番外編 相楽光の懊悩

 自分が人殺しだとバレるのではないかと、ずっと苦しんできた。

 やったことはひとつだ。客が注文したレモンサワーに睡眠薬を溶かしただけ。でも、眠り込んだ客が何をされるかは分かっていた。俺が睡眠薬を入れなければ殺されなかった。人殺しに加担したんだ。

 倉沢さん。変な客だった。俺が下積みしている店にずっと通い詰めていた客。彼は、俺が店を持ちたいと言っていることをどこかで聞いたらしく、ある日札束を持ってきて「開店費用の足しにしろ」とぼそっと言った。


「そ、そんな、何もしてないのにもらえません」

「汚い金じゃない」

「でも……」

「店できたら教えてくれ、通うから」


 ヤクザなのは知っていた。けれど彼が店で騒ぎを起こすことは一度たりともなかったし、彼が通うのはむしろチンピラよけになるくらいだった。彼のおかげで、自分の店が持てたようなものなのに。

 彼を殺して36年、ずっとバレることを恐れていた。36年後、倉沢さんのことを話す客が来た。

 36年前だ。時効だ。でも倉沢さんのことを知る客がいた。

 何をされるんだ? あの客は、いったい何者だったんだ?

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