第14話  ミーア・ミネルヴァ

 この~き、なんのき、おおきなき~。


 でっかい木のところに戻ってきた。


 少女がずっと元気なさそうにしてる。


 会話がまったく弾まない。


 俺のコミュ力が低いせいか?


「ぐぅぅぅ」


 お腹のほうはさっきからぐうぐう鳴ってるんだけどな。


 喋る回数よりもお腹が鳴る回数のほうが多い。


 もうお腹の音で会話できるんじゃね?


 そんなわけないよな。


 ちらっと少女を見ると、彼女は顔を伏せて座っている。


「悪い」


「なんで謝るのですか? 悪いのは私なのに」


 少女は下を向いたまま応える。


「いや俺が無責任だった」


 彼女が他人からどんな目で見られてるか知らずに連れ回した。


 その結果、嫌な思いをさせた。


 完全に俺が悪い。


「違います。私が魔族だから悪いんです。全部私のせいです」


「それこそ違うだろ」


 魔族のことは、もちろん俺も知っている。


 彼女が魔族だと、ちょっと考えればわかるはずだった。


 体が小さいというのは、魔族の成長が遅さを示している。


 真っ赤な瞳も魔族特有のものだ。


 長い髪で見えにくいが、ぴょこんと出た耳は尖った形をしている。


 魔族は嫌われている。


 学校で習う魔法史は人間目線で作られており、魔族を悪者として描いている。


 図書館にも、魔族が敵として描かれている書物が多い。


 みんなが魔族を嫌う気持ちもわかる。


 でも、化け物や人食いと罵られるほど魔族は悪い人たちじゃない。


 というか、魔族は人を食べない。


「悪いのは魔族じゃないし、もちろん君でもない」


 俺が魔族にそこまで忌避感がないのは、前世の記憶があるからだろう。


 この国の人たちと違って、フラットな目で見えるからだ。


「私が悪いんです。私がいるせいで、みんなが悲しみます」


 少女から、どよ~んとした負のオーラを感じる。


 うん、重い。


 空気が鉛のように重たいぞ。


 こんな空気は嫌だ。


 こういうときは飯食うのが一番だよな。


 お腹がいっぱいなら、嫌なことでも忘れられると思う。


「飯くう?」


「え?」


「腹減ってるだろ? 肉もたくさんあるぞ」


「……」


 俺は弁当を開ける。


 今日は豚肉も牛肉もたくさんある。


 いつもはダイエットのために控えてるけど、今日くらいは無礼講だろう。


 久しぶりにいっぱい食べるぞ!


 ってこういうのがリバウンドの原因になるんだろうけど。


「でも私……そんなにお金持ってません」


「大丈夫。俺の家、実はかなりのお金持ちなんだ」


 伯爵家だからな。


 お金なら腐るほどあるぜ?


 ちなみに伯爵でも借金まみれのところもあるらしいが、フォード家はむしろ金が有り余ってるくらいだ。


 何代にも渡り、魔法の研究で成果を出し続けたおかげらしい。


 ちなみに当代も研究でかなりの成果を出しており、順調に資産を増やしている模様。


 こんなろくでもない俺にもお金が回ってくるのは、そういう理由がある。


 と、それはさておき。


「君が食べてくれないと困るんだ」


「……どうしてですか?」


「だってこれ全部食べたら、俺太っちゃうだろ? 頑張って痩せようとしてるのに……。かといって捨てるのももったいないし。そういうわけで食べて貰わないと困るんだよ」


「わかりました。ではお言葉に甘えて」


 少女は恐る恐るといった感じで弁当に手を伸ばす。


 中身が赤い牛肉――ローストビーフを掴み、パクっと口の中に入れた。


「……」


 彼女の口がもぐもぐと動いている。


 そして再びローストビーフを食べようとして、手が止まる。


 大きく赤い目で俺を覗き込んでくる。


 もっと食べてもいい? って顔だ。


「どんどん食べちゃっていいよ」


 これやばいな。


 餌づけしてるような気分になる。


 ハマりそう。


 少女は肉を掴み、パクっと食べる。


 手の動きがどんどん早くなっていく。


 彼女はリスのように頬をふくらませた。


 ローストビーフを食べ終えると、次は豚肉のチーズ巻きに手を付けた。


 無言で食べまくる姿を俺は黙って見つめる。


 良い食べっぷりだ。


 彼女の食べっぷりを見てると、俺もたくさん食べたくなってきた。


 ダメだ。


 我慢しろ、俺。


 本当は肉を食べたい。


 脂っこい肉を腹いっぱい食べたい。


 もうこの際、太ってもいいんじゃないか?


