第19話 オーガの評判、落ちる

「課外授業?」

「そっか、凡野くんずっと休んでたから知らないんだよね」


 そう言うと、信吾が机からプリントを取り出す。


 渡されたのは、六月の行事予定表だった。


「高原の森……、ザマー牧場? なんだこれは?」

「一学期の課外授業だよ。二年生は毎年、そのザマー牧場ってとこに行くらしいんだ」

「そうなのか?」

「うん。関東でも最大規模の牧場でね、馬がたくさん放牧されてるんだってさ。課外授業では乗馬も体験できるみたいだよ」

「ほう、乗馬か。それは良いな」


 俺の言葉に、信吾は意外そうに眼を瞬かせた。


「蓮人くん、乗馬に興味があるの?」

「ん? まあな」

「へえ、意外だったよ」


 興味があるというよりも、こっちでも自分の馬が欲しいと思っていたのだ。


 グラン・ヴァルデンで、俺には愛馬がいた。名はザエツハル──多くの時間を共に過ごしてきた愛馬だ。


 いや、愛馬と言うよりも仲間と呼ぶ方が相応しいかもしれないな。


 世界各地のダンジョンを巡っていた時も、俺たちは一緒だった。


 今頃、どうしているだろうか……。


「どうしたの? なんか遠い眼をしちゃっているけど?」


 窓から空を見上げる俺を見て、戸惑いがちに信吾が聞いてくる。


「スカイフィッシュでも飛んでた?」

「いや、ザエツハルは元気にやっているだろうかと、ふとそう思ってね」

「ザエツハル?」

「俺の愛馬だ」

「えっ、愛馬!? 蓮人くん、馬なんて持ってるの?」

「ん? いや、旅先で出会った馬と、仲良くなったんだ。それを思い出していただけさ」

「そ、そう……。蓮人くんって、本当に旅に出てたんだね」

「まあね。ところでそのプリント、まだあるなら貰えないか?」


 色々と聞かれないように、それとなく話題を変えた。


「先生が持ってると思うから、後で貰っといてあげるよ」

「ありがとう」


 もう一度、プリントに目を落とす。


「今週の木曜日、明後日か」

「そうだよ。楽しみだね」


 キーンコーンカーンコーン……。


 チャイムが鳴り、担任の知内が教室に入って来た。


「席に着け~」


 相変わらず、この男は毎日ダルそうな顔をしているな。


 俺はまた、窓から外を見やった。


 俺が身に着けている戦技に【馬上格闘術】と【馬上武器術】と言うものがある。


 だが肝心の馬に乗らないことには、馬上戦技は何時まで経ってもレベルアップできない。


 勿論、グラン・ヴァルデンとは違い、日本で馬は主要な移動手段ではないことも理解している。

 仮に自分の馬を持てたとしても、異世界よりも乗る機会は少ないだろう。


 そもそも、現実世界において馬に乗って戦う場面など、想定し難い。


 戦闘機、戦車、軍用車両……。そんなものが存在するこの世界で、ならば馬上戦技は不要か?


 否──そんな場面など想定できない、と言う、その発想自体が致命的なに他ならない。


 想定外の事態など、いくらでも起こる。それなのに事前に想定できるものにさえ対処しないなど、愚以外の何ものでもないのだ。


 それに、馬上での身のこなしに熟達することは、乗り物での身のこなしに熟達することに通じる。


 現実世界の主要な乗り物での戦闘にも、有効に働く筈だ。


 そして最も重要なのは、俺が以前の俺を超えると事実だ。当然、馬上戦技もヴァレタス以上に熟達するつもりでいる。


 ヴァレタス・ガストレットを超えると誓った以上、この俺に妥協など一切、無い。


「先生~、たばくんは今日も休みなんですかぁ~?」


 誰かが知内にそう尋ねた。


 束とはオーガのことだ。


 俺も教室に顔を向ける。


「そ、休み」と、知内が短く返す。


「珍しいくね?」

「普通にサボりだろ」

「もしかして、パン一事件が原因なんじゃね?」

「ハハハ! それ見てた、超ウケたよね!」


 教室中が盛り上がる。


 どうやらパン一事件とは、先週のあの一件のことらしい。噂になっていたのか……。


「ねえ、オーガくん何かあったのかな?」


 信吾も御多分に洩れず、小声で俺に問うてきた。


「……」


 俺はモリトラとダミーを見やる。


「「……」」


 モリトラとダミーは、ムスッとした態度で、ずり落ちるように椅子に腰かけていた。俺に気づくと、黙ったままギロッと睨み返してくる。


「さあ? 何があったんだろうな」


 奴らから目線を信吾に戻すと、俺は肩を竦めてそう答えた。


 月曜からオーガは学校を休んでいる。本当にパン一事件が原因かは謎だし、興味もないが。


 モリトラとダミーは学校に来ているが、あれ以来大人しい。俺たちに近寄りもしないのだ。まあ目が合うと、今のように恨みのこもった目で睨んでは来るが。


「アイツ、二年の気取ってたけど、あれで地に落ちたもんな」

「パン一で逃げる情けない姿、一年生にもガッツリ見られてたからな~、ハハハ!」


 ガンッ!!


 モリトラが、急に自分の机を蹴り上げた。


「てめぇら、俺らが居んの忘れてんじゃねぇぞ?」


 脅すような声でダミーも言葉を続ける。


 それで教室の騒ぎが収まった。


「調子に乗った奴のこと、ちゃんとオーガに言っとくからよ、覚悟しとけよ?」

「なんだよ、自分らだってパン一で剛谷ごうやに追っかけ回されてた癖によ」


 ぼそりと安本がそう言うと、クスクスとみんなが笑った。


 因みに、剛谷とはこの学園の体育教師のことである。


「安本、死にてぇか?」

「させ────ん」


 モリトラに睨まれると、お調子者の安本は鶏のように頭を上下させ、ふざけるように謝った。


 それにしても知らなかった。どうやらオーガは悠ヶ丘学園の不良グループであり、更には二年を纏め上げるリーダーだったらしい。


 それが先週のパン一事件で評判に傷がついたようだ。


 まあ、俺の知ったことではないが。


 そんなことよりも、馬上戦技をどうするか、そっちの方が問題だな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る