第7話 彼女たちの覚悟-2

 レティシアは笑みを浮かべてから目を瞑る。通報は止まない、軍旗を掲げていたり、階級の星を盗み見て連絡してくる住民が現れた。


「全て記録しておけ」


「主任、橋の防衛部隊が撤退を開始しました」

「市内の黒服部隊が移動をしています」

「中国軍の増援が市役所へ向けて移動中」


 折角防いでいたというのに何があったのか部隊が退いた、そんな報告が続く。


「綾小路、時間稼ぎの部隊が退いた。何が想定される」

 ――ふむ、一斉に退いたのだ、何かを画策しているのだろう。崩れたわけではない、何を狙っている。


「進軍側の目標は防御側の司令部です。市役所の攻略か破壊に目処がついたってことじゃないですか?」


 敵を全滅させることは無い。殲滅戦、皆殺しを目的とした類の戦争ではない。


 ――攻略は時間の問題だったか?


「市役所付近、戦況を画像に」


 南クラス長の指示でお天気カメラがズームになる。自衛隊は遠巻きにして市役所の防衛部隊と銃撃戦を繰り返している、それどころか包囲を受けているようにすら見えた。


「綾小路、結果を破壊に絞って想定を」


「はい、市役所は鉄筋コンクリートで一般の作りより頑丈に作られています。戦車砲では倒壊しませんよ。なので重砲による砲撃、ミサイルによる直撃、プラスチック爆弾による爆破などがあるんですよ?」


 見る限り潜入部隊が爆弾をしかけるような余裕は無さそうだ。


「市役所を砲撃すると仮定して話を進めるぞ。砲撃による結果、我等が可能な支援を打ち出すのだ」

 ――ミサイルが? いや自衛隊の選択肢、陸上ならば砲撃だ。


「はい。司令部を失った軍は、より上級の司令部のところへ撤退するのがルールです、なので西に移動を始めるはずですよ」


 軍事的な内容の助言を引き出す、悠子ではまだそこまで考えが及ばないのだ。だが判断は彼女が下す、百合香を参謀役としている。そのやり取りを教官らは黙って観察している。


「クラス長は姫路西部のカメラ、通報を強化だ。綾小路、その場合自衛隊の動きはどうなる」


「追撃か地域の制圧が主ですよ? 今回は国防軍が後備なので制圧は国防軍がするのがセオリーです。なのできっと逃げる中国軍を追いかけます」


 相手の被害を増加させる、戦闘の常道だ。追い払って終りの戦いではない、ここが始まりなのだ、無傷の敵を簡単に逃しては戦果で不満が残る。


「国道、県道、市道、全体を把握する役目に特化する者を置け」

 ――では追う側のほうがより足が速くなければならんな。


 回り道してでも追撃を成功させるには地理に精通している者が必要になる。画面を具に観察していれば、それは後方の人間でも可能だ。


「主任、国防軍が後退を始めました!」


「何だと」


 黄土色の軍が市川東に大移動を始める、それだけでなく黒服もそれに混ざって後退を行うではないか。


「自衛隊の動きは」


「現在箇所で交戦を継続中」


 ――国防軍が友軍を見捨てて逃げた? いや、それはあるまい、では何故? 後退せざるをえない状況が出来た、それは何だ。


 レティシアも面白く無さそうな顔で戦況を見詰めている。彼女にしても若干予想外のことだったのだろう、常識が作用しないならば悠子の思考も目があるというもの。


「無線通信から何か拾えないだろうか」


 その視線は夕凪に向いていた。彼女はクァトロのチャットをずっと聞いていた。


「市川に防衛ラインを敷くつもりみたい。逃げるならそんなことはしないわよね」


「市役所に中国軍が到着」

「通報、徒歩で海岸沿いを移動中の部隊発見」

「北に将軍らしき人物の目撃情報あり!」


「階級の特定を行え。専属で監視だ」


 思考を中断して重要情報への対応を行う。もし市役所に司令部がないのなら、全ての行動が怪しくなってしまう。そんなことはないはずだが。


「病院屋上に自衛隊部隊確認」

「別箇所でも目撃情報あり」


 クラス長らが独自に命令を出す、すぐに把握が行われた。


「主任に報告します。市役所と市川の間、五箇所の病院に自衛隊部隊が孤立、屋上で防戦中」


 悠子が百合香に視線を向けた、状態の説明を求めているのがすぐに解った。


「屋上じゃ補給を断たれちゃいます、極めて短時間なら狙撃ポイントになりますよ。現状では苦し紛れに上がって行ったってことだと思います」


「そうか。自衛隊――」

「悠子、自衛隊が市役所への砲撃をキャンセルしたのが原因よ」


「何だと」

 ――それでは国防軍が後退したのは態勢を整えるためか? 劣勢に陥ったのだろうか、それでは自衛隊は何故その場で交戦を継続しているのだ。


 作戦が不調に終わったなら固執せずに展開を終了させる、講義で受けた内容だった。目標を失ったなら速やかに撤収する、そうして被害を減らすのだ。通報に混じって夕凪の携帯もなった、彼女の番号はその対象になっていない。通話を始めてすぐに顔色が変わる、そして携帯を閉じた。


