体育会 その3~山村理沙~

 4月下旬の日曜日の朝、山村理沙はクローゼットの前で悩んでいた。今日、お昼過ぎに森田さんと一緒の買い物に行くことになっていくが、持っている私服が地味すぎて困っている。


 ダサいというか、平凡というか、ひとまずおしゃれではない。量販店のパーカーやデニムなど、デザインも地味な感じの服しかもっていない。こんな服でデート服を買いに行くと、店員さんから笑われないか不安になる。服を買いに行くための服がない状態に陥ってしまった。


 クラスのみんなと違い平凡な家庭に育った理沙は、白石高校は私立高校では学費が安いとはいえ、学費の他にもテキスト代や補修費で親に負担をかけていることもあり、あまり服にお金をかけることはなかった。いつも親が量販店で買ってきたものを黙って着ていた。

 親は若い子のファッションは分からないのでお小遣い上げるから、自分でかわいい服を買ってきなさいというが、これから大学進学でさらにお金がかかり、弟がいることも考えると家計が気になってしまい、「かわいい服買っても、着ていく所ないからいらない」と言ってしまう。


 たまに学校の友達と私服で会うと、みんなおしゃれでかわいい服着ている。一緒に歩くのが恥ずかしくなって、ここ最近私服では友達とは会っていない。日曜日や夏休みなどに誘われたら、学校に用事があった帰りと嘘をついて制服で行くようにしている。


 理沙は結局、悩んだ末スカートは履いていたほうが良いと思い、デニムのスカートにして、足を出すのは恥ずかしいのでレギンスも履いて、トップスはグレーのパーカーにした。格別ダサい訳ではないが、おしゃれではない。

 カワイイ服っていくらぐらいするんだろうか?そんな不安を抱えながら、お小遣いの残りと中学生までもらっていたお年玉の残り全部を持って、出掛けてくると言って家を出た。


 待ち合わせのショッピングモールの入口に着くと、森田さんはすでに着ていた。白のプリーツスカートに、薄いピンクのトップスに黒のカーディガンを羽織っている。

 森田さんの私服は初めて見るが、私より格段にオシャレだ。男なのにと言ったらいけないとは思うが、私よりかわいい。

 私を見つけたあと、微笑みながら胸の前辺りでちょこちょこっと手を振ると仕草もかわいい。男なのに、女子力高過ぎる。

 近づいてみると、メイクもしていて学校にいる時とは違う印象になっている。メイクで男っぽい部分が隠れて、より女の子っぽくなっている。


「森田さん今日は買い物付き合ってくれて、ありがとう。」

 理沙は、待っていた森田さんに声をかける。

「いいよ。いつも練習に付き合ってもらっていて、申し訳なく思っていたから。」

 森田さんは、そんなことを言ってくれたが、内心で「こんなダサい女子が誰とデート?」と思われていないか不安になる。

「森田さん、誘っておいて悪いけど、私あまりお小遣いないんだ。」

 理沙は正直に手持ちの軍資金を教えた。

「それだけあれば大丈夫だよ。私が今着ているのも、全部で五千円ぐらいだよ。」

 その予算でかわいいコーデを揃えている、森田さんの女子力に改めて驚く。そして、スキー教室の時に一緒の初心者コースだったので、もしやと思っていたが森田さんも理沙と同じぐらいの家庭環境みたいだ。


 森田さんは何度か来たことがあるのか、モール内を迷わずに歩き目的のお店にたどり着く。値札を見ると、二、三千円台が中心なので、これなら全部そろえても足りそうなので安心する。

「山村さん、かわいい感じにしたいの?きれいな感じにしたいの?そのデートする人はどっちが好きな感じ?」

 明確なイメージを持たないことを悟られないように、

「私どっちが似合うかわからないから、森田さんが似合うと思う方にして。」

「じゃ、山村さんかわいいから、かわいい系で選んでみるね。」

 「かわいい」人生で身内以外から初めて言われた台詞に、理沙は胸が弾んだ。


中学時代、席替えで隣になった男子が、

「山村の隣だよ。あのサル顔を毎日見ないといけないなんて拷問に近いよ。」

と陰口を言っていたのを偶然耳にして以来、男子みんなが自分をそのように見ているように思えてきた。

 同級生は誰がカッコいいとか話していたが、理沙も内心良いと思う人はいたがそれを口にすると、女子からも「その顔で釣り合うと思うの?」と思われそうなので、話題に加わることなく中学を卒業した。

