とびきりの餌で誘いたい

翌朝、千歳(女子中学生のすがた)と一緒に、南さんの車の出迎えで斎野神社というところに向かった。金谷神社よりうちに近く、社務所が広いのである程度の人数が集まれるらしい。

南さんは運転しながら言った。

「とりあえず今日の集まりは、あかりさん、緑さん、狭山さんと私達です。大事なことはもうLINEでお伝えしてありますが、それ以外にも何かあればどんどんおっしゃってください」

「はい」

『うん』

「今日集まる中で、九ちゃ……九さんに直接会ったのは私と和泉さまなので、九さんをとりなす方向で何か思いつくことがあれば言ってください」

「うーん、考えておきますが、難しいですね……」

「……私も同感です……」

南さんの肩が少し落ちたので、多分大きくため息を付いたのがわかった。

『……あのさ、ワシ悪いことしたから、九尾の狐に嫌われても仕方ないんだけどさ、ワシもし何かされてまたバラバラになっちゃったら、中身の奴らそれが嫌でまた暴れると思うから、それはダメだ。あんたらも嫌だろ?』

千歳が懸念を口にする。南さんは大きくうなずいた。

「私達も、それは大いに懸念しているところです。ただ、九さん単独でそれをするのは無理なんですよ、千歳さんの核だった方の遺骨は我々で厳重に管理していて、九さんも気軽に手出しはできないので。なにか考えがあるのかもしれませんが……」

三人でいろいろ話しても、特に進展はなく、車は神社の駐車場に入った。

社務所に案内されると、金谷さんと狭山さんが出迎えてくれた。緑さんも奥にいた。

「すみません皆さん、お忙しいのに」

俺は頭を下げた。特に狭山さん、アニメ関連で宣伝だのメディアへのインタビュー露出だの多いのに。

『悪いけど、ワシが悪いんだけど、またバラバラにされたくないからよろしく頼みたいんだ』

千歳も頭を下げた。狭山さんが、「いえ、そんなに気にしないでください」と片手を上げた。

「僕ら、千歳さんに何かあった時はできるだけのことをする事になってるので……あれ、千歳さん、もしかして寒いですか? クーラーきついですか?」

狭山さんは首を傾げた。え、千歳寒そうにしてる?

千歳を見て、別に寒そうじゃないなと思って、そして気づいた。あ、そうか、狭山さん霊とかの状態がわかるから、昨日いろいろあって千歳が心細いのを寒いと勘違いした?

その考えを裏付けるように、千歳は狭山さんに返事した。

『えっと、温度じゃないんだ、昨日からちょっと心もとない感じがするだけなんだ』

「ああ、まあ、大変でしたもんね」

狭山さんは納得したようだった。奥に入り、緑さんともあいさつし合ってから、会議室みたいな大きい長机を囲んで全員でいろいろ話した。と言っても、これまで出た情報の確認という感じだったが。

千歳になにかあってまたバラバラになったら、千歳自身もうまく統率できないのでまた前みたいに大騒動になる可能性もあること。ただし、九さんは神の使いと言っても単独で千歳をどうにかできるレベルの力ではないということ。それは九さんが弱いのではなく、千歳の力のレベルがとんでもないせいらしい。

緑さんが言った。

「九さん、それくらいはわかってるはずなんですよ。でも、千歳さんに何かすることを諦めてないってことは、何らかの考えがあるかもしれないんです。なので、九さんがどこかに力を借りに来てないかも調べてるんですが、今のところ接触が確認できたのは南さんと金谷夫婦だけなんですよね……」

『うん、ワシのこと聞きに来たんだろ?』

昨日南さんからLINEされたことは、簡単ながら千歳に伝えてある。緑さんは千歳を見てうなずいた。

「そう、でも、あくまで千歳ちゃんのこれまでを聞いてきただけだから、それだけで千歳ちゃんをどうこうできるとは思えなくて」

俺は聞いてみた。

「九さんが接触してるけど、事情があってそれを隠してる人がいる可能性はないんでしょうか?」

「うーん、それはですね……」

緑さんは眉を寄せた。

「その可能性が絶対にないとは言えないんですが、千歳さんがバラバラになって大暴れすると単独ではとても押さえられないし、相当の被害を覚悟しないといけないので、そのリスクを承知してまで千歳さんをどうこうしたい人がいるか、と言うと……」

「ああ、なるほど……」

狭山さんが言い添えた。

「千歳さんと仲良くして力貸してもらうほうが、労せずして利益が得られる、ってわかってきてますしね。千歳さんと進んで敵対しようって人が出るかって言うと、疑問です」

金谷さんも南さんも頷き、同意を示した。

「そうですか……」

千歳に対して進んで敵対しないでくれる、というのはありがたい話ではある。ありがたい話ではあるんだけど、じゃあ、九さんがどのように千歳に何かしてくるか、と言うのが全然わからない。困る。

あと、ペットボトルのお茶を狭山さんがみんなに配ってくれたんだけど、外が暑かったもんで結構ぐいぐい飲んじゃって、今すごくトイレに行きたいのも困ってる。

なんとなくみんな考えあぐねて、発言が止まったので、今だと思って、俺は申し出た。

「すみません、こんな時ですが、トイレお借りしてもよろしいですか? どこにありますか?」

南さんが教えてくれた。

「この部屋出て、長い廊下の奥を右に行ったところにあります」

「ありがとうございます」

いそいそとトイレに行き、用を足して、トイレから出て部屋に戻ろうと歩き出した時、足元がぐにゃっとなった。

「!?」

一瞬視界が歪み、気がつくと、昨日の神社の境内に座り込んでいた。

蝉の声が、全くしなかった。

俺の胴体には、狐の尻尾のようなふわふわがしっかり巻き付いて、鳥居の根本に縛めていた。きつくはなかったが、ふわふわをほどこうとしても、全然ほどけなかった。

白銀の髪の女性が、俺の顔を覗き込んだ。

「すまんのう、しばらく餌になってもらうぞ。あの怨霊をおびき寄せる餌に、の」

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