が好きだし、もっともっと仲良くなりたいと思ってる」


 こういうこと面と向かっていうのは恥ずかしいんだよ。


 俺はもっと気楽なノリが好きなんだ。


 こういうちょっと湿っぽいのとか苦手なんだよね。


「だからさ、退学するなんて言うなよ」


「でも迷惑じゃない?」


「でもって言葉はもう聞き飽きた。あとこれ、俺の好みなんだけどさ。実は俺、結構魔族好きだったりするんだよね」


「え? 魔族が好き?」


「うん」


 だって魔族ってまんまエルフなんだよね。


 特徴がほぼ一緒だし。


 耳が長いのとか、長寿なとこととか、魔法の扱いに長けてるとか、木の上が好きとか、排他的な種族とか、風を操ることができるとか、もうエルフじゃん。


 エリフと言ったら、ファンタジーの定番だ。


 そして俺はエルフが好きだ。


 エルフと仲良くなれる最高じゃないか。


「ミーアが残って欲しいってのも、俺がそうして欲しいってだけ。だから迷惑とかそういうのは考えないで欲しい」


「……うん」


「それで、ミーアはどうしたいの?」


 結局、大事なのはミーアの気持ちだと思う。


 俺の気持ちを押し付けるだけなんて良くない。


 いや嘘だ。


 俺の気持ちを押し付けてでも残って欲しい。


 もし残らないと言ったら、泣いて土下座するつもりだ。


「私は……」


 ミーアがじーっと俺の顔を見てくる。


 俺の顔になんかついてる?


 もしかして俺が痩せたから惚れちゃった?


 って、そんなわけないか。


 ミーアが決意したように言ってきた。


「私はアランくんと一緒がいいです」


 おふっ。


 まじか。


 予想の斜め上をいく回答が来た。


 告白みたいな感じでビビるわ。


「つまり、学園に残るってことだよな?」


「ん? アランくんが学園にいるなら」


 あっ、うん。


 俺、どう返答すればいいの?


「まあ当然、俺は学園にいるけど」


「じゃあ学園に残ります」


 う~ん、これで万事解決ってことなのか?


 よくわからん。


「あ~、それと勝手にで悪いんだけど、ミーアを風紀委員に推しといた。ミーアも風紀委員にいれば、もう少し学園生活を楽しめるかなって思ったけど……大丈夫だった?」


「アランくんも風紀委員に入るんですか?」


「そういうことになるな」


「それなら問題ないです」


 あっ、そう?


 まあそれならいいけど。


「じゃあ、これからもよろしくな」


「はい。これからもずっと一緒ですね」


 うん? どういうこと?


 なんか思った方向と違う方向に転がってる気がするけど、気のせいだよな?


 でも、ミーアが退学しないでくれて良かった。


 これからも一緒にご飯を食べる仲間ができたし。


◇ ◇ ◇


 謹慎中、ミーアはずっと部屋の中で悶々としていた。


 ――この感情はなんだろう?


 その人のことを考えるだけで、体が熱くなる。


 熱に浮かされたような、という言葉がピッタリだ。


 ミーアは火照る体を冷ますように、ベッドから起き上がり、窓を開けた。


 風が心地よい。


 けれど、熱は冷めない。


「でもミーアの代わりにならない」


「だからさ、退学するなんて言うなよ」


「実は俺、結構魔族好きだったりするんだよね」


 ミーアはアランの言葉を反芻はんすうする。


 彼の言葉一つひとつが、まるで宝石のように彼女の心にしまわれている。


 命をかけて自分を守ってくれた相手。


 あそこまでミーアに対して真剣になってくれた人は初めてだった。


 ミーアは別に学園に対して未練はない。


 実家に戻るのは嫌だが、そのくらいの気持ちだった。


 だが、アランがいるならば話は別だ。


 逆にアランがいなければ、どこにいようとも一緒だった。


 アランがいれば、どこにいようとも幸せだ。


 はじめは、アランに抱く感情が母に感じていた感情と一緒だと思っていた。


 好きというものに違いがあるとは知らなかった。


 いまミーアが抱いている感情は、母に対して思っていたものとは異なるものであった。


 魔族は人族と違って、繁殖能力が低い。


 人族はそれを「魔族に愛情がないから」だと言う。


 だが、その認識は間違っている。


 魔族の愛情は人間のそれと比べるのもおこがましいくらい、深く重い。


 魔族は一人の相手を深く愛してしまうがゆえ、子供が少ないのだ。


 長い寿命の中でも本当に愛する人は一人だけ。


 生涯で愛する人を見つけられない者も多い。


 必然的に、子供の数も少なくなる。


 どちらかが死別したとしても、新しい相手パートナーを選ぶのは稀だ。


 深い愛情を持つがゆえ、魔族は人間と比べても繁殖能力が低いのだ。


 ミーアはまだ気づいていない。


 アランに対する「好き」が、人族の好きとは大きく異なることを。


 ミーアは窓の外、アランがいるだろう方向に目を向ける。


「ああ、はやくアランくんに会いたいです」


 そう呟いた彼女の横顔は、その幼い見た目に似合わず、大人の雰囲気を醸し出していた。

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