ひとつ気持ちを伝えたい
一晩明けて朝になり、ずっと考えていた様子の倉沢さんが言った。
「ずっと考えたっすけど、やっぱり大将にもう一度会って話したいっす」
『そっかあ』
「そうですか」
「でも、何話せば心残りなくなるかわかんないっす……」
倉沢さんは肩を落とした。
『まあ朝飯食えよ、作ってやるからさ』
千歳が倉沢さんを慰めるように言った。あ、倉沢さんも千歳と同じでご飯食べられる霊なんだ。
そう言う訳で三人で朝ご飯しつつ、俺は倉沢さんに聞いてみた。
「相楽屋のご主人に話したいこと、自分の中で整理できてない感じですか?」
「……話したいこと自体は、いろいろあるんす。でも、大将に言っていいことなのか、わからないっす……」
倉沢さんはため息をついた。
『まあ、いろいろあるよな』
俺は、ひとつ懸念を思いついた。
「そもそも、今の倉沢さんを連れてってご主人に倉沢さんだって納得してもらえるかって話もあるよねえ」
36年も前に死んだ人をいきなり連れてきたって、ただのそっくりさんだと思われやしないか?
千歳が眉根を寄せた。
『その辺はなあ、南さんに相談するしかないよなあ』
「相談に乗ってもらうの、いつになったの?」
『えーと、まだ決まってない。今日のワシの都合のいい時間を聞かれてるとこ』
「俺、午後なら一緒に相談行けるよ?」
『じゃあ来てくれ、ワシもどうしていいかわからん』
午後に南さんと相談することになり、個室のある例の喫茶店で南さんに経緯を話したのだが、南さんは話しにくそうに言った。
「……その、お聞きしにくいことですが……話をまとめると、倉沢さんに睡眠薬を飲ませたのは相楽屋の大将さんでは?」
「そうだと思うっす、でも絶対、自分の敵対してた奴らに脅されてやったことですから、大将のことは恨んでないっす」
『敵対してた奴らは、お前が怨霊になってぐちゃぐちゃにしちゃったもんなあ』
ぐ、ぐちゃぐちゃにしたんだ……そうか、封印されるような怨霊なんだもんな……。
倉沢さんはうつむいた。
「……自分、大将が作った飯を食うのが好きだったんす。そのことなら……伝えても大丈夫っすかね」
南さんは「まあ、それくらいなら」とうなずいた。
「倉沢さんが霊だということについては、私が私の所属の寺の名前を出して事前に相楽屋のご主人に連絡する、辺りで対応しましょうか?」
俺はひとつ思いついて言った。
「倉沢さんはご主人を恨んでない、ってことも伝えたほうがいいんじゃないですかね、その方が相手も安心するでしょうし」
倉沢さんは、なぜかはっとした顔をした。
「……自分、それも伝えたいっす。伝えて……わかってもらえたら、心残りなくなる気がするっす」
そういうことで話はまとまり、南さんが場をセッティングしてくれるのを待つことになったのだった。
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