第2話 『 風歌夜凪は担任を気にいっている 』


 翌日。お昼休み。


「夜凪くん。ちょっと来なさい」


 弁当箱を開けようとした直前に担任である御子から直々に呼び出しされて、夜凪は何事かと疑問符を浮かべる。

 椅子から腰を浮かすと周囲はからからと笑っていた。


「またみこちゃんからの呼び出しじゃん。ドンマイやなぎん」

「いやー。先生にもモテっちゃって、悪いね非リアども」


 煽れば周りの男子たちからブーイングをくらうも、それを気にも留めず夜凪は御子の元へ寄っていく。


「それで先生、俺に何の用ですか?」

「ちょっとお話したい事があるの。お弁当持って相談室に来なさい。私は先に行ってるから」

「えー。とか言って本当は俺と一緒にお昼が食べたいんじゃないんですかー。先生の照れ屋さん……あだだ⁉」


 揶揄った罰として耳を引っ張られ、涙目になりながら「降参!」と白旗を挙げた。

 まったくもう、と呆れながら手を離せば、


「頭が良いんだから、先生を揶揄ったら怒られることくらい学習しなさい」

「ちゃんと学習はしてますよ。その上で揶揄ってます!」

「なお質が悪いわっ」


 今度は頭を叩かれそうになったが、それは飄々と避けた。


「すばっしこいやつめッ。猿かあんたはっ」

「いやー。褒められると照れますね」

「褒めとらんわっ⁉」


 関西出身でもないのにキレキレなツッコミで返されて、周囲は盛大に笑った。


「よっ、夫婦漫才!」

「やー、どうもどうも」

「あんまり先生で遊ぶと生徒指導の剛田先生呼ぶわよ?」

「すいませんでした!」


 この学校で生徒から恐れられている教師の名前を出されて、夜凪たちは慌てて御子に頭を下げる。

 そんな生徒たちに御子は大きく嘆息して、


「ほら、早くしなさい。じゃないと貴重な昼休みが終わっちゃうわよ」

「はーい」

「返事は〝はい〟です」

「分かりました姫」

「いつまでもふざけてるな⁉」


 にしし、と悪戯小僧のように笑いながら、夜凪はぷりぷりと怒った顔の御子の指示通り弁当を取りに行くのだった。



 ▼△▼△▼



「それで、俺と二人きりになってまで何の話をするんですか?」


 場所は相談室に代わって、夜凪は弁当を前に手を合わせながら御子に問いかけた。まあ、だいたい内容は検討がついているが。


「当然進路のことについてです」


 いただきます、と巫女もコンビニ弁当に手を合わせながら答えた。

 やはりか、と納得しながらも夜凪は御子のコンビニ弁当に視線が止まった。


「先生いつもコンビニ弁当ですよね」

「露骨に話題を逸らそうとするな」

「でも栄養偏りません?」

「大人はいつも忙しいの。特に教師はね。弁当作る時間なんてないのよ」

「ご苦労様です」

「ふ、何様よ」


 始めのお叱りモードはどこへやら。夜凪の巧みな話術――ではなく純粋な懸念に誘導された御子は雰囲気を弛緩させてほんのりと口許を緩めた。


「そういう夜凪くんはいつもお弁当よね。購買とかコンビニ袋持ってる所見た事がないわ」

「そうですね。朝自分で起きて作ってます」

「うそ自分で用意してるの⁉」


 驚愕する御子に、夜凪は自慢げに鼻を鳴らす。

 気分がいいので、夜凪は弁当を持ち上げると、


「気になるならお一つどうです? かぼちゃの煮つけがおススメですよ。今日の自信作です」


 御子の前に差し出すと、ごくりと生唾を飲み込む音がした。


「そんなに言うなら食べてあげるわ」

「素直じゃないですねー」


 うるさい、と口を尖らせつつ御子は割りばしでかばちゃの煮つけを掴むと、ぱくっ、と口に運んだ。


「……美味しいわ」

「でしょでしょ!」


 素直な感想に、夜凪は子どもみたくはしゃぐ。


「これで先生への好感度がまた一つ上がったぜ!」

「いいや、私の夜凪くんに対しての好感度はほぼマイナスなのでプラスにはなってないわよ」

「なんでですか⁉」

「アナタの私への日頃の行いよ⁉」


 特に何かした覚えはないので、御子の好感度が低いことにショックを隠せない。


「でも高校生なのにこんな美味しい物を作れるのは本当に感心したわ。料理、作るの好きなの?」

「そうですね、作るのは好きです」


 食べるのも好きですけどね、と淡く微笑み、夜凪は続けた。


「葉久美さんは弁当作るよ、って言ってくれてるんですけどね、でもあっちに戻ったら一人なので、料理は出来た方がいいと思って。だから毎日の弁当と、葉久美さんとご飯の支度もしてます」


