バレンタインデー~西野はるか~

 2月13日の日曜日、西野はるかは午前中の部活を終えて家に帰ってきた後、お菓子作りを始めた。久しぶりのお菓子作りなので、できるだけ難しくないレシピを探して、混ぜて焼くだけなのに本格的に見えるブラウニーを作ることにしていた。


 台所で粉の計量をしていると、2つ下の妹の夏美がリビングに入ってきた。

「お姉ちゃん、お菓子作ってるの?珍しい。ひょっとして好きな人にあげるの?」

 はるかが中学生の時のバレンタインデーに、片思いしていた男子に手作りチョコを作ったことを夏美は覚えていたみたいだ。

「ちがうよ。友チョコだよ。去年は買ったけど、今年は手作りで頑張ってみようかなと思って。」

「そうなんだ。」

そう言いながら、夏美は信じてはなさそうだ。はるかは、オーブンの予熱をセットし忘れていたことに気づく。

「夏美、オーブンの予熱セットして。170度。手が汚れているから、おねがい。」

夏美は面倒くさそうにスイッチを入れてくれた。


 焼き上がりを待つ間、最初に蒼ちゃんと話した時のことを思い出した。当時1年生のはるかは、数学の授業前に課題の解答を黒板に書くことになっていたが、全くわからず何も書けないまま黒板の前に立っていると、

「何も書いていないと先生怒るから、とりあえず絶対値内が正になるように、Xを場合分けしてみて。」

それまであまり話したことのない蒼ちゃんが、話しかけてきた。

 結局答えまでは解らなかったが、場合分けして数式を書いたところ、それっぽい解答となって授業で先生から怒られることはなかった。むしろ「これは難しい問題だけど白紙で出さずに、何かしら数式を書いて部分点だけでもとる姿勢が良いです。」と褒められた。

 授業が終わった後、蒼ちゃんのもとに行ってお礼を言う。

「森田さん、ありがとう。おかげで助かったよ。」

「別に気にしなくていいよ。あの先生白紙で出すと怒るし、怒った分だけ授業が進まないから。」

確かにそうなのだが、恩に着せないその態度に好感がもてた。それから、何度か蒼ちゃんに数学の質問にしにいったが、いつも優しく教えてくれた。


 2年生男子の制服がスカートとなる始業式の日、教室に入ると髪を女の子らしくカットした蒼ちゃんがいた。女子の間で触覚と呼んでいる前髪の横から引き出した長めの髪の毛で、女の子らしく見せようとしている姿がいじらしくてかわいかった。

 最初のころは恥ずかしそうにしていたものの、慣れてくるにしたがって蒼ちゃんは女の子っぽくなってきた。初めて私服で遊びに行った日、蒼ちゃんはメイクしており、メイクで男っぽい部分が隠れてより女の子らしくなって、かわいいとすら思ってしまった。

 蒼ちゃんが自分のことを好きであることには、なんとなく気づいてはいた。夏休み蒼ちゃんの家に遊びに行ったときに、新しいワンピースを買って張り切ってメイクした蒼ちゃんをみて、私のために頑張ってかわいくなろうと努力してくれたことが嬉しかった。

 

 そんな蒼ちゃんを受けいれるかどうかで悩んでいる間に、蒼ちゃんは理恵と付き合うことになってしまった。詳細はわからないが蒼ちゃんと理恵の性格から、理恵ちゃんが告白して蒼ちゃんは押し切られたと思った。

 自分の決断が遅かったのが悪るいというのはわかる。わかるけど、気持ちの整理がつかない。そこでバレンタインデーを利用して、蒼ちゃんに自分の気持ちを伝えることにした。

 理恵から蒼ちゃんを奪いたいとは思ってはいない、ただ蒼ちゃんに直接気持ちを伝えることで、自分の気持ちの整理を付けたいと思っていた。


 中学の時もチョコを作ったが、結局渡せず家に持って帰り夏美と一緒に食べた。あの時は甘いはずのチョコがしょっぱく感じた。今回は持って帰らないように、明日は勇気をもって渡したいと思う。


 そんなことを考えていたら焼き上がりの時間となり、オーブンのブザーが鳴る。上手く焼きあがったようだ。粗熱をとっている間に、チョコの甘い香りに誘われたのか夏美がまたリビングに入ってきた。

「お姉ちゃん、できたの?美味しそう、味見していい?」

夏美がおねだりしてきたのを断ると、

「これあげるから、一口頂戴。人にあげる前に、味の感想ききたいでしょ?」

そう言って、夏美はピンクのギンガムチェックのラッピング用の袋を渡してきた。ブラウニーを焼いている間、夏美が家から出かけていったことには気づいていたが、近くのスーパーに行って買ってきてくれたみたいだ。

「少しだけだよ。」

そう言って、はるかは一口分だけ粗熱もとれてきたブラウニーを切って夏美に渡した。夏美はブラウニーを口に放り込んだ後、

「おいしい。これなら大丈夫だよ。」

あとは、明日頑張って蒼ちゃんに渡すだけとなった。



 翌日放課後になり、理恵が教室に入ってきた。以前は頻繁に昼休みにお弁当を一緒に食べるために来ていたが、最近来なくなった。それ以外にも理恵は、部活の時も変わった。以前は自分についてきてという態度で部のみんなを引っ張っていたが、最近はみんなの意見を聞くようになり、みんなで頑張ろうという姿勢に変わってきた。

 勉強を始める前に、理恵は手作りチョコをみんなに配った。お菓子作りするタイプではなかったので、はるかは聞いてみたが、

「一応、女の子だから頑張ってみた。」

理恵は詳しい理由は語らなかった。蒼ちゃんと付き合うようになって、理恵にも変化があったようだ。


 6時半に勉強会もおわり、いつも通りバス停で涼ちゃんと理恵と別れて、蒼ちゃんと一緒に駅に向かう。駅まで歩いて10分。この10分の間に思いを告げないといけない。いつも優柔不断で決断の遅いはるかにとっては、短い時間だ。

 交差点の赤信号で待っている間、蒼ちゃんと他愛もない会話をしながら、青信号に変わり横断歩道を渡り切ったら、チョコを渡そうと思って鞄の中にチョコがあることをもう一度確認する。


 信号が変わり、横断歩道を渡り始める。渡り切ったところでチョコを取り出し渡すために、視線を鞄から蒼ちゃんに向けた時、蒼ちゃんも紙袋を持っていた。

「蒼ちゃん、それってバレンタイン?実は私も。」

そう言って、二人でチョコを交換した。


 

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