おごりで温泉浸かりたい

金谷さんに相談したら、「そちらのご都合に合わせてその物件に行けます、いつがよろしいですか?」と返事が来た。その言葉に甘えて、俺が空いていて、また新居候補に行ける日時を指定した。


新居候補の台所を見た金谷さんは、暗い顔になった。

「これは……うーん……除霊は可能といえば可能なのですが……」

『何かまずいのか?』

怨霊(女子大生のすがた)(命名:千歳)が金谷さんに聞いた。金谷さんは暗い顔のまま答えた。

「新鮮な魚介とお酒を備えるのを、三ヶ月はやる必要がありますね……脅威はそこまでではないのですが、執着に特化したタイプの霊なので……」

『……たくさん酒と飯が食える奴探して、乗り移らせて温泉行くほうが早くないか?』

「時間的にも費用的にも、そのほうがいいのは確かなんですが、そうそう適した人材がいるかというと……」

千歳は耳をすませるような顔になり、続けていった。

『ほら、おっさん的には一泊二日でいいみたいだし、なんとかならないか?』

地縛霊側から積極的に要望を出しているようだ。なんだか話に置いてけぼりになる気配を感じて、俺は言った。

「あの、金谷さん。俺にもその地縛霊の人見えたり、言ってること聞こえたりできるようになりませんか? 三人で本人の言う事聞いたら、何かいい案が浮かぶかもしれないし」

「それもそうですね」

金谷さんが台所に向かって何事か唱えると、人の輪郭が浮かび上がってきた。風船みたいに太った、四十過ぎの男性が現れる。後ろがかなり透けて見えるけど。

「お、これで兄ちゃんにも見えるようになったか?」

「あ、はい、見えてます……この部屋にお住まいだったんですか?」

「お住まいだった。あ、俺の名前は藤っていうんだ。物書きやってたから、白折玄って名前のほうが有名だけど」

「和泉といいます」

白折玄。どこかで見た名前だなあと思い、記憶を辿っていると、藤さんに続けて言われた。

「あんた、しばらく体貸してくれないか? 一泊だけ、一泊だけいい温泉宿に泊まって、うまい飯と酒かっくらいたいんだ。もう意識とか奪わないし、感覚共有するだけにするし、俺の言うとおりに温泉入って飲み食いしてくれるだけでいいから」

これまでの住人、意識奪われた上で刺し身とビールかっくらわされてたのか……。

「うーん、意識取られないなら、一泊だけ体貸すのはいいんですが、俺あんまり量が食べられませんし、酒も今は控えないといけないので、飲み食いがちょっと……」

「飯がうまい宿紹介するから! うますぎていくらでも食えるから!」

「おいしいとかおいしくないの問題じゃないんですよ、胃の容量っていう物理的な問題なんですよ」

「ダメかぁ……」

藤さんは、あからさまにがっかりした顔をした。そこで俺はやっと思い出した。白折玄、確か、狭山さんがTwitterで葬儀に行けなかった事を悔やんでいた作家だ。ミリタリや歴史小説で有名な作家と、女性レーベル恋愛もの作家の、どこに接点があるのかと思うが。