 男子がいるとそんな会話をしないといけなくなるので、女子高に行きたかったが、通学圏内に女子高はなく、そこでほぼ女子生徒の白石高校に進学することに決めた。


森田さんが、服を選び始め、

「このスカートはどう?」

「できたら足を出したくないから、ロングスカートがいいかな?」

 理沙のリクエストも踏まえて、選び終わったところで試着してみることになった。白のチュールスカートとボーダーのトップスで襟と裾のところにレースがついているのがかわいい。試着を終え、森田さんに見せてみると、

「かわいい、似合ってるよ。」と言われた。

 自分で見ても今まで着ていた服の時とは印象がかなり変わり、いわゆる垢ぬけた感じになっているのがわかる。自分でも気に入ったし予算内で収まるので、店員さんにお願いして、試着したまま会計してもらった。


 店をでて、一緒に歩きながら、

「さっき、かわいいって言ってくれてありがとう。身内以外ではじめてかわいいっていわれた。」

「女の子はみんなかわいいよ。私なんか、頑張っても女の子グループの片隅に置いてもらえるだけの存在だし。」

「そんなことないよ。森田さん、あと佐藤さんもそうだけど、ハクジョ男子ってみんな女子力高いよね。」

「頑張らないと女の子になれないからね。」

 その言葉にいままで自分が女の子として、何も努力してこなかったことに気づいた。髪型も編み込みをしている森田さんと違い単に後ろに結んでいるだけだし、服もお金をかけないのは森田さんも同じだが、それでも気を使っている。

 自分はかわいくないと思っていたが、正確にはかわいくなろうとしていなかったことに気づいた。


「森田さん、屋上に行ってみようか?」

 このモールの屋上は、屋上緑化で植物が植えてありテラス席のあるカフェもあるので、そこに行きたかった。まだ森田さんと一緒にいたい。

 カフェで注文して、森田さんはカフェオレ、私はカフェラテを受け取りテラス席に座る。座ってから一口飲んだところで、森田さんが話しかけてくる。

「ところで、山村さんが今度デートする人ってどんな人?」

「かわいい感じの人かな?」

「ひょっとして、ハクジョ男子?」

「そうだね。」


 理沙は答えたが、理沙にとってデートは現在進行形で進んでいた。スキー旅行の最終日、バスの移動で気分が悪くなった理沙に、森田さんは「大丈夫?」と声をかけてくれた。いままで男子に優しい言葉をかけてもらったことがなかったので、その優しさが嬉しかった。

 スキーの時に森田さんが「女の子はこうあるべきというイメージに縛られている。」と言っていたので、ハクジョ男子は女の子は優しいというイメージをもっているので優しいのかもしれない。

 ハクジョ男子と付き合えば、理沙にも優しくしてくれるのかも?そう思えた時、森田さんのことを好きになってしまった。


 森田さんのことを好きになってしまったが、クラスが違うのであまり交流が持てない。どうやったら森田さんと仲良くなれるかなと考えていた時、坂本さんがチアガール希望者一覧の名簿を持っていて、その中に森田さんの名前を見つけた。締め切りは過ぎていたが、坂本さんにお願いしてチアガールに加えてもらった。

 今日もデート服の買い物に付き合ってほしいとお願いしてみたが、本心は森田さんとデートしたかった。こうやって二人で歩いて、カフェにいるだけでもデート気分になって楽しい。


 飲み物を飲み終わって、屋上を散歩してみることにした。4月の心地よい天気の日に緑の中を散歩すると気分がいい。屋上の端が展望台みたいになっているので、そこに上がり森田さんと並んで市内を眺めてた。

「森田さん、今日ありがとうね。楽しかったよ。」

「こちらこそ、役に立てたみたいでよかったよ。デートも楽しんでね。」

 そう言って、こちらを向いた森田さんの顔を見ていたら我慢できなくなって、森田さんの体を引き寄せて抱きついて、

「森田さんのこと、好き。」

 もうこれで二人で会ってもらえなくなるかもしれないが、それでもよかった。一度でも森田さんの体に触れられただけでも良かった。

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る