第8話 彼女たちの覚悟-3
「こちら移動軍学校エスコーラ、佐々木少尉候補生。クァトログループに情報提供を行いたい」
「クァトロ前線司令部、ササキ少尉候補生の情報提供を受諾する」
「これより転送する」
呼びかけに応じた者が誰かはわからないが、通訳だろう。位置情報に規模情報をつけたデータが送信される。将校のうち将軍が二名確認されのでランクに七をつけたのも補足説明した。
「どう、何か言われた?」
「情報提供を受諾する、とな」
「そう」
特にどちらでもない反応、乾いた感じがした。感情を込めない事は重要だ、悠子などはそう信じて疑わない。
「悠子、コムタックを切り替えて」
クァトロよ、すぐにヘッドセットのチャンネルを指定のものにした。
「クァトロ戦闘団司令マリー中佐だ、エスコーラのササキ少尉候補生はいるか」
夕凪が通訳してやる、英語を使ってきていた。司令部でも確か同じように。
「居りますマリー中佐」
「エスコーラ少尉候補生団からの情報提供に感謝する。クァトロは貴官らの功績に報いるだろう」
「勝手な真似を致しました」
「なんのこれ以上有用なことはない。では戦闘に移る」
「ご武運を」
百合香が微笑んでいる、夕凪もへぇ、といった顔をした。悠子はどうしたら良いかわからずにいた。
「佐々木さんの支援、上手くいきましたね」
「悠子は良くやったわ」
「これは」広間を見渡して注目を引きつける「これは皆の行動の結果だ。我々は一つの事実を刻んだ、よくやってくれた」
画面上の青い点が物凄い勢いで移動を始める、完全に乗車していることを表しているのが解る。今までの点とは比べ物にならなかった。
――機動力か、それに比例して判断も急速に迫られるわけだ。一秒の遅れが全てを無にすることすらあるだろうな。
「報告、国防軍司令部より前線部隊に砲撃予告が出されました」
砲撃目標は市役所、自衛隊ではなく国防軍な部分が強調された。予算も出されていないのに大砲を所持している、候補生らには深い意味が解るはずもない。
「市役所に砲弾が命中! 大爆発で窓ガラスが損壊しています」
屋根が落ちるだけで済まないだろうに、窓ガラスというのはカメラを通しているからだ。画像が光ってから少しして揺れた、幾つかがブラックアウトする。
「これが砲の威力か」
「戦場で一番人の命を奪うのが砲撃って話なんですよ?」
百合香が情報を差し込む。歩兵同士の撃ち合いなど微々たるものだ、命中しても負傷するだけで終わることの方が圧倒的に多い。
「そうか」
――そうと知って砲撃する者の精神力に敬服する。
「第二、第三、第四命中! 市役所が炎上、中国の軍旗が消し飛びました」
ディスプレイでは青い点が七に接触をしている、あちこちで交戦が激化した。砲撃が再度分岐になっているのが彼女等にも解った。
「偵察ヘリが飛来、これは……国防軍の機です」
「偵察機ではなくヘリなら市街地、それもこれだけ密集している場所に有効です。対空攻撃されたら大変ですけどね」
市川東の国防軍守備師団が縦長に陣形を変化させている。ラインを保持するのは空間を確保するためでもある。
「こちら国防軍戦闘団長、自衛隊各位、これより撤退援護を行う」
不意に通信が流れる、それがマリー中佐の声なのがわかった。
――マリー中佐、母上と同じ位の歳だろうか、どうしてこうまで指揮を行えるのだ。全て経験だというのか……。
「北部の司令部が消滅、将軍が姿を消しました」
「悠子、これ」
ハンドディスプレイに黄色がいくつか点灯する。全て病院付近だ。
「航空偵察の結果のようだが」
「きっと空挺部隊が降下するんですよ。これは候補地ですね」
「報告、戦場東より飛翔体四が接近。これはアメリカのヘリ?」
パソコンの画面には全体の共用情報が、ハンドディスプレイにはクァトロの情報が別に表示されている。幹部しかその両方の情報を目に出来ない。
「クァトロのヘリだ」
「このサイズは空中機動歩兵です。大型ヘリに陸戦兵を乗せて瞬時にピンポイントで戦場に送り込むんですよ?」
「黄色の周辺に青い点が一気に集結してるわ」
降下予定地に秒単位で集結、ヘリも全箇所同時に降下準備に入る。相当の訓練度だというのが素人にすら理解できた。
――素晴らしい、こうまで練りこまれるものか!