 葉久美とは夜凪の義母のことだ。とても面倒見がよくて、家事のスキルは葉久美から教わった。

 掃除もわりとできます、と答えれば、御子は感心した風に吐息した。


「高校生なのに料理も掃除もできるとは恐れ入ったわ。私なんて全然やらないもの」

「あはは。先生って見た目のわりにズボラそうですもんね」

「やかましいわっ」


 け、と唾を吐く御子をけらけらと笑うと、夜凪は「まぁ」と一拍置く。


「習慣化すれば苦になりませんよ。そうするまでは大変ですけどね」

「子どものくせに達観してるわね」


 皮肉か称賛なのか分からなかったので、やなぎは後者と受け取った。何事もポジティブが良い。


「出来る事は多い方がいい。そうじゃないと、俺は駄目なんで」


 声音を落として呟けば、御子が珍しく心配そうに見つめてきた。


「どうして?」

「気になります?」


 質問に質問で返せば、御子は「えぇ」と肯定した。

 その真っ直ぐな瞳に微笑を溢せば、夜凪は答えた。


「もちろん、俺の故郷に帰った時の為にです」


 きっぱりと答えれば、御子はもはや聞き慣れた返答に神妙な空気を砕けさせるため息を吐いた。


「ホント、アナタは口を開けばそれね」

「自覚してます」


 やかましい、と御子がジト目で睨んでくる。

 ぱくっ、とおかずと白米を口に運べば、御子が質問した。


「ずっと気になってるんだけど、夜凪のその『異世界回帰』ってやつ。どういう事なの?」

「どういう事、とは?」


 御子の質問に小首を傾げれば、御子は「ほら」と指を立てて、


「『異世界転生』だとか『異世界召喚』……とかは調べたら色々と出てきたのよ。実際に本も買って読んでみたわ」

「面白かったですか?」

「えぇ普通に面白かったわ……じゃなくて!」


 ぶんぶん手を振る御子に笑いを堪えながら夜凪は耳を傾ける。


「読んでみてなんとなく夜凪くんの夢は分かったわ。絶対にありえないけど……でも、夜凪くんのそれは何なの?」


 転生でも召喚でもなく、回帰という事が御子にとっては無理解らしい。

 納得されないのも百も承知。説明しても無駄だとは重々理解しているが、夜凪は訴えかけるような瞳に答えた。


「人が死んで、別の世界に転生するから『異世界転生』……人が異世界に呼ばれるから『異世界召喚』……でも俺は違うんですよ」


 一拍継いで、


「俺は、異世界から来てそこへ戻るから『異世界回帰』なんです」

「…………」


 いつになく真剣な声音に、御子は目を瞬かせたまま沈黙した。

 それから数秒。二人の間に降りた静寂は、御子の笑い声とともに霧散する。


「あはは。何それ。それじゃつまり、夜凪くんは異世界人ってこと?」

「はい」


 間もなく肯定すれば、御子はそれこそ荒唐無稽だと首を横に振る。


「さらにありえないわ。あなたはどこからどう見ても日本人じゃない」

「ま、信用なんかしませんよねー」

「当たり前でしょ。はぁ、本当に、先生を揶揄うのは止めなさいよ」

「俺としては至って真面目なんですけど」

「はいはい。夜凪くんが少し人と考えが違うってことはもう分かってるわよ」


 でも、と御子は柔和な笑みを浮かべると、夜凪の頭に手を置いた。


「アナタが無事に卒業するまで見届けてあげるから、ちゃんと自分の進路を考えておきなさい」

「……そうですね、考えておきます」


 朗らかな声音と優しい雰囲気の御子に頭を撫でられて、夜凪は微笑を溢す。けれどそれは、安寧でも喜びでもなかった。

 その笑みは、胸裏の激情を押し殺すための嘘でしかなかった。


 ―― Fin ――


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異世界回帰したら、もう一度キミを救えますか? 結乃拓也/ゆのや @yunotakuya

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