第4話 初日

「えっと……お邪魔します」

「どうぞ」


 昨日彩那さんが買ってくれたアイスを食べながら、研修期間中だけ紫音をお願い、と半ば強引に話が進められて、今日から彩那さんの家に泊まることになった。

 研修が決まった時、私が居なくてもここに居なね、って言ってくれてた気がしましたけど?


 研修は明日からだし、明日からでいいんじゃ、と思ったけどいい笑顔の美和子ちゃんに送り出された。


 もちろん、彩那さんの事が心配っていうのはあるだろうけど、ニヤニヤしていたから絶対楽しんでる。私が変なことをしないっていう信頼があるって思っておこう……



「水曜日まで、美和子の家と同じように寛いでね」

「すみません……お世話になります」


 彩那さんの家は美和子ちゃんの家から電車で2駅という近さだった。バイトもあるし、影響があるなら美和子ちゃんが勧めるわけがないから近いとは思っていたけれど予想以上に近かった。


 片付けるから少し待って欲しいと言われ、急に決めた美和子ちゃんが悪いんです、ごめんなさい、という気持ちになった。

 落ち着かずウロウロしていたら、ドアが開いて、少し離れたところにいる私を見て不思議そうな顔をしていたのが可愛かった。


 1歩踏み入れれば彩那さんの匂いにドキッとしたけれど、これくらいでドキドキしていたらこのあと持たないから精一杯落ち着こうと努力することになった。


「もうすぐお昼だけど、何か食べる……? といっても食材あったかな……」

「あの、冷蔵庫見てもいいですか?」

「うん」


 料理は好きだし、3日間お世話になるからには役に立つところを見てもらわないと。じっと座っているのも手持ち無沙汰だったし。


「うーん、オムライス好きですか?」

「好き!」

「じゃあ、オムライスにしましょう」


 卵とウインナーがあったし、玉ねぎは無かったけど冷凍庫の奥にミックスベジタブルを発見した。彩那さんは買ったのを忘れていたのか驚いていたけれど。



「卵は半熟と固めどっちが好きですか?」

「半熟かな」

「分かりました。座っててくださいね」

「ありがとう」


 ソワソワしていて可愛かったけれど気になって失敗したくなかったから座っていてもらうことにした。

 さて、作りますかね。



「彩那さん、お待たせしました! ちょっと失礼しますね」

「うわぁ、お店のみたい……!」


 目の前で卵を切れば、キラキラした目で見上げられて、変な声が出るかと思った……


「どうぞ、食べてください」

「いただきます。んー、美味しい!!」

「良かったです。私もいただきます」

「これは美和子がべた褒めする訳だわ」


 美和子ちゃんは一体何を話したんでしょうか……


「ご飯は任せてくださいね」

「紫音ちゃんだって働いてるんだし、無理しなくていいからね」

「料理は好きなので、全然大丈夫です」

「ふふ、ありがとう」


 美味しい、と完食してくれて今はお皿を洗ってくれている。片付けは私が、とサッとお皿を取られてしまった。


 お世話になる期間は私はバイトで彩那さんも仕事と言っていたから朝と夜しか会わないと思うけどどんな3日間になるんだろうか……


 楽しみでもあり、気になる人と2人きりという状況に耐えられるのか不安でもある。


 好きに過ごして、と言われたけれどする事が無かったからテレビを見ている彩那さんから少し距離を取って座って一緒にテレビを見ることにした。


 バラエティー番組を見ながら、同じタイミングで笑うことが何度もあった。

 笑いのツボが同じだねと笑顔を向けられて、頷くのが精一杯だった。手を伸ばせば届く距離だけれど、触れられない。触れればきっと、我慢できなくなるから。



「彩那さん、買い物行ってきますが必要なものありますか?」

「あ、私も行く」


 夜ご飯の買い物に行こうとすれば、彩那さんも立ち上がった。

 よく行くスーパーへ案内してもらって、とりあえず3日分の食料を買い込んだ。

 好き嫌いも聞いたし、まずは胃袋から掴んでいきたいと思います。


「沢山買ったね」

「え、そうですか?」

「あれ、そうでも無い? 恥ずかしながらあんまり自炊しなくて」


 照れたように笑う彩那さんに、良ければずっと私がつくりますよ、なんて言いそうになって焦った……

 危ない。私は美和子ちゃんのヒモ、美和子ちゃんのヒモ……よし。


「これで3日分くらいですかね」

「へぇー」


 軽いものを持ってくれている彩那さんが袋の中を覗いていて、行動の1つ1つが可愛くて困る。



「おかえり」

「……ただい、ま?」

「うん。さて、ご飯作ろ!」


 "おかえり"と言ってくれた彩那さんを見れば、ニコッと笑って、私が持っていた袋も持ってキッチンへ行ってしまったから慌てて追いかけた。


「夜ご飯って何予定だった?」

「えっと、ハンバーグにしようかと……」

「ハンバーグ大好き! お昼も美味しかったし、楽しみ」


 大好き? 私も好きです……いや、私のことじゃないってちゃんと分かってるけど。

 使わない食材をしまう彩那さんを見ながら、彩那さんの言葉や行動にこんなにも心乱されるなんて、経験が無さすぎて戸惑いを隠せない。


 一目惚れなんて有り得ないでしょ、とか思ってた昨日までの自分に見せてあげたかった。


「ご期待に添えるよう頑張りますね」

「私も一緒に作ってもいい?」

「是非」


 彩那さんと一緒にキッチンに立って料理をする時間が楽しくて、このまはま続けばいいのに、と思ってしまった。



「紫音ちゃん、お風呂どうぞ。歯ブラシ出してあるから使ってね」

「え、すみません。ありがとうございます」


 夜ご飯を食べて、先にお風呂に入っていた彩那さんが戻ってきた。しっかり髪の毛が乾かされていて、ちょっと残念……

 お風呂上がりの彩那さんは昨日に引き続き2度目だけれど、大人の色気が凄い。そして、いい匂いがする。今日は彩那さんと2人きりな訳で、私は大丈夫だろうか……


 逃げるように部屋を出てきて、ふと洗面台を見れば新しい歯ブラシが置いてあって何だか照れてしまった。

 持参してきたものは使わないで、せっかくだから使わせて頂こう。


 ここでも元カレの荷物は1つも見当たらなくて、どんな気持ちで片付けたんだろうと思うと、笑っていたけれど彩那さんが心配だった。

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