第17話 魔力強化
魔法に関して、ひとつ懸念していたことがあった。
『こっちの世界で、そもそも魔法は使えるのか』と言う疑問だ。
もし魔法が使えないのなら、魔法の術式も魔力系のスキルも今後は使えないことになる。
現実世界では、魔法も魔法使いもゲームやアニメの中の存在でしかなかったからな。
事実、学校や塾、街中で見て来た人間で、魔力を持つものは皆無だった。
そもそも魔法がなぜ使えるのかだが、それは
魔粒子を用いれば、物理学で言う六つのエネルギー形態──力学的エネルギー・電気エネルギー・熱エネルギー・化学エネルギー・光エネルギー・核エネルギーのどれにでも、直接変換が可能となる。
それによって、火を起こしたり、稲妻を走らせたりと様々な現象を引き起こすことが出来るのだ。
そんな魔粒子は特に自然界に豊富であり、人間をはじめとした生き物の体内にも流れている。
そして、その魔粒子の存在については、すでに確認済みだ。
グラン・ヴァルデンに比べるとややその濃度は薄いものの、この世界でも十分な量の魔粒子が存在するようだ。これならば、こっちでも魔法は使える。
後はその魔粒子を操作できるように、自分自身の魔力を高めるだけである。
「さてと」
【アイテムボックス】から、水晶をひとつ取り出すと机に置いた。小さいが純度の高い良質なクリスタルである。
何の加工もされていない原石で、グラン・ヴァルデンでは魔力を強化するトレーニング──魔力練成の道具として一般的だ。
置いた水晶に両手をかざす。
魔力練成のやり方は簡単で、体内の魔粒子を片方の手から水晶に放出して溜め、反対の手から体内に流し込む。そうやって、魔粒子を体内で循環させて魔力を練るのだ。
ごく初期の魔力練成であり、魔法を扱う者は誰しもが通る道である。
「幼少の頃はよくこれで魔力を練ったものだな」
俺が初めてこのトレーニングをやったのは、物心がつくよりも前だった。二歳くらいには、もう日課にしていただろう。
昔を思い出して、俺は笑いが漏れた。
魔法と言う未知の力に、幼い俺は魅了されていた。それは、世界のことをまだ何も知らない稚児が初めて雪に触れるような興奮に満ちたものだった。
ヴァレタスとしてもそうだし、凡野蓮人としてもそうだった。
現実世界から、魔法が存在する世界へと転生した俺にとって、それは異世界を象徴する力だったから。
こうして俺は魔法にのめり込んでいった。さまざまな理論を学び、自ら魔法の術式を組めるまでになった。試行錯誤を繰り返して、新しい魔法も次々と創り出した。
とても充実した、楽しい日々だったな……。
だが──
気がつけば、俺の魔力はほとんどカンストして、成長もほぼ止まってしまっていた。
M P 25,530,840
魔 力 5,648,239
これがヴァレタス・ガストレットだった俺の最終的なMPと魔力である。
それが転生して、共に1に下がった。
レベルを1に戻したせいでもある。元のレベル37,564のままなら、まだましだったかもしれない。
俺は自ら望んでレベルを1に戻したのだが、あの時は自分が何の目的で現実世界へ帰るのかも思い出せていなかったのだ。
信吾と松本さんを護るためにも、レベルは手放すべきではなかったのかもしれない。
普通ならば絶望するであろうこの状況──しかし、俺の心はまた一から成長できる喜びを嚙みしめている。
「やはりレベル1に戻して正解だった……」
MP 25,530,840 が 1、魔力 5,648,239 が 1──
ヴァレタスだった頃と比較して、肉体同様に今は見る影もなく貧相で脆弱だが、裏を返せば、まだこれからどこまでも発展し成長できるということだ。
「今一度、レベルアップを楽しもうではないか」
それに今の俺はグラン・ヴァルデンの魔法の理論、【術式】の体系を修得済みである。
更には、地下墳丘墓の最下層にあった書庫で、グラン・ヴァルデンの住人が忘れ去った古代の魔法体系をも手に入れている。
「魔力がある程度まで高まったら、新しい術式を組むのも良いかもしれんな。魔王討伐に追われて、まだ試していない術式がたくさんあったからな」
