今は昔より明るい
倉沢さんは、心残りを解消できるまでうちにいることになった。でかい人が増えるとちょっと家が狭いけど、まあ千歳の中にずっといた人で、千歳がその人の知識と経験にずっとお世話になってるし、俺は何も言うことはない。
千歳を散歩に誘ったら、倉沢さんが「やることもないし、ついてってもいいすか?」というので、三人で行くことになった。
何しろ座業で運動不足なので、雨の日でも歩ける時は歩くことにしている。雨滴がついた花もきれいだし、写真撮っておばあちゃんに送ると結構好評だし。
『そういえばさあ、こないだこの道通ってたら虹色のステッカーつけた車が二台走ってたんだけど、あれなんだったんだろう』
俺が生垣のバラを撮っていると、千歳が首を傾げた。
「虹色のステッカー?」
『何かこう、虹色のしましまのステッカー。それが貼ってあるのが二台続けて走ってたから、何かの印なのかなあと思って不思議だったんだ』
虹色……しましま……あ、あれか?
「レインボーフラッグのステッカーかな?」
『レインボーフラッグ? なんだそれ』
「性的少数者を応援する旗、って感じかな」
『なんだそれ』
千歳はまた首を傾げた。倉沢さんも不思議そうな顔である。
「まあ、同性愛者とか、トランスジェンダーとか、他にもいろいろ。LGBTQって言ったかな?」
『トランスジェンダーってなんだ?』
「体の性別を変えたとか、変えたい人ってところ」
『オカマとオナベ?』
「まあ合ってるけど、オカマとかオナベって言葉は今だと差別語だと思われても仕方ないかも」
『難しいな』
千歳は眉根を寄せた。倉沢さんが言った。
「横文字が多いっすね」
「まあ海外発祥の旗ですからね」
千歳が『同性愛かあ』とつぶやいた。
『……お前はさ、男同士でどうこうとか、気持ち悪いとは思わないのか?』
「え?」
いきなり予想外の質問をぶつけられて、俺はぽかんとしてしまった。いや、でも、千歳の中の人たちには陰間茶屋の人がいたな。真面目に聞いてるのかもしれない、真面目に答えないと。
「うーん、自分で男同士でどうこうっていうのは、気持ち悪い以前に想像もできないけど……それが好きな人同士でするなら、俺が何か言う権利はないんじゃない?」
『そうなのか?』
「だって、男同士で好きになり合うのは別に悪いことでもなんでもないし、好きになる性別って自分で決められるもんじゃないし」
『へえー、お前すごいな』
千歳は普通に感心したように言った。
「別に、今は大体の人はこんなもんじゃない? 同性婚賛成の方が多い世の中だし」
『同性婚? えっ、男同士の結婚って意味か!?』
千歳は目を丸くした。倉沢さんも驚いていたので、俺は一応付け足した。
「女同士の結婚も含むけども。なんかねえ、国のお偉方が嫌がるからなかなか実現しないらしいけど、庶民にアンケート取ると賛成派の方が多いって感じ」
『え、え、そうなのか……』
「す、すごいっすね……」
千歳も倉沢さんも受け止めきれてない顔だ。36年前だとそんなだったのかなあ。今は不景気ではあるけど、そういう部分は着実に進んできてるのか。
「ていうか千歳、他人事じゃないよ」
俺は千歳に忠告しようと思った。
『え、なんで?』
千歳はぽかんとした。
『なんでって、体の性別がなくて、自分でも性別わからないって、普通に性的少数者のうちに入るじゃん」
『えっ? そうなのか!?』
そんなに驚かなくても。
「まあ、定義上は入るから、少しはアンテナ立てときなね」
『そ、そっか……ワシそうなのか……』
倉沢さんが「すごいことを聞かせていただいたっす」と頭を下げた。え、そんなに?
「いや別に……まあ、でも、36年前とはだいぶ違いますよね」
「だいぶ違うっす、驚きました」
千歳がニコッとした。
『な、和泉はいい奴なんだよ』
「…………」
倉沢さんは無言だったが、初めて少しだけ笑い、千歳にうなずいた。
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