第2話 ラスボス無双
ヒュルルルル~……。
ドゴォォォ────ンッ!!!!
瓦礫と化した魔王城へ翼の生えた巨獣が落下する。因みに、今落下していったのは魔王最終形態だ。
……やれやれ。
空中からその様子を眺めながら、俺は呆れた。
結局、魔王は最初から全力で戦わず、最初の第一形態、次に角と尻尾が生えた第二形態、そして巨獣化した今の最終形態と三段変化した。魔王城は俺たちの戦いで崩壊した。
紫色の血を流しながら、魔王最終形態が瓦礫から這い出て来る。
「う、ぐっ! これが狂戦神とも謳われる英雄ヴァレタスの力……。まさかここまでとは……!!」
「だから最初から全力で来いと言ったのだ。今さら遅いが」
俺は【魔剣】を解除し、黒曜の特大剣を消し去った。
最後はあの魔法を使おうと決めていたのだ。
「終わりにしよう、魔王サダルメリク。いや、邪神ウラガルファよ」
「な、なぜその名前を!?」
「お前の正体はとうに知っていたさ。最古の地下墳丘墓、その最下層に眠る書庫でな。あそこの文献はすべて目を通したからな」
「だっ、誰も踏破したことのないあのダンジョンの最下層にまで到達したというのか……!?」
いちいち大袈裟に驚く魔王を無視し、俺は続けた。
「お前は千年単位で、過去に何度も蘇っては、時の英雄たちに討たれているだろ? その度、名を変え姿を変えて。ご苦労なこった。俺はそれを元から断とうと思っていてね」
「元を断つ、だと?」
「そうだ。倒すべきは現魔王サダルメリクではなく、邪神ウラガルファだ。もう二度と復活できないようにな」
「フ、フハハハハ……」
「?」
「ギャ────ハハハハハッ!!」
魔王が突然、壊れたように笑いはじめた。
「いいでしょう! 私もここまで追い詰められたのは初めてですよ! 貴様にだけは、私の真の姿をお見せしましょう! この私……、邪神ウラガルファの姿をねっ!!」
巨獣の身体が裂け、黒い粘菌のようなものが溢れ出す。それはボコボコと増殖し、巨獣の肉体を飲み込むと、触手が蠢く球体を形成した。
宙に浮くと、今度は六本の肢と四翼の翼が生えてきた。
球体がパックリと裂けて、大きな口が開く。翼にある巨大な瞼も開き、四つの紫色の眼がギョロギョロと動いた。その眼が俺の方を向く。
邪神ウラガルファ──地上ではすでに忘れ去られている神である。
地下墳丘墓の最下層で、俺はこいつに関する文献を見つけた。目の前の邪神の姿は、その文献の記述そのものであった。
俺は【鑑定】のスキルを使って、邪神の能力値を視る。
***
名 前 ウラガルファ
称 号 邪神
年 齢 15,000
L v 50,000
◆能力値
H P 999,999/999,999
M P 9,999,999/9,999,999
スタミナ 999,999/999,999
攻撃力 999,999
防御力 999,999
素早さ 999,999
魔法攻撃力 999,999
魔法防御力 999,999
肉体異常耐性 999,999
精神異常耐性 999,999
◆根源値
生命力 99,999
持久力 99,999
筋 力 99,999
機動力 99,999
耐久力 99,999
精神力 99,999
魔 力 999,999
…➤
***
「ハハハハハ! 力が漲って来るわ! これこそ我が真の姿!! 邪神ウラガルファの力を開放した今──」
「あ、そう言うのはいい」
「なにぃっ!?」
「本当に飽きたから」
手を頭上に掲げる。
地響きがあちこちから聞こえ始めた。
「なっ、なんだ!?」
「お前たちは大地を汚しすぎた。土地ごと浄化しないとならないんでね。邪神ウラガルファ、お前も、もう二度と復活できないように、星となれ」
