第98話 劇場の会談 ヴェルトとエルヴァール
ある日の晩。俺は密会をするにはすっかりお馴染みになった劇場に足を運んでいた。付き添いにフィンも一緒だ。
そこでエルヴァールと劇を見ながら話をしていた。
「今日の演目は……アルグローガが五国会談以降、帝国の基盤を築きあげるまでの戦記ものですか」
「そうだ。五国会談をまとめ、大陸で大きな勢力を築いたアルグローガだったが、戦いはその後も続いた。各地を縦横無尽に転戦しながらも、とうとうその枠組みを作り上げていく」
「その生涯において戦ではほとんど全勝だった彼が、五国会談以降唯一降せなかった国……フォルトガラム聖武国も出てくるのですね」
「前にも思ったのが。ヴェルト殿は帝国の歴史に詳しいな」
「屋敷には歴史書の類を集めていますからね。知識はいつ身を助けるか分からないというのを、私は身をもって実感していますから」
ちなみにアルグローガはこの時、ルングーザ王国までは迫っていなかった。帝国の礎を築いた彼だが、無尽蔵に領土を広げていた訳ではないのだ。
もしこの時代に戦いになっていれば、ルングーザ王国は俺が生まれた時には、ゼルダンシア帝国の一部となっていただろう。
「フォルトガラム聖武国には今も昔も頭を悩ませている。ガラム島という島を支配する海洋国家だが、最近陸戦に特化した軍編成も進んでいてね」
「対岸は帝国領と考えると、備えは欠かせませんね」
「うむ。造船技術に加え、海戦での技量も非常に高い。少なくとも海上で帝国が勝てたという記録はないな」
島国という立地を有効に活用しているのだろう。それにフォルトガラム聖武国は幻魔歴から存在し続ける国だ。
かつては造船技術というより、質の高い武具を製造する国として知られていた。俺たちの武具を鍛えたガーディンもガラム島の出身だし、国宝と言われる武具の多くもこの島で作られた物だ。
そういや昔、俺が砕いた聖剣もこの島で鍛えられたんだったか。
「帝国同様、歴史の長い国の1つですね」
「うむ。陛下は彼の国ともなんとか折り合いをつけたい様だが……難しいだろうな」
「アルグローガの時代から続く敵国同士ですからね。もっとも、フォルトガラム聖武国も帝国とまともにやりあうつもりはないでしょうが」
「ほう……どうしてそう思う?」
「簡単ですよ。今や帝国は、争うにも割に合わない相手だ。温厚なウィックリン陛下の治世が続く間に、少しでも自国にとって有利な条約を交わした方が、将来のメリットにつながる」
ウィックリンの後継者が温厚な皇帝とは限らない。であれば、今のうちにできるだけ友好的な条約を結んでおいた方がいいだろう。
何せウィックリン自体がそれを良しとする性格だし、後になって条約を破る様な真似をすれば、ゼルダンシアは大陸中の国から約束を守れない国家だと認識される。
それは帝国内部を揺さぶるには十分な隙に繋がるし、自国貴族や民たちの矜持も傷つけるものにもなるだろう。
「よく見ているな」
「各国の産業や人口推移の資料を見れば、為政者であれば誰もが考えることでしょう。だが1人の愚者によって、国が一代にして終わるという事も実際にある話です。帝国はもちろん、フォルトガラム聖武国の統治者もまともであれば良いですね」
「…………そうだな」
ま、これは生粋の帝国貴族であるエルヴァールからすれば答えづらい発言だったか。暗にルングーザの事を言っている様なものだからな。
しかしアルグローガ役の俳優。よく見ると前に「シャノーラ王女の愛」でローガ役を務めていた男じゃないか。大柄で顔も良いし、英雄という役がよく映えるんだろうな。
「そろそろ本題に入ろうか。実はヴェルト殿にいくつか話しておきたい事があるのだ」
「伺いましょう」
演劇が進む中、俺は椅子に座りなおすと身体をエルヴァールに向ける。エルヴァールの立場でしか知り得ない事も多いし、こうして情報共有の時間をもらえるのがありがたい事だ。
「まずはルングーザ領での話になる」
「ヴィンチェスターがまんまと魔法の研究所を作ったのでしたね」
「ああ。派閥内であらかじめ意見をすり合わせられていたからな。止める事は難しかった」
ヴィンチェスターがルングーザ領に移って数ヶ月経つが、最初に献上された槍以降目立った成果物は提出されていないらしい。だがレポートは定期的に送られてきているとの事だった。
「失われた魔法の力を現在に蘇らせよういう研究だ。そう簡単に成果は出ないと誰もが納得はしている」
「そんな研究に予算をつけて、ヴィンチェスターを中心にする派閥を遊ばせていると考えると。帝国は平和ですね」
「耳が痛いな。だがこうした新たな部門の設立には相応の利権がつきものだ。それに結社の存在を知らぬ者たちからすれば、魔法技術の再現というのは純粋に興味も惹かれるのだろう」
金と時間を持て余した貴族の道楽にするには、リスクが高いとも思うが。いずれにせよ帝国貴族ではない俺には理解できない感覚だ。
だがもしこの研究が完成すれば、ヴィンチェスターの派閥は帝国に魔法技術をもたらした功労者となる。研究がより具体的に進むと、名声欲しさに派閥を鞍替えする貴族も出てくるかもしれないな。
「今は特に目立った動きを見せていない。……この状況、ヴェルト殿はどう読む?」
「判断材料が少ないので、何とも言えないですね。ですがヴィンチェスターが頼みにする魔法技術は十中八九、結社からもたらされたもの。魔法技術なんてものはもう完成しているはずなのです。それなのにこれだけ時間をかけて、さも本当に魔法の研究をしている様に見せかけている……」
「……時間稼ぎだと?」
「ええ。もっとも、得られた時間で何を企んでいるのかは分かりませんが」
