俺の心がユルサナイってさ。

時雨(旧ぞのじ)

俺の心がユルサナイってさ。

 俺は無気力、無関心。学校でも〈空気〉と見なさられる位に存在感が無い。

 

 周りのクラスメイトも最初は関わろうとしたが、俺の反応や死んだような目つきとやらを見る度に自然と離れていき、関わらないようになっていった。


『何か田代って何考えてるかわかんないよね〜』

『だよね〜。学校来てて楽しいのかなぁ?』

『まぁ居ても居なくても変わんないけど。』

『あはは!ひっど〜。事実だけど!』

『『キャハハ〜』』


(...)


 中学生の時に親の離婚が原因でいじめにあった。

苗字が変わり心が落ち込んでるところを標的にされてしまい、無視、言葉や物理的暴力にあい不登校気味になった。父親や幼馴染の献身により、何とか高校に入学をしたが、高校入学時に告白されて付き合い始めた幼馴染の彼女が夏休みに1つ年上の先輩と浮気をしていて、ホテルに入って行くのを見てしまった時に心を閉ざしてしまった。


(...碌でも無い人生だな)


 席を立っても目を向けるものはおらず、そのまま学校を後にしようと校舎を出ると、体育館の裏から声が聞こえてきた。


『キャハハ〜!見てよコイツ、バックとかお古だって〜。新しいの買って貰えないの〜?』

『買って貰える訳無いじゃ〜ん。コイツんちめっちゃ貧乏だし〜』

『貧乏人は学校何か来ないで働いたら〜?』

『『キャハハ!』』

『...』

『何か言えよ!!貧乏人!』

『...』

『ふん!何かシラけた〜。行こ!』


(...いじめ、か)

(貧乏は罪なのか...)


 普段なら気にもしなかったこの光景を見て、自身の心が少し揺らぐのを感じた。

少しすると、いじめられていたであろう女子生徒が出てきて、声を掛けてきた。


「大丈夫ですか?あなた」

「は?」

「だから、大丈夫ですか?泣いてますよ」

「...俺は泣いてなんかいないが?」


『泣いてますよ、心が』


 その女子生徒は俺の目を見ながらはっきりと言った。


「何を言ってる?泣きたいのはお前じゃないのか?何か言われてただろ」

「確かに泣きたい気分なのは否定しませんが、あなたを見たらそれどころじゃなくなりました」

「何だそれ...大丈夫そうならもう行くとするよ、じゃあな」

「待って下さい!」

「...まだ何かあるのか?」

「一緒に...一緒に行きます!」

「だから、何なんだお前は?」

「手嶋ユキです!」

「...好きにしたら良い」


 それからユキと奇妙な関係がはじまった。

〈空気〉な俺の隣には、〈貧乏〉なユキがいる日常が過ぎていった。


「なぁ、何でいつも側に寄ってくるんだ?」

「あなたが泣いてるからです」

「...またそれか」

「それと、手嶋ユキです」

「...はいはい」


 ユキは本当に〈貧乏〉だった。

毎日バイトをしており、母親しかいない家計を助けているらしい。そして、当たり前だがいじめが無くなったわけでは無く、まだ続いていた。


『まだ学校にいたの?貧乏人』

『そんなボサボサで化粧もして無いし、女子として終わってんじゃん!』

『目障りだからもう学校来るなよ〈貧乏人〉!』


 それから少し経った位にユキが学校に来ない日があり、少し気になった。

いじめていた奴等が何か知らないか直接聞きに行こうと廊下を歩いていたら、教室から声が聞こえてきた。


『あの〈貧乏人〉、この間面白かったね〜』

『マジそれね!まさかあそこまでムキになるなんて思わなかったから意外だったけど、皆んなでボコったら最後泣いてたしねぇ』


(...ムキになる?アイツが?)


『まさか〈空気〉君をいじめるぞって脅したら、それだけはやめて下さい!だもんねぇ!』

『あんなに取り乱したの初めてみたから、楽しかった〜!』


(俺...?)

(怪我をした、のか...?)


