第12話 ご飯に行こうよ

 衝撃が走る。


 だが想像していた痛みはなかった。


 少女が小柄だったからだろう。


 相手が大人だったら押しつぶされていた。


 大人の大きな胸に押しつぶされるなら本望だ。


 相手が男だったらお断りだけど。


「いっ……」


 俺は少女を抱きしめる形で仰向けになっている。


 少女と目があった。


 くりくりとした真っ赤な目だ。


 白く長い髪が俺の顔にかかっていて、ちょっと痒い。


「ご、ごめんなさい!」


 ぴょんっと飛び跳ねるように少女が俺から離れる。


「いやいいよ。それより怪我はない?」


「えっと……はい」


「それは良かった。俺の腹脂肪が凄いからいいクッションになったでしょ」


「…………」


 自虐ネタが通じなかったようだ。


 ちょっと気まずい。


 ていうか、なんで子供がここにいるの?


 と思ったが、少女の服をみて彼女が学園の生徒だとわかる。


 まさか飛び級で入学してきた?


 この学園の制度は知らないけど、たぶんそういう制度はなかった気がする。


 てことは、単純に幼い見た目ってことなのか?


 まあ童顔なだけだろうな。


 俺が黙って見ていると、少女が恥ずかしそうに目を伏せた。


 なんかごめん。


 ジロジロ見たら気持ち悪いよな。


 自重しよう。


「えっと、なんであんなところに登ってたのかな?」


「……あそこが一番安全だから」


 ボソボソとなんとか聞き取れるくらいの声で彼女は言った。


「安全?」


 むしろかなり危険な場所だと思うけど。


「はい」


「珍しいね。あっ、でも木登りしたくなる気持ちもわかる」


「え?」


「俺も子供のころ木に登って遊んでからさ」


 まあ前世?のほうの記憶だけど。


「なんでか知らんけど、高いところって気持ちがいいよな」


「そう、ですね」


「…………」


 おー、まい、がっと。


 会話が途切れた。


「今日は天気が良いね」


 真っ青な空が見える。


 うん、気持ち良い。


「はい……」


 天気ネタはだめだったか。


「あの……私を見て何も思わないのですか?」


 少女が恐る恐るといった感じで聞いてくる。


「え、ちっちゃい?」


 小学生と見間違えそうなほど小柄だ。


 あと体の線が異様なほど細い。


「そういうことじゃないです」


 じゃあどういうこと?


「私、こんな見た目です」


「まあ人とは違うよな」


「そ、そうです。みんなの前に出ると嫌がられます」


 なるほど。


 幼い見た目のことを気にしてるわけか。


 たしかに他の人と違うってのはコンプレックスになるけど、


「そんなこと気にする必要ないと思うけどな」


「え?」


「人と違う見た目がなんだよ。そんなの個性の一つだろ? むしろ人と違うことを誇ったらいいと思う」


 前世での俺はよくいる普通・・・の人間だった。


 大学行って、サラリーマンになって働く。


 それが嫌だと思ったことはないけど、同時に個性がある人を羨ましいとも思っていた。


「でも私は――」


「飯のときくらいは、めんどくさいこと考えないようにしない?」


 少女なりに色々悩みがあるんだろうけど、今は美味しくご飯を食べたいし。


「って、あれ? 俺の飯ないじゃん」


 さっき少女が落ちてきたことで飯がひっくり返っていた。


「ご、ご、ご、ごめんなさい!」


 少女が頭を地面にぶつける勢いで頭を下げてきた。


 そんな勢いで下げられたら、むしろこっちが申し訳なくなってくる。


「いやいいよ。ちょうどいまダイエット中だったからね。逆にありがたいかも」


「ど、どうしよう……」


「大丈夫。今日は昼飯抜きで――」


――ぐぅぅぅ。


 俺と少女のお腹が同時に鳴った。


 二人して顔を見合わせる。


 少女が恥ずかしそうな顔をしている。


 俺もきっと同じ表情をしていると思う。


 腹が同時に鳴るって、これはまさかの運命?


 デスティニーですか?


 少女が空(木)から降ってくるなんて、まさに運命的な出会いだ。


 このまま一緒にラ◯ュタ探しにいかない?


「あっ、じゃあさ。一緒に食事しない? 今から弁当買ってきて」


 バルスするためにも、まずは友好を深める必要がある。


「え、でも私なんかと一緒だと……迷惑だと思います」


 消え入りそうな声で少女がつぶやく。


「いやそんなことないって。むしろ大歓迎」


 俺の見立てでは、この女の子はボッチだ。


 俺のボッチレーダーがビンビンに反応してるからな!


 この機会にボッチ同士仲良くやろうじゃないか!


 これぞボッチ同盟!


 ボッチが二人集めれば、それはもうボッチじゃない!


 ようやく一緒にご飯を食べる友達ができるぞ!


「本当にいいのですか?」


「ああ」


「本当に? 本当に?」


「もちろんだ」


「本当に私と一緒で気にしませんか?」


 めちゃめちゃ念押ししてくるな。


 まあ気持ちはわかる。


 ボッチを長くやってると、疑心暗鬼になりやすくなる。


 友達作るハードルが高くなりすぎて、誰かと一緒に飯を食べるのが夢物語のように思えてくるからだ。


 でも安心したまえ。


「むしろ君と一緒に食べたい」


 ボッチ同士で食べるから意味があるんだ!


 クラリスのように既にグループに属してる子だと、一緒にご飯食べにくいし。


 俺がコミュ力高ければ問題ないんだろうけど。


 既に出来上がってるグループにすんなりと入れる自信はない。


「……わかりました」


 少女が小さく頷いた。


 心なしか、彼女の顔が少し赤くなってるようにみえる。


 なんかまずいこと言ったか?


 まあいいや。


 よし! これでランチ友達をゲットだぜ!


「じゃあさっそく弁当を買いにいこっか」


「一緒にですか?」


 少女が眉を顰める。


「え、もしかして嫌だった?」


 よくよく考えたら、俺と一緒にいるの見られるの嫌だと思う。


 ごめん、考えなしだったわ。


「えっと……嫌ではありませんけど」


「けど?」


「私が一緒でもいいのですか?」


「大丈夫」


 彼女が何を気にしてるかわからんけど、俺はまったく問題ない。


 むしろ、君こそ俺と一緒で大丈夫?

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