 いや、だめだ。


 耐えろ、俺。


 肉は少女に譲ることにしよう。


 代わりにサラダを食べる。


 サラダも美味しから、いいんだけどね。


 俺たちは一緒に食べてるはずなのに、一言も話さなかった。


 彼女が食べるのに夢中だったからだ。


 断じて俺が食いしん坊だからではない。


 いや食いしん坊なことは否定しないけど。


 弁当はあっという間に空になった。


「美味かったね」


「……はい。美味しかったです」


「うん。良かった」


 少女の口にソースがついている。


 俺はハンカチを取り出して、彼女の口を拭いてあげる。


「ん……ん……」


 彼女は恥ずかしそうに目を細める。


 なんか幼い妹を相手にしてる気分だ。


「ご飯ありがとうございます。この借りは、必ず返します」


「いいよ。俺も一緒にご飯食べてくれる人欲しかったし。ウィンウィンじゃない?」


「ういんういん?」


「俺にもちゃんと得があったってこと」


 誰かと食べるご飯って美味しいしね。


「初めてです」


「ん、何が?」


「こんなにご飯が美味しいと感じたのは、初めてです」


 学園のご飯は一流のシェフが作ってるらしいからね。


 弁当であっても美味しいのは間違いない。


 舌が肥えちゃってるからか、俺はまあまあ美味しいくらいにしか思わなかったけど。


「……美味しかったです」


「そっか」


「すごく、美味しかったです」


「そうだね」


「すごく、すごく……美味しかったんです」


 少女の赤い瞳からポロリと涙が溢れた。


 え、どういうこと?


 なんで泣いた?


「ご、ごめんなさい。こんなの初めてで……」


「また一緒に食うか?」


「え……」


「さっきも言ったけど、実は俺みんなからよく思われてないんだよね。だから昼飯を一緒に食べる人がいなくてさ。よかったら今後も俺と一緒に食べてくれない?」


「私でいいんですか? 魔族の私と一緒で」


「他の人じゃなくて、君と一緒に食べたい」


 運良く巡り会えたボッチ仲間だ。


 手放してたまるものか。


 我はボッチ飯とおさらばしたいんじゃ!


「ミーア」


「ん?」


「私の名前です」


「ミーアか。うん、いい名前だね」


「いい名前ですか?」


「可愛らしい名前だと思うよ」


「そ、そうでしょうか……?」


 俺は好きな名前だよ。


 昔、読んだ小説にもミーアって名前の少女が出てくるし。


 何はともあれ、これでランチ友達をゲットしたぜ。


 これからはボッチ飯に悩まされることもないな!


「あの……もしよければですけど……」


「ん? どうした?」


「アランくんって呼んでもいいですか?」


「もちろん」


「ありがとうございます。アランくん、本当にありがとうございます」


 ミーアはそういって嬉しそうに笑った。


 その笑顔は、控えめに言ってかなり可愛かった。


◇ ◇ ◇


――こんな経験初めて。


 ミーアは戸惑った。


 自分と一緒にいても気にしないと言ってくれた人は初めてだった。


 ご飯を一緒に食べようと言ってくれた人も初めてだった。


 お腹いっぱいになるまでご飯を食べさせてくれた。


 誰かと一緒に食べるご飯は美味しい。


 泣きそうになるくらい美味しかった。


 嬉しくてちょっとだけ泣いてしまった。


 ミーアにとって初めて気を許せる人ができた。


 小説に出てくるような白馬の王子様とは少し違う。


 小太りな茶髪の少年。


 しかしミーアにとって彼は、白馬の王子様よりも何倍もかっこよかった。


 アランと出会ったことで、ミーアの人生は大きく好転することになる。

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