立地のよさを伝えたい
朝、ゴミ出しついでに千歳と散歩に出る。よく晴れた初冬、高い青空。
「寒いけどさあ、晴れだとやっぱりうれしいよね」
『人間にも光合成あるよな』
そんな事を話しながら坂を降りていくと、坂の下のマンションから、見覚えのある背格好の人がゴミを持って下りてきた。あ、狭山さんだ。
『狭山せんせー! おはよー!』
千歳は狭山さんに駆け寄っていき、俺もついて行った。
「あっおはようございます……あ、和泉さんも」
狭山さんはゴミ捨て場にゴミを放り込みつつ挨拶してくれた。
「おはようございます、昨日荒ぶってましたけど大丈夫ですか?」
旧Twitterは最近また激変してしまって、狭山さんはTwitterでは告知しかしなくなっている。その代わりにDiscordで騒いでいて、昨日は、新作の唐和開港綺譚4巻がもうちょっとのところで書き上がらないと大騒ぎしていたのだ。
「いやー、昨日はお騒がせしました」
狭山さんは苦笑した。
「まあ、その、数日中には書き上がりそうです、またチェックよろしくお願いします」
「そうですか、よかった」
『えっ、唐和新刊のことか!?』
千歳は飛び上がった。千歳はいつも狭山さんの新作を心待ちにしているファンなのだ。
「そうです。担当さんにも見せるし、本になるのはまだだいぶ先ですけど」
『やったー!』
「よかったね、千歳」
『うん! あ、そうだ、狭山先生に言わなきゃいけないことあったんだ』
「なんでしょう?」
千歳はうちのアパートの向かいを指さした。
『ワシ、うちの向かいの土地に家買うんだ! だから、狭山先生なんにも心配いらないぞ!』
心配……?
あ、忘れてた! 狭山さん、千歳のそばに住むために、うちの近くに家を買ったんだった!
そうか、俺たちもう、自由に土地を選べなくなってたんだ。千歳はそれを考えてて、今の家と超近い土地を押さえたと。そうか、拙速すぎると思ってたけど、狭山さんちから近い土地を抑える、この上ないチャンスだったのか……。
「え? あそこ? あそこの大きい家買うんですか?」
狭山さんは戸惑っていた。
『ううん、今のでかい家壊して、いくつか普通の家建てるんだって。それ買うんだ。今日申込金払って、契約書にサイン早くしたいですってお願いするんだ』
「へええ、思い切りましたねえ」
『だってワシ預金一億あるもん。こういうときに使わなきゃ』
千歳は胸を張った。俺も狭山さんに言った。
「千歳が現金一括で買ってくれるので、私はお金貯めて千歳に払って、いずれ共有名義にしようみたいな話ししてるんですよ」
「はー、なるほど……まあこの町暮らしやすいですもんね」
狭山さんはふむふむと頷いた。俺は内心胸を撫で下ろした。千歳が考えてなかったら狭山さんに大迷惑かけるところだったんだよなあ、よかった、千歳が大事なことをちゃんと考えてくれてて……。
狭山さんと別れて散歩に戻り、少し歩いてから俺は千歳に伝えた。
「狭山さんちから近いところに住まないと迷惑かけるの忘れてたよ、狭山さんにまず心配いらないって言ってくれて本当にありがとう」
『まあワシだってそれなりに考えてるんだ。星野さんから遠いところもヤだったしな』
「そっかあ、そうだね」
今の家に引っ越す時も、千歳は星野さんから離れるの嫌って言ってたしな。そうか、その観点から見ても、向かいの土地を押さえたのは正解だったのか……。
ありがとう千歳、千歳はちゃんと考えてよりいい選択を選ぼうとしてくれてるんだね、俺あれこれ気をもむことなかったかも……。
『なあ、それよりさ、楽天銀行から振り込めるか確認したら1日に100万円以上はダメって出たんだけどさ、手付金払う時どうしよう』
限度額!
「あー、多分、楽天銀行のアカウントの設定いじって限度額変更しないとダメだね……後で一緒にやろう」
……まあ、大事なことはちゃんと考えてくれてる千歳だから、ちょっと抜けてるところがあっても、俺が教えて少しずつ身につけてもらえば、大丈夫だよな。
いくらでも教えるよ、ずっと一緒にいるからね。
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