第34話 三日天下

 翌日、昼休みを狙って、四人は早速一年生がいる教室棟へと乗り込んだ。


 南が先頭を切って、肩を怒らせ廊下の真ん中を闊歩する。


 舐められてはいけないのだ。


 余裕のある薄ら笑みを浮かべ、左右に仲間を引き連れて、目線で一年生たちを威圧する──それは全て、オーガがやっていたことでもあった。


 ひとつ懸念していたのは、阿田徹と言う存在だった。一年の番である。


 この前も教室に来て、何故か凡野蓮人にタイマンを申し込んでいた。


 だが、運が良いのか阿田やその仲間に遭遇することもなく、妨害もされずに事を運べた。


「お~い、そこの一年」

「ちょっと良いかな、君たちぃ~」


 廊下やクラスで適当な生徒を集めては、手作りチケットを販売した。


 まず南がにこやかに、されど半ば強引にチケットを押し付ける。


「最悪、金は当日でもいいからさ」


 その一方で、加賀が睨みを利かせ、相手を恫喝する。


「だが、チケットを受け取ったからには必ず来いよ? 顔、憶えたぜ?」


 嘘である。


 知りもしない大勢の生徒の顔など、記憶出来ていなかった。


 恐怖を植え付けられれば、何でもよかったのである。


 こうして、その翌日も四人はチケットを売りに一年の教室へとやって来る。


 今日は放課後を狙った。


「あの、通してくださいよ、先輩……」


 南たちが教室の隅で、一年の女子生徒数名を囲んでいた。


「今度、俺とデートするって約束してくれたら、帰してあげてもいいよ~」


 佐根川が女子たちにウインクする。


「ナンパに来たんじゃないんだぞ、イーグル」

「そうだよ」


 加賀と兎井が呆れたように笑う。


「このチケット買ってくれたら通してあげるんだけどな~」


 南がチケットをヒラヒラさせた。


「そんなの要りませんよ」

「そうですよ、みんなで誰かを殴るなんて、そんな酷いことしたくありません」


 眉を寄せて非難するような目を向ける。


「怒った顔も可愛い~」


 佐根川が身悶えした。


「だいたい、トールくんはこのこと知ってるんですか?」

「そうだよね。トールくんに断ってるんですか?」


 女子たちが南を睨む。


「あ? トール?」

「誰だよ、そいつは」

「阿田徹くんですよ」


 阿田の名を出されて癇に障ったのか、南からヘラヘラ顔が消えた。


「あぁ、一年の番気取ってるあのチビか?」


 不機嫌そうに聞き返す。


「そんな言い方やめてください」


 女子がすぐにそう反論した。


「トールくんに言って、こんな酷いこと止めさせてもらいます」

「フン! アイツだって、ただの不良だぜ? 似たようなことしてんだよ」

「トールくんは違います! ちょっと馬鹿だけど、優しいし……」

「だよね。トールくんが知ったら、こんなこと絶対に許さないもん」


 その発言に、南がキレた。


 反射的に女子生徒の胸ぐらを掴む。


「舐めてんじゃねぇぞ、コラ!? 俺は二年の番長のウルフだ! トールよりも偉いんだぞ!?」

「イヤ!」

「やめてくださいよ!」


 女子生徒が悲鳴を漏らす。


 その時、背後でドアが開く音がした。


「なにやってんだよ、お前ら」


 その声に、南たちは後ろを振り返った。


 ぞろぞろと少年が教室に入ってくる。


 六人いた。


 その中で一番背の低い少年が中心に立っている。


「お前は……」


 南がその少年を睨む。


 阿田徹──トールである。


 トールはこの前も、自分を無視して凡野蓮人とだけ話していた。


 それが癪だった。


 だからこそ南は二年の番長として、トールをどこかライバル視しており、またどこか下にも見ていたのだった。


「みんな、帰っていいぜ」


 トールの仲間の一人が言う。


「アンタらとは俺が話しつけっから、放しなよ、その子ら」


 トールが南たちをじっと見つめながら言った。


 その隙を突いて、女子生徒たちが南らの囲いから抜け出す。


「ありがとう、トールくん」

「いいって」

「最近、顔見てなかったけど、学校休んでたの?」

「う? うん。まあね」


 歯切れ悪くトールが答えると、隣にいる少年が愉快そうに笑った。


「コイツ、高校生にタイマン申し込んで、ふつーに負けてさ。ショックでここんとこ学校休んでたんだよ」

「バラすなよ、お前っ!!」


 トールが顔を真っ赤にして、大声で叫んだ。


 女子生徒たちが笑う。


「ま、まあともかく。気を付けてね」

「うん、また明日」

「ばいばい、トールくん!」

「そいじゃーね」


 女子たちが教室を出るのを見届ける。


「さてと」


 真顔で南たちと向き直った。


