夏休み 7月

 セミの鳴き声がうるさく響く7月下旬、1学期の終業式も終わり夏休みとなったが、まるごと42日間休みにならない今までとは違う夏休みを蒼は過ごしていた。。7月と8月にそれぞれ10日間ずつ夏期講習があり、夏休みの課題もいっぱいあるので、夏休みだからと言って遊んでばかりはいられない。

 12時半に終わる夏期講習の後、すぐに帰宅する生徒や部活にいく生徒もいるが、蒼は弁当を食べ、教室や自習室で少し勉強して午後3時すぎには帰宅するのを習慣としていた。

 この日も16時過ぎに帰宅すると、ルームウェアに着替え、エアコンを入れてリビングのソファに座り録画していたドラマを見始める。男性アイドルグループのイケメンが多く登場するドラマで、正直あまり興味はないが、女子の間で流行っている。なので見ておかないと会話についていけなくなるので、あらすじと出演者がわかる程度には見ている。

 女子との会話で「興味ないから」は禁句で、男性アイドルグループにときめくことはないが、どの人が推しなのと聞かれたら、「〇〇はかっこいいよね。」と返せる程度にはしておかないといけない。

 ドラマをみながら、このまえはるちゃんたちと遊んだ時のことを思い出す。

ファミレスでガールズトークをしていた時、定番の恋愛の話題になり、

「蒼ちゃんはどんな人がタイプなの?そもそも恋愛対象は男子?女子?」と理恵ちゃんが聞いてくる。

「女子だよ。でも以前は理恵ちゃんみたいなかわいい子感じの子が好きだったけど、今はかっこいい感じの子が好きかな。女優でいうと・・・」と、宝塚の男役出身の女優の名をあげると、

「私のことタイプではないんだ~。ちょっとショック。でもかわいいって言ってくれてありがとう。その女優たしかに素敵だけど、私とはタイプが違うかな。で、涼ちゃんは?」と理恵ちゃんが涼ちゃんにも話題をふった。

「私ははるちゃんみたいなかわいい系が好きかな。」と涼ちゃんがいい、

「ありがとう。はるは?」と次ははるちゃんに話題をふった。

「私はあんまり明確に好きなタイプはないけど、マッチョな男は苦手かな?」

「わかる、私も苦手。」とはるちゃんと理恵ちゃんの会話を、蒼はあまり真剣な感じで聞くと好きであることががばれそうなので素知らぬ顔で聞いた。


 マッチョではないという大まかな区分では蒼もはるちゃんの好みには入るが、スカートを履いている男子を好きにはならないよな、いやでも今の蒼はマッチョとは正反対の位置にいるからチャンスあるかなと自問自答していた。

 そんなとき母からラインが届き確認してみる。今日は残業で遅くなりそうなので、ご飯は予約してあり、冷蔵庫にコールスローサラダはあるので、おかずをスーパーで総菜を買ってきて、食べておいてほしいという内容だった。


 いつもは午後7時過ぎに帰宅してご飯を作ってくれる母だが、残業があるときのためにおかずを作り置きしてくれてあり、いつもはそれを食べているが、最近は残業続きで作り置きのおかずもなくなったみたいだ。

 以前にも何回か同じようなことがあり、歩いて10分ぐらいのスーパーでコロッケや唐揚げなどのお惣菜を買ったことがあった。


 蒼は日は傾いているとはいえまだ昼間の暑さの残る中買い物に行くために外に出るのも億劫に感じて、納豆や漬物でもあればそれでご飯を食べようと思い冷蔵庫を開ける。

 お目当ての納豆とキムチがあるのが目に入ったが、同時に豚肉が1パックあるのも目に入った。冷蔵庫をいったん閉め、生姜焼きぐらいなら自分でも作れるかなと思い、スマホで作り方を検索する。意外と簡単そうで作れそうなので、ついで汁物もあった方がいいかなと思い味噌汁の作り方も検索してみる。

 台所にあった母のエプロンを身に着け、調理に取り掛かることにする。調理器具や調味料の場所など探しながらの調理に意外と時間がかかったが、それでも一応完成した。早速ごはんをよそい、冷蔵庫からコールスローサラダをとりだし、皿に生姜焼きを盛りつけ、味噌汁を椀に注いだところで、玄関が開く音がした。

「蒼、ごめんね。何か食べた?。」と母がリビングの扉を開ける。

「あら、ひょっとして蒼が作ったの?」と母が聞いてくる。

「うん。作り方はスマホで調べた。分量よくわからなくて1パック全部使ったら多くなっちゃた。お母さんも夕飯まだなら一緒に食べる?」


 母は蒼が作った生姜焼きと豆腐とわかめの味噌汁を1口ずつ味わった後、

「おいしい、作ってくれてありがとうね。」といい、

「ネットで書いてある通りに作っただけだよ。」と蒼は答えながら、母からの感謝の言葉が胸にしみた。母子家庭で頑張って育ててくれた母にあまり親孝行できていなかったことを反省した。それに自分が作ったものが誰かに受け入れてもらえてことがうれしくなり、

「お母さん、よかったら今度料理教えて、そうしたら今日みたいにお母さんが残業でおそくなる日は、私が夕飯作るよ。」と母にお願いしてみた。

「そうだね。料理はできるようになっていて損はないからね。でも作るのは無理しなくていいよ。勉強が最優先だからね。」という母は嬉しそうだった。


 その週の日曜日、蒼は母がかわいいからと買ってきた花柄のエプロンをつけ、母とならんで一緒に料理をつくった。母の横顔が幸せそうだったので、すこし親孝行ができたかなと思った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る