それぞれの思い

料理~森田小百合~

 暑さも少し落ち着いてきた9月初めの日曜日、蒼の母小百合は、蒼と一緒に買い物に来ていた。昼過ぎに蒼に買い物に行ってくると言うと、一緒に行きたいとついてきた。今日の蒼は、黒地の小花柄のワンピースを着ている。女の子らしいふるまいもだいぶん身についてきて、はた目には母と娘の蚊芋煮見えるだろう。7月から料理を教えるようになって、料理だけではなく家の掃除など家事の一部を手伝ってくれるようになってくれた。

 白石高校に入ってくれれば1年間女の子で過ごすので、一緒に服を買いに行ったりして、女の子が欲しかった夢がその間だけでもかなうかと思って、蒼に白石高校を勧めた。

 無事に合格したものの、試しにスカートを履いてみてとお願いしてもなかなか履いてくれずにどうなるかと思っていたが、最近は予想以上に蒼が女の子を楽しんでいるみたいだ。春休みは慣れるためにと強制したスカートだったが、すぐに自分用のスカートを欲しがり、今では制服も私服も寝間着もレディースものを着ている。もともと蒼の中には潜在的に女の子の部分があり、スカートを履くことでそれが表に出てきたみたいだ。


 そんな蒼は今恋をしているみたいだ。7月に友達と遊びに行くからとメイクをお願いしてきたとき、一緒に遊びに行く友達の中に好きな人がいるのに気付いた。

 好きな人の前でかわいくありたいと思うのは、自分の昔を見ているようでかわいかった。応援したくなり、アイメイクにラメも入れて可愛く仕上げてみた。ピンクのバレエシューズもいつの間にか買っていたみたいで、嬉しそうに出かけた蒼の背中をみながら思わず「がんばれ」とエールを送った。


 今日の夕ご飯は何にしようかなと悩みながらも買い物をすすめてレジに並ぶ。

「お母さん、これでいい。」

並んでいる間に買い忘れに気づいたトマトを蒼にお願いしてとってきてもらった。こんな感じで、買い物できる日が来るとは思わなかったので嬉しい。


 帰宅後、夕ご飯を蒼と一緒に作り始める。

「鶏の胸肉、鍋でゆでて沸騰したら火を消して。」

「なんで、沸騰したら火を消すの。それで火が通る?」

「余熱で火を通すのよ。茹で続けるより、そっちの方が肉がパサつかなくていいの。それが終わったら、味が染みやすいようにナスに隠し包丁を入れておいて。」

「豚肉もいつも通り片栗粉つけてから焼くの?」

 こんな会話をしながら、蒼と一緒に料理を教えながら作っていくの楽しい。自分も蒼と同じ年頃に、母から同じことを習ったことを思い出す。あの頃は女の子は料理をするものという時代だったので、テレビとか見ておきたかったのに料理の手伝いさせられるのが不満だったことを小百合は覚えているが、蒼は積極的に手伝ってくれるとは思わなかった。

 女の子だから家事をしないといけない時代ではないが、蒼自身、男だったときの思い込みで女の子は家事をするものと思っているかも知れない。


 ナスと豚肉の揚げびたし、冷奴、チキンサラダ、鶏のゆで汁をつかった卵とトマトのスープが完成したところで、夕ご飯を食べ始める。

「たしかに鶏肉、パサつかずにしっとりしているね。」

蒼は食べながら感想を言った。以前は揚げ物などがっつりメニューが好きだったが、最近は食の好みも変わったみたいだ。そんなところまで女の子になってきていることに驚く。

 そんな蒼の好きな子が、男の子なのか、女の子か気になるところだが、どちらでもいいよな気もする。蒼が好きな子の性別がなんでろうと、蒼が好きであればそれでいいと思えるようになってきた。

「ナスも隠し包丁入れてくれたから、味が染みておいしいよ。」

小百合はそう答えながら、この暮らしも楽しいと思えてきた。

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