先の未来を見てみたい

 南さんが都合した暖心寺というお寺で、相楽屋のご主人と倉沢さんを引き会わせることになった。ありがたいことに、南さんは車で迎えに来てくれて、寺にはすぐたどり着いた。

 相楽屋のご主人には事情を話してあるそうだが、南さんは困ってるそうだ。


「こちらのことは全部話したんですが、倉沢さんの霊が会いたがってるって言っても中々信じてもらえなくて、遺言が残ってるからそれを聞いて欲しいって言って、なんとか会ってくれることになったんです」

「まあ、普通はそうですよねえ」


 俺はうなずいた。俺だって、千歳が目の前に現れるまで霊だの何だのは信じてなかったし。

 倉沢さんも困ったようだ。


「霊だし本人なんすけど、信じてもらえるっすかねえ」


 そう言われて、俺は倉沢さんを改めて見た。うーん、はっきり言って、幽霊感はないよな……。


「倉沢さんは……幽霊にしてはちょっと実体がありすぎるんですよね」


 もの食べるし、見た目通り体重もあるし。なんで体重のこと知ってるかって言うと、このところ同じ家で暮らして、生活動線ですれ違いそこねて俺が倉沢さんにぶつかった時、俺の方が跳ね返されてしまったからだが。

 千歳(朝霧の忌み子の姿)が倉沢さんに言った。


『ちょっと透けてみるか?』

「どうやるかわかんないっす」

『うーん、じゃあ足無しにして浮いたら幽霊っぽくならないか?』

「やってみるっす」


 倉沢さんは床から少し浮き、足を幽霊っぽく空気に溶けてなくなるようにした。俺は思わず言ってしまった。


「そ、それっぽい!」


 南さんも納得したようだ。


「まあ、これなら信じてもらえるでしょうね」


 そんな訳で皆で寺の講堂で待たせてもらい、しばらくしたらお寺のお坊さんに、一人のおじいさんが案内されてきた。あ、相楽屋のご主人だ。

 相楽屋のご主人は、座布団から立ち上がって浮いた倉沢さんを見て、本当に飛び上がって驚いた。


「う、う、嘘だ!」


 南さんがとりなすように言った。


「いえ、本当にご本人なんですよ」


 倉沢さんはなんと挨拶していいか困るようだったが、「あー、その、久しぶりだな」と相楽屋のご主人に片手を上げた。

 相楽屋のご主人は、もう恐慌状態だった。


「な、なんで!? 恨んでるんですか!? 俺のこと恨んでるんですか!?」


 倉沢さんは慌てた。


「いや、違う! 恨んでないって伝えたかったんだ!」

「……へ?」


 倉沢さんは真剣な顔になって続ける。


「あんたはカタギだし、店も嫁も子どももあったし、ヤクザに脅されたらやるしかなかったってわかってる! あんたを脅した奴はともかく、あんたのことはなんにも恨んじゃいない!」

「え、ええ……?」

「……あんたの作る飯が好きだったよ。俺、こないだ、ここにいる千歳さんを通してまたあんたの飯を食えたんだ、うれしかったよ。……それだけ、伝えたかったんだ」


 千歳が倉沢さんのそばに立ち、とりなすように言った。


『えっと、相楽さん。こいつ本当にそれだけ言いたかっただけだから、別に怖がらないでやってください』


 相楽屋のご主人は、受け止めきれてない顔で呆然としていたが、やがてうめいた。


「ゆ、許されていいんですか、俺のやったことは……」


 倉沢さんはうなずいた。


「何も恨んじゃいないよ」

「…………」


 相楽屋のご主人の目が潤み、すぐに両手で顔をおおって泣き出してしまった。ああそうか、この人、殺人に加担したことをずっと後悔して生きてきたのか……。

 相楽さんはしばらく泣いて、南さんに慰められていた。こんな年のおじいさんが泣くなんて相当だから、そっとしておいてあげたほうがいいだろうと俺は黙っていて、千歳も多分同じことを考えて黙っていた。

 相楽屋のご主人は、やっと泣き止んで、泣き腫らした目で倉沢さんに頭を下げた。


「……会いに来てくれて、ありがとうございます」

「別に礼を言われることじゃない、俺が言いたい事を言っただけだから」

「ずっと、ずっと後悔してて……」

「なら言ってよかったか」

「ありがとうございます……」


 相楽屋のご主人はまた倉沢さんに頭を下げ、お寺のお坊さんに付き添われて帰っていった。

 相楽屋のご主人がいなくなってから、千歳が倉沢さんに聞いた。


『心残りなくなったか?』

「なくなったっす、この件については」

『え、まだあるのか?』


 倉沢さんはなんと言っていいか迷うようだったが、やがてこう言った。


「……自分、まだ、千歳さんの中で寝ててもいいっすかね?」

『え、いいけど。あの世行くかと思ってた』


 千歳はあっさりしたものだったが、南さんは驚いたように目を丸くし、俺も驚いた。倉沢さんは心残りなくなったら成仏でもするのかと思ってたので。

 南さんが倉沢さんに聞いた。


「千歳さんの中にいるの、そんなにいいんですか?」


 あっ、そういうこと?

 俺も倉沢さんに聞いてしまった。


「千歳の中って、そんなにいいベッドなんですか?」


 倉沢さんは「まあ、それもあるっすけど」と言い、少し考えてから続けた。


「……36年経ったら、世の中ずいぶん良くなってたから、千歳さんの中で、もうちょっと先を見てみたくなったんすよ」

「え、そんなに?」


 俺は不思議に思った。倉沢さん、ここ数日だいたい家にいたし、そんな実感するようなことあったっけ?

 倉沢さんは「自分としては、よかったっす」と頷いた。


『じゃあ、ワシん中戻るか?』


 千歳は倉沢さんに片手を差し出した。


「はい、恩に着るっす。和泉さんも南さんも、大変お世話になったっす。ありがとうございました」


 倉沢さんは俺と南さんに頭を下げてから、千歳の差し出した手に触れ、千歳にするっと吸い込まれてしまった。

 千歳は大きく息をついた。


『まあ、もとに戻ったな』


 俺は千歳に聞いてしまった。


「倉沢さん、現代の何がよかったんだろう」

『ヒミツだ』

「あっ、千歳は知ってるの?」

『知ってるけど、言わないぞ』

「いや、言いたくないなら無理に聞かないけど」

『そうしとけ』


 そう言う訳で、とりあえず俺は千歳との二人暮らしに戻ったのだった。

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