こうして俺は、日曜の午前中をずっと魔力練成に費やした。午後はネットなどを使って高校二年までの学習も大方終えてしまった。
インターネットとは本当に便利な道具だ。上手く使えば、学校で学べる以上の知識が手に入る。
夕方になると、また公園までランニングをした。もう息が切れて歩くことも立ち止まることもなかった。公園にて体力練成と戦技練成をおこない、帰ってシャワーを浴びる。
シャワーを終えリビングに戻ると、美味しそうな匂いが鼻腔を満たした。
三人がテーブルに食器類を並べているところだった。
「丁度良かった、晩御飯が出来たところよ」
母さんがテーブルに皿を置く。
ライスが盛られていて、その上に湯気を立てる艶やかな茶色いソースがかかっている。
確かこれは……。
「カレー」
「何言ってんの、ハヤシライスじゃん?」
千夏がそう言ってくる。
「林ライス……。これのどのあたりが林なんだ?」
「は? 何言ってんの、アンタ」
「蓮人は好きだもんな、ハヤシライス」と父さんが笑う。
「……」
微かに憶えている気もする。カレーに似た、けれどカレーほど辛くはない食べ物があって、それを好んで食べていた記憶が。
だが、ハッキリとはしなかった。
どうやらこっちの世界のこと、まだすべてを思い出せていないようだ。
「なに突っ立ってんの、早く座りなよ」
千夏に急かされて、自分の椅子に腰かける。
「さ、いただきましょう!」
「「「いただきます」」」
ハヤシライスを掬い、一口食べてみる。
「!」
濃厚なソースとライスが口の中で絡み合い、何とも言えない深い味わいが口中に広がった。
どうやらソースは、トマトなど数種の野菜と肉を煮詰めて味付けされているようだ。具材は牛肉、オニオン、マッシュルームとシンプルである。
「美味しい?」
「うん、とても」
「ヨーグルトサラダも口に合うといいんだけど。初挑戦してみたのよ、どう?」
母さんが父さんや千夏にも感想を聞く。
「とても美味しいよ」
「うん、結構イケんじゃない」
「そう、よかった。新しいレパートリーにしましょう」
和やかな食事風景である。
俺はふと、前回の家族関係を思い出した。
前の人生では、自分のせいで家族は完全に崩壊していた。
千夏とは十年以上顔を合わせていなかった。姉さんは大学進学と共に家を出て、それ以来家にも寄り付かなくなった。
友人にも兄弟はいないと言っていたらしい。たまに家に帰ると、階下からは決まって俺に対する愚痴が聞こえてきた。
両親ともまともな会話はなかった。俺も深夜に時々、部屋の外に出るくらいだし、いつの間にか、同じ屋根の下で暮らしていながら、顔すら合わせることもなくなっていた。
笑顔の母さんを見る。
今の母さんは若々しくて穏やかだ。
俺の知る母さんは十五年後の姿だ。だから若いのは当たり前かもしれないが、年齢以上に老け込んでいたと思う。
多分、原因は俺。
俺の存在が彼女の負担となって、とても老け込んでやつれて見えたのだろう。今、目の前にいる母さんは見る影もなくなっていた。
父さんにしてもそうだ。
その顔には生気がなかった。俺を見る時はいつも、どこか悲しそうで何かを諦めているような、悔やんでいるような……、そんな眼をしていた。
その眼を見るのが辛くて、父さんとも、もう何年も向き合ってこなかった。
「どうした、黙って?」
三人を眺めていると、父さんが問いかけてくる。
「サラダの味、変だった?」
「いや、そんなことはないよ」
母さんを見て、俺はゆっくりと首を横に振る。
「この味を、噛みしめていたところさ」
「たかがハヤシライスに大袈裟な!」と姉さんが笑う。
「大好物だからね」
「喜んでもらえて、お母さんも嬉しいわ」
母さんが微笑む。
「また作ってあげる」
「うん」
ハヤシライスを口に運び、俺は溜息を漏らしてしまった。
「しかし勿体ないな……」
「なにが?」
「いや、これでチーズとワインでもあれば最高の夕食なんだがね」
「えっ!?」
「ワイン!?」
「おいおい……」
「そうだな……。このハヤシライスならば、クラウト産の赤ワインなどが合うだろうね。チーズはグラスール産の紫チーズがあれば申し分ない」
三人が絶句して俺を見ている。
俺は首を傾げた。