フィンは俺たちの会話が退屈なのか、劇に見入っていた。ああ見えて聞き耳はしっかり立てているとは思うが。
「……実は先日、ルングーザ領に潜り込ませておいた情報部の者たちと連絡がつかなくなったらしい」
「ほう……」
情報部と言えば、帝国の諜報部隊だ。さすがに大国の情報機関だけあり、かなり優秀なのは間違いない。何せ全貌は掴めていなくても、結社の存在自体は把握できていたのだから。
今も各国に密偵を放っているだろうし、そこで働く者は特殊技能を収めた精鋭だろう。そんな情報部に所属する者たちが、他領とはいえ帝国内で連絡がつかなくなったと。
「かなりの機密情報でしょう? よく知る事ができましたね」
「私に情報を流すという事は、こうしてヴェルト殿の耳に入る事を想定しているということだ」
「なるほど……」
黒狼会が動くかはともかくとして、連携をしていきたい帝国としてはある程度状況を共有しておきたいのだろう。
黒狼会との関係は内密のものだし、平民と貴族という身分差もあるからな。こういう回りくどいやり方になるのは仕方ないか。
「今も騎士団はヴィンチェスター殿を、限りなく黒に近いグレーだと見ている。帝都から遠く離れていようと、警戒は怠っていない。さて、ここからが2つ目の話したいことだが。今こそ約束を果たさせて欲しい」
急に話が変わったな。いや、もしかしたら繋がっているのかもしれないが。
それにエルヴァールが話す約束。これには思い当たる節が一つしかない。
「貴族院への立ち入りを許可いただけるので?」
「そうだ。黒狼会の最高幹部たる6人を案内しよう」
「え!? ほんと!?」
やはり聞き耳を立てていたのか、フィンが話に入ってくる。貴族院への立ち入りは、エルヴァールと初めて会った時に俺から出した条件の1つだ。
「確かかつて大幻霊石が奉られていた部屋に通してほしいという事だったな。ヴェルト殿たちが元群狼武風という事が分かり、こちらの話をしやすくなったのでね。陛下に直接相談させてもらった」
なるほど。確かに同じ希望でも、帝都の一商会から言われたものか群狼武風から言われたものかを比較すると、話の通りやすさは違いが出るだろう。
ありがたい事に、群狼武風は今も伝説として語り継がれているからな。
「急だが日程はもう決まっている。当日は黒狼会とは何かと縁のあるヴィローラ様とアデライア様が案内していただける手はずになっている」
「それはありがたいですね」
「こんなにあっさり話が進むなら、初めから私たちが群狼武風だって言っておけば良かったんじゃないの~?」
「いきなり言って信じる奴は、かなりおめでたい奴だと思うが……」
俺たちが過去の世界から渡ってきた群狼武風だという事は、あくまで状況がそろったから信じられたに過ぎない。
帝都に冥狼やら結社がいなければ、今もただの一商会として商いを続けていただろう。
「エルヴァール様、感謝いたします。あそこは私たちにとって、とても思い出深い場所なので」
「そう言ってくれるのなら良かった。だが陛下にこの話をした時、ある提案をされてね……」
どうやらここからがこの話の本題らしいな。提案と言う以上、条件ではないのだろうが……。
「貴族院には幾人か衛士がいるのだが。黒狼会から誰か衛士として雇われてくれないだろうか」
衛士……ようするに警備員とかそういう役職の事だろう。
帝国軍兵士や騎士とは違う、貴族院を専門にした警備担当者の事だろうか。フィンは面白そうな目をして続きを待っている。
「それは……何かあった時、貴族街に居た方が手っ取り早いからですか?」
「それもあるが、それなら以前の様に私の家に護衛として来るだけでも良い。……実はアデライア様が、少し前から貴族院に通われているのだ」
「……なるほど」
その説明で十分だった。要するにウィックリンが、貴族院の警備体制について安心したいという事なのだろう。
アデライアに甘すぎる……とも言えないか。結社は白昼堂々とアデライアを狙う様な奴らだからな。
「もちろん黒狼会の都合もあるだろうし、何よりヴェルト殿たちは陛下の臣下という訳でもない。受けてもらえるなら、きっちりと謝礼を払うとの事だ」
エルヴァールは具体的な条件について話してくれた。もしやるならなるべく毎日働いて欲しいが、無理は言わない。そして人数もこちらに任せるとの事だった。
まぁ貴族院も多数の坊ちゃんたちが通っているんだし、元々警備自体は厳重だろう。何でもかんでも黒狼会頼み……というのも、帝国としての矜持に関わる。
……結社にまともに太刀打ちできるのが俺たちだけだと考えると、矜持にばかりこだわってもいられないだろうが。
「ふーん、面白そうじゃん! やろうよ、ヴェルト!」
「お前、こういうの好きだよな……アックスもか……」
フィンは黒狼会の業務量が特に多いという訳でもないからな。その分、何かあった時にはかなり動いてもらっているのだが。
最近は平和だし、いろいろ時間を持て余しているのだろう。だが話自体は悪くはない。
「分かりました。一度みんなで話し合ってみますが、お受けする方向で考えてみましょう」
「助かるよ。……ふふ、彼の群狼武風が警備にあたるのだ。貴族院は帝都で最も安全な場所になるだろうな」
「さて……それは買いかぶりな気もしますが……」
とにかく重要なのは、ローガの墓参りができる機会に恵まれたという事だ。実際に遺骨が埋まっている訳ではないが、あそこは俺たちにとって無視できない場所だ。
今の黒狼会は、あの日あの場所が原点になっているのだから。
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