第5話 浮遊機械都市キュービック ②

「これ、食えるのか?」


 食堂として使われていた部屋にて、リオとヒデは目の前にある食料を前に尻込みしていた。

 袋に詰め込まれたゼリー状の食べ物、地球のゼリー飲料と似ているが味が全く想像できない。何せ虹色に発光しているのだ。ここまでケバケバしいと毒性を疑ってしまう。

 そもそも異なる文化の食料なのだから合わない可能性の方が高い。


「ひ、ヒデさんからどうぞ」

「いやいやここは艦長から」

「か、艦長命令使っていい?」

「横暴だぞ」


 とさっきから押し付けあっている。見兼ねたドクターが虹色ゼリーを手に取って口に放り込んだ。


「全く、安全だって言ったじゃないですか! ちゃんとボクが検査して食べても問題ない食べ物をだしといたのに」

「ま、まあその……ごめん。ちなみに、美味しい?」

「美味しいですよ」


 ニコっと笑顔を浮かべた。どうやら味についても問題はないらしい。


「じゃ、じゃあいただこうかな! はは!」

「おう! 艦長! 同時にいこうぜ!」

「ああ! 同時にな、せーの!」


 パクッと一思いにそれぞれが虹色ゼリーを頬張る。咀嚼して味わい、そして飲み込み。


「「うげえええええええええ!!」」


 飲み込む事ができずに吐き出してしまった。


「まっっっっっっっっず!!」

「トゥルンと辛くて酸っぱくて甘くて苦くて不味い!! 機械オイルの方がまだ美味ぇぞ!!」


 それは無い。そもそも飲んだことあるのか。


「二人共! 吐き出すなんてもったいない! ボク達にとって貴重な食料なんですよ!」

「わかってるけど、けど不味いものは不味いんだよ!!」

「不味いってなんですか! こんなに美味しいのに、舌がおかしいんじゃないですか?」

「「えぇっ」」


 少なくとも食べられるのは確かなようだ。付き合いは短いが、ドクターはこういう事で嘘をつく子では無い事はわかってきた、しかしどうやら味覚に関しては全くアテにならない事も今回よくわかった。


「ヒデさん」

「なんだ艦長」

「俺、料理覚えるわ」

「期待しとく」

 

 

 ――――――――――――――――――――


 

 ガリヴァーに乗って旅を始めてから二日目、未だ艦の構造やシステムは把握できていない。

 ヒデを機関部に、ドクターを医療部兼科学検査部に任命しているが、二人共まだ基本的な事しかわからないらしい。

 一日で基本を覚えられたあたり優秀だとリオは思っている。


「ひとまず何から始めるか、副長は何かある?」


 もう一人、この艦の事を全て理解しており補助する事に長けているコンシェルジュを副長として任命した。彼は艦のシステムに過ぎないからと断ったが、リオが艦長命令を発動して無理やり任命したのだった。


「まず艦の修理から始める必要があります」

「どこか壊れているのか?」

「先の戦いで損傷した箇所がまだ直っていません、またジェネレーターの出力調整にも異常がでているので早急に修理する必要があります」

「この近辺で艦を修理できそうなところはあるか?」

「ここから〇二六二の方角に機械文明が発達したコロニーがあります、そこでしたら修理できます」

「じゃあ早速、そこへ向かおう。ついでに食料や他の機材も補充しておきたいな」


 副長に指示をして進路を変える、慣性を感じることも無く艦は進む。目的地に辿り着いたのはおよそ十時間後の事だった。

 


 ――――――――――――――――――――

 

 

「ここがキュービックか」


 モニターに映る世界はまるで要塞のようだった。あらゆる機械が密集して混ざり合い、それらを様々な太さのパイプが繋いで一つの大きな都市となっている。まさに浮遊機械都市とでも言うべき異様さだった。

 そしてその浮遊機械都市キュービックの周りを薄く覆うエーテルのベールが内部の空気を維持している。


「副長、向こうと連絡をとって修理を頼めるか聞いてくれないか?」

「はい艦長」


 副長はしばらく沈黙する。沈黙の時間は長くなく、およそ数十秒だった。


「終わりました。指定のドッグに入渠してくださいとの事です」

「早いな!」

「こちらの身分は明らかですし、向こうもワタクシと同じシステムでしたので」

「なるほど?」


 とにはともかく、上陸である。指定通りにドッグに入ってすぐリオはドクターとヒデを連れて外に出た。

 旅を始めてまだ三日目だが、地上に足をつけたのは数ヶ月ぶりな気がするくらい浮き足立っていた。


「うーーん! なんか落ち着きますねぇ」

「あぁ、俺もやはり地に足が着いてる方がいいや」

「じゃあ俺はここの責任者に会いに行くから」

「おう、俺達は街に行って買い込んでくるぜ」

「それじゃまた後で会いましょう」


 二人と別れ、リオは中央に向かう。機械都市ゆえかここに有機生物は住んでいないらしく、いたとしても観光か仕事で一時的に訪れている者だけだ。

 だから周りを見ても道を歩くのはロボットばかり、ロボットこそがこの街の住人なのだろう。

 スチームパンクの世界を感じながら通りを進む、トップのいる中央はドッグから一本道なので迷うことは無いが、初めての異世界を一人で歩くのは怖いものがある。

 副長が治安は良いと言っていたが、それでも怖いものは怖い。おっかなびっくり進みながら、一時間かけて中央へ直通のエレベーターに辿り着き、そのまま責任者の元へ向かう。

 責任者はマスターと呼ばれており、ここの全ての機械を一括で管理しているのだという。


「マスターか、きっとロボットだろうな。果たしてどんな形をしているやら」


 エレベーターが止まり、マスタールームの扉が開く。トップの部屋だというのに通路はパイプで雑多としておりまるで荘厳さがない。

 突き当たりの扉が開いてリオはついにマスターと対面する。


「こ、これは」


 部屋に入って一番最初に目に入ったのは壁一面を埋め尽くすモニターの数々、モニターにはガリヴァーやヒデ、ドクターにリオの姿までも映されていた。

 部屋の中央にはパイプで作られた椅子がある。ここに座れと言うことだろうか。


「そこに座ってください」


 座れと言う事だった。


「初めまして、私がキュービックのマスターです」


 モニター横のスピーカーから声が聞こえるが、本体がどこにいるのかはわからない。用心深いのだろうか。


「初めまして、W.E.Sガリヴァーの艦長リオ・シンドーです、その……失礼を承知で伺いますが、やはり姿はお見せ頂けないのでしょうか?」

「いいえ、私は既に姿を見せています」

「というと?」

「この機械都市そのものがマスターの私なのです」


 全ての機械を一括で管理するというからどういうカラクリなのかと思ったが、なるほどそういう事だったか。

 

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