「……星、だと?」
俺は内心ワクワクしていた。思わず笑みが零れる。
「この魔法、術式を組んだはいいが、使う機会がなかったんだ。正確に言うと、大義名分が得られなかった。一度でいいから、ずっと使ってみたかったんだよ」
そのために、十万を超える魔王討伐軍も魔王城の遥か遠くへと置いて、単身潜入したのだからな……。
抑えきれずに、とうとう俺は笑い出した。
その様子に邪神は唖然としていた。何が起こっているのか、まだ理解できていないようだ。
魔王城を囲み、ぐるりと土煙が上がりはじめた。
そして……魔王城周辺の地表──瘴気に包まれた森や谷、毒液の川、ドロドロと黒い溶岩が噴出する山が捲れ上がる。
折りたたまれるように、ゆっくりと魔王城へと近づいてきた。
大地がせり上がり、俺が一人で屠った百万を超す魔王軍の死体の山も、ばらばらと下へと落ちて来る。
「!?!?」
邪神ウラガルファの瞳孔が開いて震える。鼻水が垂れていた。
鼻、あったんだな。
「こ、これはいったい……」
「俺たちは今、見えない壁に囲まれた巨大な球体の中にいる」
「きゅ、球体ですって?」
「ああ。俺が魔法で作り出したものだ」
「っま!? 魔法!? こんな大規模な魔法などあるものかっ!! ほぼ無限に近い魔力量を誇るこの私でさえ、こんな現象を起こすことなどできないのだぞ!!」
「魔力やMPってのは、ただ高けりゃいいってもんじゃない。一度の放出力ってのも大事なんだぜ?」
「放出力だと……!」
指をくいっと上に上げる。
ゴゴゴゴゴ……!!!!
大地から剥がした地形ごと、地表を包んだ球体を空中へと浮上させた。
「地下書庫にあったのは神話の類だけじゃないんだぜ?」
そう。そこにはこの世界グラン・ヴァルデンの叡智が収められていた。例えば、今は失われし超古代の魔法の術式も数多く……。
「俺が古代の文献を参考にして創った禁忌魔法……」
「禁忌……魔法ぅぅ!?」
邪神が声を裏返す。
「名付けて【
ゆっくりと手の平を握り込んでいく。
球体が徐々に小さくなり、見えない壁も狭まってくる。
「くそっ!! くそっ、くそっ、くそっ!!」
今さら邪神が暴れ出した。
何やら破壊光線的なものを放ったり、猛突進をしたりするのだが、球体はびくともしない。
当然だ。この魔法の壁は一切の物理攻撃も魔法攻撃もスキルも跳ね返す。干渉できるのは、俺だけだ。
「ウラガルファ」
「!? き、貴様いつの間にっ!?」
邪神が所狭しと暴れまわっている間に、俺は球体の外へ【空間転移】のスキルを使って脱出していた。
ズ、ズーン……!!
球体の縮小を一時的に止める。
「問題だ。この球体は熱さえも一切外へは逃さない構造にしてある。そんな球体を急激に圧縮したらどうなると思う?」
「?」
「単純な物理──熱力学の法則だよ。その内部エネルギーは増大、熱が一気に上昇し、発火する」
「!?」
「お前には、新しい太陽になってもらおう」
球体にへばりつく邪神と目が合い、俺は笑った。
球体から少し距離を取る。
「ま、待って。ちょっと待ちなさい!!」
慌てたように呼びかけて来る。
「そ、そうだっ。貴方の望むものは何ですか? 私なら貴方の願いを何でも叶えてあげられますよ!?」
「邪神ウラガルファ」
「金か? 名誉か? それとも女か?」
「ウラガルファ」
「もしかして力か!? もしそうならば、この邪神の力を」
「ウラガルファ!!」
「ひいっ!?」
壊れたように喋りつづける邪神を叱りつけるように黙らせた。
そして笑いかける。
「最期なんだ。笑おうや?」
絶望した顔がそこにはあった。
ぐっと手を握り込むと、一瞬にして球体が圧縮された。
ゴオ────オオオオッッッ!!!!
