第8話


 お風呂で初めて女将と話した次の日。


 俺は久々にゆっくりと目を覚ますと、日向が目の前の視界に突然登場したので、びっくりして飛び起きる。

「うーーん?ってうわあっ。はあ、日向か。もうびっくりさせんなよ……」

「日向ここにいただけで起こしてないし。あのお、もう昼の十二時ですけれど?どんだけ起きられないの?」

目の前というよりは、超至近距離という表現が正しいだろう。俺の顔にズイっと登場しやがって。なにがここにいただけだ。

「いや、こんな目の前にいたら驚くだろうが。目を開けたら日向がいるんだぜ?もし、自分が起きた時に目の前に女将がいたら、日向はびっくりするだろ?」

 本当に困った奴だ。相手の事なんかお構いなしに発言しやがる。

 そして、俺はだいぶ寝ちまったようだ。まあ、今までの仕事の疲れだって残っているし、日向様のわがままでこの数日は疲労が溜まっていたしな。

「まあ、いいじゃん。それよりさ、朝、起こさないでゆっくり寝かせるから旅館継いで貰えたりしない?」

「寝かせるってなんだ寝かせるって!!あとまだそんなこと言ってんのか……俺にも事情があるって言っただろ」

 そう言うとムスっとした顔をして日向は聞いてくる。

「どんな事情?ねえ、そんなに難しいの?」

 難しいとか簡単だとかそうやって振り分けられるようなことでもないんだけれどな。

「大人の事情だよ、日向こそ子供の事情があるんだろ?」

 俺は朝からのしつこい質問にムカついてきたので、昨日聞いたことを思い出して日向に質問返しをしてやった。

「どんな事情だよ。日向の事情とやらは」

 すると、日向は怒って言うのだ。

「うるさい、それは別だよ」

「いや、全然別じゃないだろ」

 日向は口をぷうっと膨らませて俺を睨む。いやいや、そんなに睨まれましても。

「俺、昨日女将から話聞いたけれど、日向東京から来たんだって?何があったんだよ。東京なんていっぱい遊べるところもあって子供にとって楽しくて最高な便利タウンだろ?どうして、学校も行かずにここにいんだよ」

「あーーおばあのバカ……なんでも話しちゃってさ。その話はしたくないから。デリケートなの。だからダメ」

 デリケートという言葉を使われると弱いが、そんなことを言っていたら何も始まらない。学校に行けていないことは確かにデリケートな問題なのだろうと思う。ただ、デリケートで片付けてしまったら、そこで終わっちまう気もする。

「小学三年でよくデリケートなんていう言葉が出てくるな……。はあ。まあいいや。日向がそういうなら俺も話さないし大将にはなりません!」

「え!?ええええええ!!!」

「なんだよ?」

「むぐぐぐぐぐぐぐぐ」

 日向は口をグッとつぼめて、やられた!!と俺をまた睨んでいた。


 デリケートな問題だからこそ、お互い勇気を出して踏み込んで離さねえとわからねえよ。お互いにな……。俺は日向のことを知りてえし、ある提案をすることにした。


 俺は布団の上でしっかりと日向に向かって正座を作り、真面目に話しを続ける。

「あのさ、俺だってデリケートな事情だぞ。もしかしたら、日向よりもデリケートかもしれねえ。話すのに勇気がいんだよ。いくら小学生相手でも。馬鹿にされないかなとか、不安になるんだよ。日向も同じじゃねえの?だから、日向が話すんだったら話してやるよ」

 すると日向は何故か急に顔が大人しくなって目の前で正座を作った。


 そして、俺に言ったのだ。


「勇気出して日向が話したら教えてくれるの?」


 だから、しっかり頷いて返事したさ。


「ああ、いいよ。ちゃんと話すんだったらな」

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