「アンタらだな? ここんとこ一年にちょっかい出して来てる二年ってのは」

「悪い評判になってるぜ」

「二年の変なのが、ウロチョロしてるってよ?」


 トールたちと対峙するように、南は前に歩み出た。


 その左右で三人も一年生と相対する。


「お前が一年の番、トールだな?」

「そうっすけど?」


 南が失望したように溜息を吐く。


「挨拶が遅いぞ、ったく!」

「挨拶?」

「二年の番長のこの俺への挨拶がな!」


 そう言うと、南が自分の胸へ親指を突き付けた。


「俺はオーガの跡を継いだ、二年の番──ウルフだ!」

「……は?」


 トールたちが互いの顔を見る。


「知ってる、アイツ?」

「いや」

「顔、見たこともねぇよ」


 戸惑い気味に、みんなは笑った。


 失笑である。


 その態度に、南が怒る。鼻に皺を寄せた。


 トールに詰め寄る。


「舐めた態度してっと、泣かされるぜ、ガキ?」


 低い声でトールを脅す。


 その視線を真正面から受け止め、トールが黙って南を見返す。


 視線は、外さない。


 その膠着状態の末に、南は嘆息して見せた。


「あんまり調子に乗ってると、痛い目見るぜ」


 ポンとトールの肩に両手を置く。


「キレたら何すっか分かんねぇんだぜ、俺?」

「だったらどうしたんすか? りますか、俺と」


 トールがそう言った瞬間だった。


 南が勢いよく拳を振りかぶる。


 南たちもトールたちも、一斉に身構えた。


 だが……。


 ガッ!!


「止めておけっ!!」


 何故か加賀が止めに入る。


 南をトールから、割と強く引き剥がした。


「なんで止んだよ、タイガー」


 南にそう言われて、加賀が不敵な笑みを浮かべながら、トールを見やる。


 チラッ。


 今度は南と目を合わせた。


 止めろと諭すように、真顔で首を横に振る。


 更にはもう一度、笑みを浮かべてトールを見やった。


 チラッ、チラッ。


「?」


 トールが首を傾げる。


「落ち着くんだ、南。お前がキレたら、厄介だ」


 加賀が真剣な顔をして、南だけを見て言った。


「お前にキレて暴れられたら、俺たちでも、止めんのに一苦労なんだからよ」


 やれやれと首を振りながら、南の肩を叩く。


「フン、悪い悪い。俺としたことが……」


 南も加賀だけを見て、肩を竦めて笑う。


 一連の二人だけで交わされた会話はしかし、その意識のベクトルは他でもないトールたちに向けられているのだった。


「ははっ、違いないね」

「その通り。キレたウルフは手が付けられないよ~?」


 兎井と佐根川もトールたちを見て脅すように笑った。


 自分が本気を出せばどうなるのか分からない。そんな凶悪さ、狂暴さ、強さが自分にはあるのだと、知らしめる。

 そして取り巻きたちが彼の暴走を止める振りをして自分たちの集団の恐ろしさ強さを周囲へとアピールする──によく見られる手法である。


 が。


 当然ながらトールにそんな脅しは、効かない。


「へぇ、ちょっとは闘り甲斐あるんすね」

「イキんなよ、ガキ共?」


 小さな子供を叱りつけるように、加賀は言った。


 腰に手を当てて、トールたちを睥睨する。


「今日だけは、勘弁しておいてやる。ウルフが暴れ出す前に、さっさと帰りな? なぁ?」


 図体のデカさを活かし、圧を掛ける。


 目を見開くと、眼光を鋭くしトールたちに言い放つ。


「だが、次からは許さないからな? これからはお前たちも俺たちの配下に──」


 トッ!


 ダッ!


 加賀が話している途中に、トールが床を蹴立てた。更に机を蹴って一気に加賀の目線まで跳躍する。


「!?」

「行くぜ?」


 シュド──!!


 鋭く放たれた爪先が、加賀のこめかみを撃ち抜く。


「おろん?」


 今の今まで恫喝していた男は、情けなく声を裏返し、白目を剥くと一撃で倒れた。


 とっ、ガ──!!


 着地と同時に、次は佐根川と兎井の足首を刈る。


 声も出せずに、驚き顔のまま二人が倒れ込んでいく。


 ガゴガゴッ!!


 机や椅子に顔面を打ちつけた。


 床に転がり悶絶する。


 硬直したまま、南は何も出来ない。完全に腰が引けている。


「キレたら手ぇ、付けられないんじゃないのかよ、先輩?」


 挑発するようにトールが手招きした。


「ホラホラ、来なよ?」

「っ! 調子に乗んな!」


 殴りかかる南だが、それよりも速いスピードで、トールが南の服を掴んだ。


 南を引っ張りながら、棚や壁を蹴り登る。


「な!?」


 南の頭上高く跳躍した。


 ガッ!!


