第19話


「じゃあ、気を付けてね!日向ちゃん、ななしぃさん……」


「ななみんまたね!日向たまには来るから!」

「俺も落ち着いたら来ますんで、じゃ!」


――――バタンっ


 俺と日向は、夏美さんの運転でなんとか飛行場に間に合うことができた。時間が無く、駐車場に止めて一緒に空港へ入る余裕は無かったので、送迎エリアで降ろして貰い、簡単な挨拶をして車のドアを閉め、日向と搭乗口まで走った。

「なつみん絶対泣いてるよおおお~~」

「また電話とかしてあげればいいだろ、とにかく急げって」

「まあそうだけどさ~~」

 そう話しながら、荷物検査のゲートまで行き、急いで東京行きの搭乗口を通る。

 チケットは日向と帰ると決めた一カ月前から二席取っていたので、早割で安く済ませることができた。

 俺はまだ、日向のせいで腹の痛みが残っていたが、今はそんなことを考えている暇はない。

「こんにちは~~」

 飛行機の中に入ると、客室乗務員の女性が待っていてくれて、元気な挨拶をしてくれた。

「はあ、間に合った……良かった……」

 そして、自分達の座席が見つかると、日向を窓側の席に座らせて離陸後は空を見て楽しめるようにしてやった。

「どきどきするねえ~~空の旅だってこれから!!ふふっ」

 やはり小学三年生の子供だ。窓側の席で日向は笑いながら、ちゃんと子供の反応を示している。

 飛行機なんて珍しいだろう。大人でもなかなか頻度高く乗ることは無い。いくら行きで乗って来たとしてもそりゃどきどきするよな。

 

 そして、しばらく経って、飛行機は離陸し、約一時間ちょっとの空の旅が始まった。今日も天気が良くて空からの景色が気持ちいい。


 俺は、心の中で宮崎にサヨナラをしてありがとうと伝えておいた。


 この南国とも、もうお別れなのだ。


「今日も天気が良くてよかったな」

「着いたら雨じゃないといいね」

「そうだな」

「富士山見えるかな」

「天気がいいなら見えるんじゃないか?」


 俺たちは、そんな会話をしながらあっという間のフライトを終えて東京空港に着いてしまった。あっという間にだ。

 着陸時に見えた東京の景色は、宮崎とは違った意味で眩しくて、俺はこれからこの眩しさと戦わなければいけないと感じることができた。


 戦わないと、前に進めない。


 そう、東京に降り立って感じたのだ、だから、俺は戦うための息を吸うことができた。


 そして、日向は両親が迎えに来ているそうなので、きっと空港の出口でお別れだろう。


 飛行機を降りて出口へ向かう俺たちは、寂しさからか無言が続いていた。


 そして、無言のまま到着ロビーへと着いてしまった。


 まあ、言うことは言ったしいいか。ここでサヨナラだな。


 俺は、悔いは特に無いと、ここでサヨナラをしようと声を掛ける。


「日向、両親来てんだろ?ここでサヨナラだな」


 しかし、俺がそう言った時、日向は不安げな顔で俺に問いかけた。


「ななしぃ……。あのさ、強く生きるにはどういたらいい?」


 はあ、まだ何かあるようだな。元気にさよならするんじゃないのか?


「学校で、強く生きられるかなって思って。行かないと分からないんだけどさ……」


「なんでそう思った?」


「だって、友達に何言われても強くならないと……勉強もスポーツもいろいろ頑張って……そんで……」


 なるほど、こいつはまだ不安を残してここにいるのか。

 よかった、俺が言うことはまだあったようだ。


「あのな、そんなに気を張って強くなろうとしなくていい。自分を大事にしていればいい。学校では自分を大事にするんだぞ。友達の言った酷い言葉、誰かのきつい言葉がもしあってもだ。そんなのを一番に信じて、自分を捨ててまで大事にしていたらいけねえ。それには頑張って立ち向かわなくていいんだ」

「立ち向かわなくていい?」

「ああ、立ち向かう相手は自分なんだ。強く生きるってのは……」


 俺は最後に日向に伝えなければいけないことを、日向の背と同じ高さになって言ってあげた。最後に伝えなければいけない大事なことを。


「強く生きるってのはスポーツで一番取れとか、勉強で負けるなとか、悪口に立ち向かえとかそういう強さじゃねえ。自分は自分なんだって、強い意志を持って生きろってことだ。できない自分もできる自分も大事にして生きるのが強く生きるってことだからな。それを認めてくれねえ人もいるけれど、自分を大事に前に進めば絶対認めてくれる人もいるから。確かに生きていたら傷つくもんは傷つくかもしれねえ。辛いもんは辛いかもしれねえ。耐えられなくて苦しい時もあるかもしれねえ。誰かに何かを言われて、強く生きられない時もあるかもしれねえ」



「でも、批判してくる人を変えられるかって言ったら、悲しいことに変えることは難しいんだ、そんな簡単に出来ねえ」



「だから、そん時は今回みたいに逃げたっていい、逃げてからまた向き合ったって遅くねえ」


「逃げてもいいの?」

「ああ、逃げたっていい。むしろ逃げながらでもいい。大丈夫だ。安心しろ。人生はまだまだ長い。自分のペースで自分を大事に進めばいいんだ。失敗や成功をしながら、立ち向かいながら、疲れたら時には逃げながらでいい。子供だって、大人だっていつ逃げたってさ、前に進める時がいつかきて、進んだ時はまた大きく成長できるもんだから。だから約束しろ。自分を大事に生きるって。自分を大事に生きたらきっと素敵な未来が待っているから」


 そうだ。自分を大事にして生きるんだ。それは日向だけじゃなく、俺も。


 自分らしく生きる為に。


「わかったか?」


俺が日向の目を見つめて強く行った後、日向は頷いて言ってくれた。


「うん、約束する。わかった」


「俺もさ、自分を大事に生きるから。約束な」


 俺はそう言って小指を差し出した。その小指に日向の小さな小指がやってきて、ぎゅっとつかむ。


 そして、静かにゆびきりげんまんをして、日向と俺はさよならをした。


「じゃあな」

「うん……またね」


 はあ、やっと終わったか。日向との夏が。全く。まだまだ子供だな。


 出会った時はどうしようかと思ったけれど、ちゃんと子供で可愛くて、一生懸命で、真っ直ぐで、生意気だけれど応援したくなる奴で……俺はそんな日向に……。



 と、考えながら俺は日向と逆方向を歩いていると、後ろから聞き覚えのある声が俺の背中に向かって叫ばれた。





「日向さ、ななしぃにまた旅館に来てほしーからああああー!」



「日向が大人になったら、宮崎でまちょるちゃああああああああー!」





 だから、振り返らずに手を挙げて返事をしておいた。

 


 そうさ。俺はそんな日向に、勇気を貰ったんだよ。

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宮崎県で日向ちゃんが待っちょるちゃ! 白咲夢彩 @mia_mia

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