「悠子、横浜に大勢居た外国人義勇軍が姿を消したらしいわ。昨日までは居たみたい」


「義勇軍? 横浜ということは船か、向かう先は神戸だな」


「北村クラス長、神戸港のカメラを映せるか」


「はい、お待ちを」


 国防軍権限で正規ルートから映像を入手する。港の広場に大勢の軍人が並んでいるのが見えるではないか、当然軍以外への映像は遮断されているだろう。


「日章旗ですね、でも黒いです」


「それと国旗か、全てを記録だ。大まかな人数も把握しておけ、む?」


 黒い軍服を着た人物が壇上に現れ何かを喋っている、そのすぐ傍に居る奴は茶色の軍服だ。音は無いが演説を行っているように見えた。義勇軍を受け入れている最中なのだろう。


「あ、武装を始めました、すぐに戦うつもりです」


「……」

 ――市川東に陣取っておるのはこれらを待つつもりであったか。外国の手を借りねば日本は自国を守ることすら出来んのだな。それは私も同じであったが……。


 痛恨の記憶を蘇らせる、あれだけの数の軍人を外に頼る何とも言葉にし難かった。


「国旗より、最大兵力ニカラグア、以下パラグアイ、レバノンなどと続きます」


「夕凪、日本はそこまでニカラグアやパラグアイと友好があったか?」


 世界の歴史を見ればパラグアイは何となく納得出来なくも無かったが、オーストラリア以外とは防衛の同盟も結んでいない。昨今そこまで大きな付き合いをしたとの報道も無い。


「無いわね。でも現実にここに居るわ」


「そうだな、現実を優先だ」

 ――南米国家はスペイン語か、これは無理だ。


 広間で動きを新たにキャッチしていた、高速道路に変化が。


「姫路東の高速道路に黒服部隊が現れました、これを封鎖」

「市川の国防軍が南北に展開、橋を集中して防衛」

「佐々木さん、ハンドディスプレイの青、少し北に寄り始めましたね?」


 全体の画面では同じようにしか表示されていないが、リンクしてあるクァトロの動きが別に出てきて良くわかる。


「あ、旗が移動しました。これは……司令の交替です」


 より大きな部隊から小さな部隊に旗が移動する、そして東の一の池から別の旗が素早く動いた。


「通報、西から中国軍が続々とやってきています」

「確認とれました、中国軍の将軍が北地区に存在します」

「あ、南にも将軍が」


 階級のインフレではない、万の軍勢がいれば一人だけというわけには行かないのだ。そういう意味では自衛隊、数千の軍勢に将軍が二人か三人、兵力の拡大を前提にしているのだが現実にはその兵が集まっていない。


「義勇軍神戸を出ました」

「え、一両に将軍座乗を確認です!」


 黙っていたレティシアが表情を変えた。


「あんの馬鹿!」携帯を取り出して誰かに向かい前置きも無く切り出す「奴に護衛を! すぐに出ろ、全権限をお前に委譲する」


 怒りで髪の毛が逆立つかとすら思ってしまった。生徒が彼女を見詰めるが「各自集中しろ!」悠子が一喝する。


「空港からヘリが飛び立ちます、一、二、三、四……大きいのが四、小さいのが六です」

「中国軍さらに増加しています」

「自衛隊、少し輪が小さくなってきています」

「通報、戦車風の車が北西地域に現れました!」


「確認しろ」

 ――戦車風? 戦闘車だろうな、タイヤ走行か。


 生徒らの顔に疲れが見えてきた、だが休ませるつもりは無い。ここが戦場であれば将校が疲れたと指揮をやめるわけにはいかないのだ。


「西田クラス長、簡易食糧と飲料を配布だ。監視は続行する」


 今まで記録していたものをまとめさせる、何の役に立つかは解らない、だがきっとそこから何かを見出す者が居るはずだと。


「夕凪、クァトロはどうだ」


「ずっと待機中。国防軍の師団長代理、ブッフバルト少佐ですって」


「そうか」

 ――黒服は少佐でも師団を指揮できるというわけか。末恐ろしい集団だ、手足を得たらどうなるやら。


 食事が配られる、悠子らも握り飯と茶を一口二口だけ。多く食べると頭が回らなくなるからだ。


「……北の青い奴、部隊点呼、何これ少ない数なのに大尉三、中尉二、それに一級警備部長。あれね警備会社の」


「綾小路、これはどういう意味だ」


「はい、特務部隊、精鋭部隊、特殊部隊、いわゆる最高戦力で局部に大打撃を与えるってことだと思いますよ?」


「情報整理は終わったか」

 ――例の褐色が大砲を潰したやつか。それを大尉らが行うわけだな、転機だ。


「はい、完了です」


「星川補佐のハンドディスプレイに送れ」


 整理情報を自身の目で確認する、青い点、だけでなく赤い点にもランクがつけられたものが表示されている。


「良かろう。夕凪、これを転送するのだ」


「そんなことしたらエライ剣幕で怒鳴られるんじゃない?」


 自衛隊でも対応が浮かぶ、余計なことをしたら感情を逆なでし、最悪罰を与えられる。これは訓練ではなく実戦だ。


「その心配は無い。彼らはクァトロだ、私は仲間だと言われたのを信じておるぞ」


 貸せ、夕凪からハンドディスプレイを受け取り転送先を選択する。

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