それでもどうにかしてみたい

朝に緑さんから返ってきたLINEは、お礼と「私もいろいろ動いてはいるのですが、金谷安吉さんと朝日くんの決意が固く、あらゆる手を使ってきているので、なかなか事態が動きません」という内容だった。

朝ご飯の席で千歳に緑さんからの返事を伝えると、千歳は眉にシワを寄せた。

『難しいなあ』

「峰朝日さんがなにか企んでるのはわかるけど、何を企んでるのかは全然わかんないよね」

『ワシさあ、峰伊吹さんに『あんたんとこの息子、何考えてるんだ?』ってLINEしてやろうかな?』

千歳は塩鮭に箸を伸ばした。

「うーん、伊吹さんは特に何も悪くないんだし、そんな強い言葉ぶつけたら、伊吹さんは千歳とあんまり友達でいたくなくなるかもよ?」

俺は味噌汁をすすった。千歳が狭山さんのことを聞いて何かしたくなる気持ちは、すごくわかるんだけど。

『そっかあ、伊吹さんは悪くないな、確かに……』

千歳はしゅんとした。とはいえ、千歳が伊吹さんとちゃんとつながりを持っておくことは悪いことじゃないと思う。

「なんていうかさ、伊吹さんにはさ、うまく話を持っていって、千歳や狭山さんの味方になってほしいよね。手始めに伊吹さんに、「朝日さんと金谷さんが結婚するって本当ですか?」くらいのLINEしてみて、伊吹さんは今の事態をどう思ってるか、くらいはそれとなく聞いてみてもいいんじゃないかな?」

俺がそう提案すると、千歳は『それいいな』と賛成してくれた。

『じゃ、朝飯終わったらそう送ってみる』

「うん。言葉遣いは気をつけなね、伊吹さんは味方になってくれるかもしれない相手だから」

そういう訳で、千歳は俺が食器洗いをしてる間に峰伊吹さんにLINEしたみたいなのだが、返ってきたLINEに困った顔になっていた。

『あのさあ、伊吹さんも、息子がなんでいきなりそんなこと言い出したのか困惑してるんだって。本人は「家のためになるだろう」って言ってて、確かにそれはそうなんだけど、そこまでやれとは言ってないだろ、ってことばっかりなんだって。ワシに峰家に来ないかって誘った時も朝日さんはそんな感じで、伊吹さんはワシと仲良くできて仕事してもらえればそれで十分で、絶対に峰家に来いとまではやるつもり無かったんだって』

「え、そうなの?」

実の父親も困惑するレベルなの?

細かい文脈を見落とすと良くないと思ったので、俺は千歳に許可を得て伊吹さんのLINEの原文を見せてもらった。うーん、確かにそう言うこと言ってるし、千歳は自分の件について聞いたわけではないけど伊吹さんは自分から詳しく話してるの、半分は千歳への言い訳とか申し開きなんだろうな……。

見せてもらってる間に、伊吹さんから追加でLINEが来た。

「金谷あかりさんの件に関しては、朝日が言い出したことではあるのですが、金谷安吉さんと私の母、前峰家当主が話を聞いて非常に乗り気になってしまっていまして。私と妻は佐和家にどう顔向けするんだと諌めていますが、金谷あかりさんなら家柄的にも素質的にも申し分ないし小学生の頃に親が決めた結婚なんて嫌だ、と言われると強く言えなくて」

う、うーん、事態が複雑! 祖父母世代を味方につけた上、条件的には申し分ない結婚相手、親には弱みがあるとなると、確かに親だとしても子供に強く言えないぞ!

千歳も一緒に伊吹さんからの追加のLINEを読んでいて、なんとも言えない複雑な顔になった。

『うーん、狭山先生とあかりさんにちゃんとくっついてもらうの、やっぱり難しいのかなあ……?』

今の状況だとそうだろうね、と言いそうになり、俺は口をつぐんだ。それは狭山さんがかわいそうすぎる、という気持ちと、口に出して狭山さんが不利と認めてしまうと本当にそうなってしまいそう、と言う気持ちで。

少し考え、俺は代わりに別のことを言った。

「えっと、とりあえず、伊吹さんには話聞かせてくれてありがとうってことは伝えときなよ。伊吹さんは、今の事態を良くないって思ってるけど、それを変えるのは難しいってことも言ってるわけだから、責めたりしないで、お礼だけ言っておこう」

『うーん、そうだな……』

千歳は難しい顔のままだったが、うなずいた。

「俺もさ、金谷さんに、狭山さんへの言付けとか仲介なら、いつでもしますよって伝えとくからさ」

『うん、それはそうしろ、今すぐそうしろ』

そういう訳で、俺と千歳は各々の相手にLINEし、それからは特にできることもないので、その日の仕事や家事に着手した。俺は狭山さんの唐和開港綺譚最終稿を読んでおっくんの要望を折り込みつつコラムの下書き、千歳は洗濯物を干してから組紐作り。

しばらく静かな時間がつづいたが、ぷるるる、と千歳のスマホが震えて静寂が途切れた。

『緑さんだ! どうしたんだろう』

千歳はすぐ着信に対応し、スマホから緑さんの「千歳ちゃん!! ご、ごめん、もう組紐できちゃった!?」と言うあせった大声が聞こえてきた。

『え? いや、まだだけど、多分今日か明日でできる……』

「ごめん、本当にごめんなさい、組紐作るの中止して、こっちで受け取れなくなっちゃったの、作ってもらってもお金振り込めなくなっちゃったの、だから受け取れないの!」

『え!?』

緑さんの声は、半分悲鳴みたいだった。

「安吉さんがね、千歳ちゃんが和泉さんと離れて峰家に行かなかったら、組紐のお金振り込ませないし今後のサブスク除霊のお金も払わないって言い出したの!!」

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