内部が一気に燃え上がる。球体全体が明るく光を放った。
瓦礫や地表が赤く熱されて、どろりと溶解し始める。
「うぎゃー-っ!! あ、熱いっ!! 身体が……焼けるぅぅ!!」
邪神の叫び声が聞こえるが姿はもう見えない。
熱は閉じ込めてあるので熱くはないが、ちょっと眩しいな。
球体を大気圏外へ、さらに遠くへと打ち上げる。
「終わりだ」
もう一度、球体を一気に圧縮する。直径二十キロほどあった球体は、今や直径三十センチほどになっていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁー-!!!!」
邪神の断末魔の声が聞こえた気がした。
俺はそのまま地表へと戻る。更地になった広大な大地に降り立った。汚染され黒い煙に覆われていた空が晴れていく。
「さてと、MP消費はどの程度だ?」
初めて本気で使った魔法だ。MPの消費量は正確に把握しておかねばならない。
俺は自分のステータス画面を表示した。
***
名 前 ヴァレタス・ガストレット
称 号 狂戦神・統一王・覇王…➤
年 齢 29
L v 37,564
◆能力値
H P 4,507,680/4,507,680
M P 17,530,840/25,530,840
スタミナ 2,284,253/2,284,253
攻撃力 3,005,120
防御力 2,259,344
素早さ 3,804,756
魔法攻撃力 13,552,334
魔法防御力 12,779,760
肉体異常耐性 9,015,360
精神異常耐性 14,305,600
◆根源値
生命力 632,564
持久力 637,423
筋 力 823,456
機動力 964,140
耐久力 564,219
精神力 674,140
魔 力 5,648,239
…➤
***
「予測していた数値とそこまでの誤差はないようだな。どちらにしても、撃てて数回の大技だから、乱発は出来ないが」
俺はもう一度、空を見上げた。
青空が戻った蒼穹には、太陽とは別の星がはっきりと見えた。
これから数百年か数千年。どのくらいか分からないが、宇宙でもう一つの太陽となって燃え続けるだろう。真っ黒に炭化するまで。
遂に終わった。
過去、幾度となく世界を危機に陥れた魔王──その正体は邪神ウラガルファであった。
だがもう二度と、この世界が邪神の脅威に晒されることはないだろう。
「それにしても……、狂戦神か」
称号を見て、思わず溜息を漏らす。
いつからだろう。そう呼ばれるようになったのは……。
俺には物心つく前から強さへの憧れがあった。いや、憧れなどという中途半端なものではない渇きに似た欲求だった。
その力への渇望を満たすために、幼少から強くなるために日々鍛錬を重ねてきた。体力や魔力の練成。体術や武器術などあらゆる【戦技】や【スキル】の獲得。そして【術式】と呼ばれる魔法体系の飽くなき探求……。それらは堪らなく楽しくもあった。
だが、いくらレベルが上がろうと、いくら【スキル】を獲得しようと、いくら超古代の【魔法】を習得しようと、その渇きが癒されることはなかった。
あらゆる難敵強敵を倒し、魔王討伐とは関係のない難攻不落のダンジョンさえも攻略し、魔族さえ恐れをなす古代の魔法生物や神龍たちさえも討ち滅ぼし……、気付けば狂戦神と、そう呼ばれるようになっていた。
「……?」
物思いに耽っていた俺は、気付けば白い靄がかかった空間に立っていた。
「ヴァレタス・ガストレットよ」
薄絹を纏った女性がこちらを見て笑っている。腰まである白銀の髪を揺らして、ゆっくりと近づいてくる。
金色の瞳は笑みを湛え、どこか勝ち誇ったような表情をしていた。
会ったことはないが、彼女のことは知っている。
「創世の女神ディアベル様のお出ましか」
この世界の女神と向き直り、俺はそう言った。
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