『ていうかレイ、凄いボコってたもんねー』

『なんか鬼気迫る?感じ?階段から落とした時は焦ったよ!ヤベッ殺したかもって!』


(こいつらは本当に人間なのか?)

(幼馴染アイツもいたのか...)


 とりあえずユキの安否が気になった為、急いで職員室でユキの住所を聞き出し走って向かった。


 そこにいたのは変わり果てたユキの姿だった。顔中が痣だらけで腫れており、左腕と右足は骨折しており、髪の毛はハサミで切られたのか左右バラバラになっていた。


「お前...」

「ユ、ウヤ...さ、手を...出さ、な...で」


ーーーギリッ...



『あなた、泣いてますよ』

『手嶋ユキです!』



 いじめにあい、浮気され、世の中なんでどうでもいいと思っていた。


でも、ユキに出会い一緒に居る内に心を開き始めていた事を今、理解した。

 そして、開いた心から溢れてきた感情は激情となりその目には、大切なユキを苦しめた相手に対する復讐心だった。


(アイツら...必ず...ユキをこんな目に合わせた奴等は赦さない)



 直ぐに動いた。先ずは父親に連絡を入れ、ユキの存在、今の怪我の状況を説明してしっかりとした治療を受けれる環境を用意してもらうと、ユキの母親に謝罪し、自分に責任があると説明をし付き添いで病院まで行ってもらった。


『ユウヤ、わかってるな?キチッとやれ。

遠慮はいらん。許す』


久しぶりに父親と目を合わせて会話した。



 先ずはいじめていた奴等を潰すことにした。

関わった人間を洗い出し、家族構成や親の勤め先まで、父親のコネを利用し探偵を使って調べ上げた。

 いじめをする奴等の親はやはり腐っていた。かなりの不正証拠を勤め先にリークしたことで解雇になったり、中には逮捕者もいた。


 いじめていた奴らは直接呼び出し、今回の親の破綻は俺がやったと伝えてやった。


「何て事すんのよ!私達がアンタに何したっていうのよ!」

「お前等がユキに手を出した。しかも俺を引き合いに出して脅してまでな。だからやったんだよ」


自分でも驚くほどに冷たい声色がするりと出てきた。


「何でよ!?たかがいじめじゃない。コッチは家族全員が大変になって!」

「知るかかよ、そんなこと。


ただな、俺の心がユルサナイってさ。


本当はボコボコにしてやっても良かったんだがな、お前等が馬鹿にしていた〈貧乏人〉とやらになってもらおうと考えたんだよ」


恐ろしく自然に嗤える自分がそこにいた。


「ユキの受けた苦しみを味わってこれからも生きていけ」


 いじめてた奴等はその後すぐに学校を辞めていった。逮捕者もおり、問題が公になると同時に学校側から退学処分になった。



 次に幼馴染だ。コイツは頭がおかしかった。どうやら浮気相手に捨てられたらしく、復縁をしようと思ったところに、ユキが邪魔だったらしい。ユキとは関係無く浮気女はお断りだと伝えたら泣き出す始末だ。

幼馴染の親には事の次第は伝えてあり、家族ぐるみで縁を切らせてもらった。下手に接触してきたら父母それぞれの浮気調査書を相手に渡すとそれぞれに伝えたら直ぐに何処かに引っ越して行った...浮気症は血筋だな。





 全てが終わり、3ヶ月が過ぎた。ユキはあれから治療の甲斐があって無事退院し、元気になった。母親の方もうちの父親の会社で働き始め、生活にも余裕が出てきたらしい。


「退院出来て良かったな」

「ありがとうございます」

「だが、今回みたいな危ない事はもうやめてくれ」

「ユウヤさん。もう大丈夫みたいですね」

「ん?」



「もう、心が泣いてません」



「そうかよ。じゃあ、それはユキのおかげだな」



ふん、と見上げた空には眩しいくらいの青空と、柔らかく照らす太陽に恥ずかしくなって、目を慌てて逸らしてしまった。






『あ!笑いましたね、今』

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俺の心がユルサナイってさ。 時雨(旧ぞのじ) @nizzon

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