「っ!?」


 南ご自慢のウルフカットとやらを両手で毟るように掴む。


「っしゃらぁ!!」


 そのまま遠心力を使って、顔面に思い切り膝蹴りを喰らわせる。


 ゴシャッ!!


「ぐぺがっ!?」


 これまた珍妙な声を上げて、南が吹っ飛んでいった。


 ほんの一瞬で南、加賀、佐根川、兎井はのされたのだった。


「なんなんだよ、この馬鹿共は……」

「さあ」

「粋がってんのはどっちだっつー話だな」


 一部始終を見ていたトールの仲間は、呆れてものも言えない。


 もはや彼らの中に笑っている者はいなかった。


 完全なる格下に嘲笑など、不要。


「いつまで寝てんすか? 立ちなよ」


 トールが言う。


「うぅ……」

「くっそ……」


 口や鼻から血を流しながら、佐根川と兎井が立ち上がる。


 二人が首を巡らすと、加賀は伸び、南は身体を丸くして震えていた。


 トール中心に仲間たちが、佐根川と兎井を見下ろしている。


「ヒィ……!」

「ご、ごめんよ!」


 トールたちを前に、二人は情けない声を上げ、身を縮こまらせた。


「俺たちウルフいや、南の奴に唆されただけで~」

「そうそう、全部南が悪いの。僕ら元々平和主義なんでぇ」

「あぁ?」

「んだそりゃ?」


 言うが早いか、そそくさと逃げるように、トールたちの前を素通りする。


「それじゃあ、失礼しまーす」

「ちょっと待てよ!」


 トールが止める。


「大将置いて逃げんなよ」

「このデカいのも邪魔だから持ってけよな?」


 トールたちに言われて、二人は嫌そうに顔を見合わせた。


 仕方なく二人が南に手を貸す。


「大丈夫か、南?」

「う、うぐぅ……! クソ、痛ぇよ畜生!」


 南が身体を起こされた。


 鼻血を流し、何とも情けない表情をしていた。


 先ほどまでの威勢は、とうの昔に消し飛んでいる。


「加賀はどうだ?」

「コイツはダメだ」


 加賀は白目を剥いたまま、口を開けた間抜け面で気絶していた。


「ちゃんと持てよ、足」

「持ってるよ! 重いんだよ、この馬鹿」


 南は、手伝わない。


 二人が加賀を引き摺って行く。


「おい、アンタ」


 トールが南の背に声を掛ける。


「な、なんだよ……」

「もう二度と、こんなことすんなよな?」

「分かったよ。一年には手、出さねぇよ」

「んなこと言ってねぇ!」


 トールの怒った声が教室中に響いた。


「これだよ!」


 落ちているチケットを手に取る。


 【一分100円 凡人とチンゴの殴り放題ツアー~人間サンドバック大会開催!!】などと書かれていた。


「……わかったよ、凡野にも何もしねぇ」

「だから、んなこと言ってんじゃねぇ!!」


 トールが切り返すように言った。


 それでは一体何のことを言っているのか南は見当も付かなかった。


 ぽかんと口を開ける。


「第一、お前らみたいな奴らがどんだけ集まろうが、蓮人くんにゃ敵わねぇだろうさ」

「ああ、お前ら如きが蓮人くんに勝つなんて、100パー無理だからよ」

「違いねぇや」


 一斉に笑いが起こる。


 屈辱──南は歯を噛みしめた。


 そんな南に、トールが真正面から向き合う。


 トールは笑ってなど、いない。


「俺が言ってんのは、この大会の事っすよ」

「それが、なんだよ?」

「人間サンドバッグ大会とかクズみたいなこと、すんじゃねぇよ!」


 チケットを見せつけて、南を睨んだ。


 トールの仲間の一人が言葉を続ける。


「無抵抗の人間殴る大会とか、やることダセェっすよ、先輩」

「ぐ……!」


 トールたちはゆっくりと南に近づき、彼を取り囲んだ。


「みっともねぇ真似、二度とすんじゃねぇぞ」


 トールが南を見据えて、言う。


「約束しろよな?」

「……わかったよ」


 ぐうの音も出ずに、南たちは退散した。


 伸びた加賀を引き摺りながら、そして自分たちも足を引き摺るようにして教室を出て行く。


「あと、先輩方~」


 廊下に出たところで、トールが呼び止める。


「?」

「サンドバッじゃなくて、サンドバッっすからね?」


 チケットをヒラヒラさせて、トールが笑う。


「ホントだ、サンドバックになってら」

「馬鹿だな~、こんなん本気で売ってたんだな」


 南とその取り巻きは一年の番トールに完全敗北して逃げ帰った。


 こうして自称ウルフこと、悠ヶ丘学園二年の(非公認)番長・南の三日天下は呆気なく終わりを告げたのだった。

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