第9話 どっちが似合うと思いますか?

 俺たちは朝食を軽く済ませた後、葵衣の要望によりとある場所に向かっていた。


「ここです」


「服屋?ここが葵衣が行きたがっていた場所か?」


「そうです!私たち昨日から一度も着替えてません!」


「確かに昨日から一度も着替えていないな。俺の服はガチガチにエンチャントしてるから、洗濯は不要だが、寝巻きと替えの服は欲しいな。制服目立つし」


 俺は特に何も考えずにそのまま服屋に入った。



「湊斗君!右のジャケットと左のワンピース。どっちが似合うと思いますか?」


 よくよく考えればコレってデートなのでは?などと先ほどまで考えていた自分を責めたい。


「…………」


 これは噂に聞く、どっちを選んでも不正解と言うやつなのではないだろうか?


「ちょっと待ってくれ」


 考えろ俺。女子の気分を損ねずにどうやってこの難題を越えるか!いや分からん!


「あくまで個人的な見解ではありますが、ワンピースの方が良いのではないでしょうか……?」


「そうですかね?私としてはジャケットの方がいいと思ってたんですが......」


 ミスったぁああぁあああ!?

 いや、まだだ。重要なのはここからどうリカバリーするかだ。


「ふふ、冗談ですよ。そんな強張らないでください」


「冗談?」


「以前、男性は服の2択を迫ると困ると言う話を耳にしたので、少し困らせてあげようと思ったんです」


「勘弁してくれ」


「どうやら効果があったみたいですね。最近、湊斗君にドキドキさせられっぱなしでしたから、その仕返しです!たまには私が湊斗君をドキドキさせたいじゃないですか」


「いや、ドキドキのベクトルが違うだろ」


「まあ、細かいことは良いじゃないですか」



 こんなやりとりもありながら、俺たちは少しの買い物を楽しんだ。



「後は何かやり残したこととかあるか?」


「私は特にありませんよ。服も買えて満足です。食料も、3日分もあれば十分でしょう」


 葵衣は肩にかけているショルダーバッグを覗き込むようにして、足りないものがないかを確認する。


 このショルダーバッグも先程の店で購入したものだ。俺の本気のエンチャントによって、拡張の魔術がかけられたカバンの中は、見かけとはかけ離れた容量を収納できるようになっている。


「まさか、異世界に来て汽車に乗ることになるとは思いませんでした」


 服屋を出て、旅に必要であると思われるものを市場で買い終えた2人は現在、発車前の汽車の個室でくつろいでいた。個室と言ってもそんな立派なものではない。昔ながらの夜間列車に似たようなものだ。


 2人がこれから向かう国は、今いる国よりも技術力が高く、この大陸の東に位置する国だ。名を神聖マンス帝国と言うらしい。

 神聖マンス帝国までは汽車で3日とのことで、現代人からすると少々長めの旅になりそうだ。


「そう言えば、私たち一応指名手配されているんですよね?よく汽車のチケットが買えましたね」


 今朝の新聞の一面を飾っていた国宝泥棒の件だが、その後しっかりと手配書が発行されていた。


「まあ、写真がないからな。新聞に載っていた指名手配犯の特徴って服装と、性別だけだぜ?こっちの世界の服に着替えた今なら見分けがつかないだろ。それに、俺たちの顔をはっきり目撃しているのは兵士の中でも数人だけだ。女王はすぐにどっか行ったし、俺たちの顔なんて覚えちゃいねーよ」


「本当に大丈夫ですかね?」


「盗んだ国宝も全部売り捌いてきたし、大丈夫だろ。それに、国外に出ればこっちのもんだ」


「それもそうですね」


 葵衣は束の間の列車旅を楽しむことにした。

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