第1話
「やってきたぞ!宮崎空港~~!!」
クウゥゥっ!!と飲み屋で今日初ビールを飲んだ時のおっさんのように俺は宮崎の空気を吸い込みガッツポーズを繰り出す。だって、毎日のように東京のくそみたいな会社で法定労働時間なんか超えた二十時間とか押し込まれて仕事していたんだぜ?「今日の実働は三十二時間になるぞ」って上司から言われた時もあったぞ。グレゴリオ暦だとかユリウス暦だとかを覆す暦を俺の会社は作りやがった。もはや一日って何時間なんですか?一日が二十四時間って嘘なんじゃないですか?って疑問に思うくらい働いてたんだからな、俺は。二日間通しで働き続けることもざらだった。夢から覚める朝って二日に一回くるんだよね?って感覚で生きるようになっている俺はブラックに染まっているであろう間違いない。しかも、それ、ほぼサビ残でしたから。ハハっ……。
しかし、そんな俺が社会人初の自主休暇、初上陸の宮崎、南国、海、マンゴー、やっほーー!!!!
二十七歳、社会人五年目にして初めて心が癒される休暇を手に入れたぞ。
俺は本日朝、急遽病気になってしまったので会社は休んだ。
重大な病気になってしまったので、もう仕事に行くことは二度と出来ないだろう。そうだそうだ!俺は二度と行かないんだぞ!と思いたいレベル……いや、弱気になるな俺。二度と……行かないんだぞ!
ちなみに、病名は仮面のかという漢字にやまいで仮病、仮の病気だ。
俺は今日、人生で初めて仮病という大変な病に罹ったのだ。だから急遽休暇が発生した……という訳だ。こんなくそ真面目な俺が、仮のやまいだぞ?これはかなり大変なんだ、毎日当たり前に利用する通勤電車が急に消失するのと同じくらいだな。
そして俺は今、宮崎空港に到着した。何故、ここに来たのかというと起きたての俺を仮の病にしやがったのが、いや、してくれたのがこの宮崎だったからだ。朝起きて、会社に行かなければいけない重たい空気を消し払ってくれたのが、点けたてのテレビでやっていた〝宮崎県南国特集〟で、そこで俺のハートはもう南国色に染まってしまったのだ。
宮崎県なんて行ったことも、行きたいと思ったこともなかった。正直興味なんて持ったことが無かったんだ、テレビを見るまでは。しかし、東京の社会に踏みつぶされて濁った川となってしまった俺の心は、透き通った南国の景色が広がる映像に心奪われ、一瞬で病気になれた。
そして、テレビに映るきゃぴきゃぴの地方キャスターは言ったのだ。
「疲れた時は、宮崎に来て癒されてくださいね!まっちょるちゃ~~!!」
その言葉が決定打だった。きっと仮病かどうかの検査をしたときに、間違いなくあのキャスターの言葉のおかげで俺は陽性反応の証明書を出すことが出来るだろう。
特集のせいで、仕事に耐えていた俺の中の糸はプチンとキレてくれたのだ。
それくらい、俺は末期だったんだぜ?
気が付いたら、突然飛行機を予約して会社へ欠勤連絡していたぞ。
ちなみに、家から東京空港まではそこまで遠くもない電車で三十分の距離だった。予約した飛行機の時間が迫っていたので、特に旅の準備はせず、その辺に転がっていた普段着を羽織って財布とかスマートフォンだとか最低限必要なもん持って飛行場まで向かったさ。
そして、飛行機に乗って一時間ちょいで着いたのが今いる宮崎空港ってわけ。九州のくせに想像していたより近くて、朝家を出たら昼過ぎまでには宮崎に到着していた。そして、宮崎だけじゃなく、実は九州自体も初上陸だから、興奮していたりもする。
今の気分は最高だ。
……とにかく。ありがとう、宮崎よ。
俺は宮崎のおかげで今病気になることが出来たし、楽しく生きている。間違いない。
初めてやっと、自由になれた気がする。
ただ、宮崎に来たのはいいが俺が朝一瞬で手配したのは飛行機だけだ。
これからどうするかなんて何にも決めてはいない……。今日帰るのかも、決めていない。正しくは決めたくないだろう。正直、仕事の事なんて今は一切考えたくない。せっかく飛び出せたんだから、一度現実は捨てていたい。できるなら、帰らないことにしたいものだ。そうだ!二度と帰りたくない!で、できるもんなら……。
でも、今日中に東京へは帰らなければいけない現実はある……。いくら自由になりたいからって帰らないとさすがにまずいっちゃまずいし。ああ……後のこと考えると怖くなってきたぞ……。
でもでもでも……、そんなこと考えていたら楽しめるもんも楽しめねえし……。
まあ、もういいんだ!難しい事はよ。考えるな、俺!!
とりあえずどこにいくか何するかだけで今はいいのだ。
俺はこの宮崎に今は専念すべきだ。せっかく来られたんだから。
思考を忙しく回しながら俺は目的地へ行くための情報を探して、周囲をきょろきょろとしていると、見覚えのあるポスターが俺の視界に登場してくれた。
「あ!!このポスターテレビでやってたやつだ!!」
俺はそのポスターの近くまで行き、書いてある名所をスマートフォンで調べ上げる。
「モアイ……日南……っと。お?ここか!なるほど、バスで行けるのか」
便利なことに今はスマートフォンを使えば一瞬で経路や時間を全て出してくれるので、目的地まで異国でも簡単に辿り着くことが出来るのだ。俺は朝見たテレビの特集を思い出し、胸をワクワクさせながら、調べた行き方でそこへ向かうことにした。
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