悠子は心臓が早く脈打つのが感じられた、興奮しているのだこの行動の流暢さに。ホテルで集合をするだけでも手こずっているのに、こうも完成形が素敵とは。
病院に青い点が重なった。周囲に居た青い点はすっと場所を離れて姿をくらませる。すると画面に残っている七の赤い点に接近、これをあっという間に消滅させてしまった。
「これがクァトロの本領か」
――私はこうまで昇華させられるのだろうか?
「病院の緑が市役所近くの本隊に向かって移動しています」
青い点は病院から市川目指して徒歩で移動している。目的を達したら素早く撤退していく。
「通報、北西、善福寺に戦車らしき部隊が居ます」
「すぐに詳細を!」
――我等が出来るのは後方支援だ。全力で支えねば。
規模と軍旗が確認された、それをすぐにインプットするとクァトログループに情報提供する。規模は六、残る中では最高の階級だった。大校とは大佐のようなものだろうか。
「自衛隊が市川東へ撤退します」
「小規模の部隊が統合されていきます、規模を書き換えます」
四の部隊がいくつか五になる。戦場で先任が指揮を執っているのだろう、経験者が統率すればより生存率が高くなる、兵士も望むところだ。
「報告、国防軍の一部が市川西にせり出していきます」
「これは?」
青ではない、だが緑でも水色でもない。黒い点が幾つも現れその後ろに水色が、そして青が並ぶ。
「映像出します」
そこには黒い日章旗を掲げた部隊が映っていた。
「外国人義勇軍がもう到着したのね」
「味方への広域通信です」
「国防軍、並びに自衛隊に告げる。これより姫路一体の戦闘地域を、国防軍司令長官が直接指揮する。自衛隊が指導に従うことを望む」
国防軍司令部が放送しているようで、全員の耳に入った。それにしたって司令長官が指揮とは。
「もしや先ほどの将軍が乗った車がそれか」
――軍の最高指導者が戦場に、これで士気が否応なく上がるのは間違いない。だが危険が大きすぎるのではないか?
「全軍傾注の指示です」
「司令長官島中将だ。局地戦だと甘く見るな、緒戦で敗退していては国民に申し訳が立たん。この一戦にあらん限りの力を注げ!」
司令長官その人の声が流れる。撤退すら視野に入れていたのが恥ずかしくなる思いだった、ここで勝たねば後が無いそのような気持ちで臨むべきと聞こえる。
「主任生徒より全候補生に告げる、再度気合を入れ後方支援に臨め!」
各級指揮官が激励したのだろう、あちこちで喚声が上がった。黒い点が西へ動く、赤い点と衝突する。
「あ、中国軍が分裂しました!」
二箇所でいともあっさりと防衛線が崩壊した。
――外国の軍隊がこうも強いとは、見習わねばならん日本も。
俄かに友軍が移動を始めた。あちこちに目的を持った集団が分進する、それらを逐一追いかけて周辺の危険を報告してやった。
「国道2号と海岸国道に戦車部隊が出ました」
「道路の先に対戦車部隊が伏せていないか、通報を強化しろ!」
不意打ちが無ければ鋼鉄の化け物は無敵だ。整備状態は世界でも最高峰、性能も充分、いくらでも活躍の場はある。
「国防軍の歩兵部隊が戦車に合流します」
「高速道路にも増援が走りました」
「自衛隊が北西に向けて転進」
大まかに三方向に進軍を行い、高速道路は少数で封鎖。どうせ脇に降りることは出来ないので、進むのも効果が薄いと考えたのだろう。
――これが司令部の働きか。現地で戦っていると見えないものが殆どだ。
「佐々木さん、司令部ではこれに伝令や実際の音などを含めて指揮をするんですよ?」
「そうか」
「戦場で指揮するなら、司令部の防御は独立させるべきね」
「はい、護衛部隊は戦闘には参加しません。唯一、司令部の防衛のみが役目なんですよ」
「クァトロ戦闘団が中国軍の司令部と接触します」
ハンドディスプレイを注視する、交戦中の印、青が激しく点滅している。
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