「あの、もしかして狭山誉さんって小説家ご存知ですか?」

「え? ああ、ずっと俺の小説のファンで、その後デビューした奴だよ。頭打った後、だいぶ混乱してたけど、今は大丈夫なのか?」

金谷さんと千歳が、びっくりした顔になった。

「え、狭山さんとお知り合いなんですか!?」

「うんそう、ネットのやり取りが主だけど、もう十年くらい……お嬢ちゃん、あいつの読者?」

「結婚を前提にお付き合いしています」

藤さんは、顎が外れたがごとくに口をあんぐりした。

「どういうこと!? あいつYESロリータNOタッチの信望者だぞ!?」

「い、いえす? タッチ?」

フォローの必要性を感じて、俺は間に入った。

「なんか、狭山さん、うちの怨霊がものすごく強い霊だってわかるくらい霊感があって、それで拝み屋の金谷さんとお見合いしたんですよ」

「あ、いきなり高校生に手を出したとかじゃないのか……いや、お見合いって、それでもお嬢ちゃん若すぎないか!?」

金谷さんは困った顔で答えた。

「ええと、この業界、働き始めるのが早いですし、結婚も世間一般よりは早いんです」

『こいつ、ちゃんと将来のことよく考えて狭山先生と見合いしてるぞ。年の割にしっかりした女だから、大丈夫だ』

千歳もフォローに入ったのが意外だったが、なかなか役に立つフォローだ。

千歳を見て、俺はふと思いついたことがあった。

「千歳、千歳は毎日三食食べてるけど、割とたくさん食べれる方だよね?」

『ん? 食べようと思えばいくらでも食べられるぞ、普段の三倍は楽に行ける』

「普段の食事量は今に留めといてください……お酒飲んでるの見たことないけど、アルコール大丈夫な方?」

『大丈夫だと思うぞ、多分たくさん飲んでも酔わない』

俺は考えた。

「あの、藤さん。この千歳、怨霊ですけど、たくさん飲み食いできるんですよ。千歳と感覚共有して、温泉宿に一泊っていうのはどうですか?」

藤さんはもじもじした。

「いや、怨霊と言っても、女の子の体借りるのはまずいだろ……」

『男の格好にもなれるぞ?』

「なれるの!?」

金谷さんが慌てた。

「そ、その、千歳さんと融合はちょっと……」

何を慌てているのかわからなかったが、そのうち気づいた。千歳は強い霊が集まって出来た怨霊だから、ここに除霊に三ヶ月かかる霊までくっついたら、金谷さん的には困るのか。

「千歳、融合しないで、感覚だけ共有するのはできる?」

『できるけど、おっさんのほうで意識しないとダメだと思うぞ』

藤さんが不思議そうに聞いた。

「意識って言っても、どうやるんだい?」

『こう、体の表面をギュッてする』

「感覚的!」

『やればできる!』

金谷さんは、なんとも言えない顔で千歳と藤さんを眺めていたが、やがて言った。

「その、藤さんのタイプでは、千歳さんともし融合してしまっても特に悪影響はないと思うのですが、でも融合はしないでください」

金谷さん的にも、一応OKらしい。俺はつぶやいた。

「じゃあ、あとは温泉宿を選ぶのと、泊まる費用か……でも俺じゃ、高いところ行けないですよ」

「こんな部屋選ぶんだから、君羽振りいいほうじゃないの?」

「藤さんのせいで事故物件かつ呪われた物件になってて、ストップ安ですよ、家賃」

「マジか。いや、でも、温泉宿の費用は俺が出すよ」

……死人に財布は持てないと思うんだけど、銀行口座も持てないと思うんだけど、どうやって?

俺の不審な顔を察したらしく、藤さんは付け加えた。

「俺の貯金、多分弟が管理してるから、今夜からコツコツ夢枕に立って、費用分プラスアルファでまとまった金を和泉さんの口座に送金するように説得する」

コツコツという言葉と、夢枕に立つという言葉が合体するとは思わなかったな……。

「……えーと、俺の口座は教えられますが、そこに金を払え、はいくらなんでも弟さん的に怪しすぎるので……。金谷さんの実家が神社なんで、「金谷神社にお祓いしてもらわないと未練が残って成仏できない」みたいに弟さんに言って、金谷神社にお祓い費用払ってもらう形でお金振り込んでもらうのはどうでしょうか」

言ってから、神社に頼むのに成仏できないはないだろ、と思ったが、藤さんも金谷さんもあっさりうなずいた。

「ああ、そのほうがいいな」

「そうですね、うちの実家でしたら、辻褄は合わせやすいです」

千歳がはしゃいだ。

『じゃ、金振り込まれたら温泉な! ワシも温泉浸かって、うまい飯と酒食いたい!』

その後、藤さんが行きたい温泉宿を詳しく聞き取り、藤さんの弟さんが根負けして費用を金谷神社に振り込んでくれたら、また集まって詳細を詰める、ということになった。


帰ってから、金谷さんからLINEが入った。

「いきなりすみません。今後のことを考えて、今回の件と千歳さん周りに関して、和泉様にいろいろお伝えしておきたいことがあります。千歳さんにはなるべく秘密にしてください」

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