「何か驚くようなことでも言ったかな?」
「ワ、ワインは流石に蓮人にはまだ早いんじゃない?」
「お父さんたちを揶揄ってるんだよな?」
「まさか、どこかで隠れて飲んだりしてないわよね!?」
姉さんが非難するように睨んでくる。その言葉はどこか羨ましがっているようにも思えたが。
「蓮人に限って、ねぇ?」
「あ~、うん……」
「あっ! 今、変な間あったぞ!」
「お酒は二十歳を過ぎてからだぞ、蓮人?」
「そうか……、分かったよ」
父さんの言葉に、俺は肩を竦めてみせた。
やれやれ、こんなことになるのなら、もっと味わっておくのだった。グラン・ヴァルデンではもうじきワインが出回る季節だ。
豊潤で薫り高きクラウト産の赤ワインは、俺が治めていた王国でも有名なワインだった。あれがもう飲めないとは……。
俺は初めて現実世界に戻ったことをやや後悔した。
【アイテムボックス】には、各年のワインが数本ずつストックはされてはいるがね。
俺たちはその後も、取り留めもない会話をしながら夕食を楽しんだ。
そして笑顔の三人を見ながら、俺は心の中で誓いを新たにした。
そうだ。変えないといけないのは、信吾と松本さんの運命だけではない。
俺自身の運命も、変える。
前回の人生でメチャクチャにされたのは、自分の人生だけではないのだ。この家族も壊された。
今度の人生は、そうはさせない。
二人を死から護ることも大事だが、そのためにもまず、俺自身の運命を変えよう。
そして俺の家族も救うのだ。
夜──
ベッドにゆったり腰掛けると、俺は週末の成果を確認した。
***
名 前 凡野蓮人
称 号 狂戦神・統一王・覇王…➤
年 齢 14
L v 1
◆能力値
H P 145/145
M P 82/82
スタミナ 65/65
攻撃力 50
防御力 52
素早さ 65
魔法攻撃力 43
魔法防御力 41
肉体異常耐性 85
精神異常耐性 98
◆根源値
生命力 20
持久力 18
筋 力 14
機動力 16
耐久力 15
精神力 18
魔 力 18
◆固有スキル
【王威Lv.1】
◆スキル
【鑑定Lv.68】【パーフェクトボディコントロールLv.25】【
◆戦技
【徒手格闘術Lv.12】【暗殺術Lv.10】【ダガー術Lv.10】【特殊ナイフ術Lv.5】【短剣術Lv.15】【剣術Lv.10】【特殊剣術Lv.1※使用不能】【短槍術Lv.10】【槍術Lv.10】【特殊槍術Lv.1※使用不能】【盾術Lv.8】【大盾術Lv.1※使用不能】【杖術Lv.10】【棒術Lv.10】【
◆魔法
【炎魔法術式Lv.1】【水魔法術式Lv.1】【氷魔法術式Lv.1】【風魔法術式Lv.1】【雷魔法術式Lv.1】【草木魔法術式Lv.1】【土魔法術式Lv.1】【身体魔法術式Lv.1】【精神魔法術式Lv.1】【空間魔法術式Lv.1】【創作魔法術式Lv.1】
***
ステータスが上昇したことで、使用不能だったスキルや戦技も続々と戻って来たな。魔法も、すべての術式を使えるようになったようだ。
足を組み、俺は満足げにグラスにワインを注いだ。
当たり年に作られた最上級の赤ワインである。
ふと視線を感じて外を見やると、カーテンの隙間から、猫がこちらを見ていた。
俺はグラスを傾けて、猫と乾杯を交わす。
豊かな香りを楽しみ、口に含んだ。
さて、俺は二つの目標を明確にした。
一つはすでに決めていたことだが、『この世界の頂点に立ち、万物を超越する存在になる』ことだ。
そして新しく決めたのは、『前回の俺を超えること』だった。
「単にヴァレタス・ガストレットのステータスに戻す、なんてつまらないからな」
そうだ。今回俺が目指すのは、以前までのヴァレタス・ガストレットではない。凡野蓮人として、ヴァレタス・ガストレットの上を行く。
前回は魔法の術式を組むのが楽しい余りに、魔力偏重のステータスでもあった。
今度は、すべてを万遍なく鍛えていこう。全ステータスを均質に強化し、スキルも戦技もヴァレタス・ガストレットを超える。
そしてこの現実世界で頂点に、立つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます