第97話 アデライアとディアノーラ

 エルセマー領より帰還して5ヶ月。アデライアは15才を迎える事もあり、貴族院に通う事が決まっていた。


 元々少し人見知りする性格もあり、本人はあまり乗り気ではない。


 だが正式に自分の護衛騎士となったディアノーラが貴族院内まで付き添ってくれるという事もあり、とても心強くも感じていた。


「ディアノーラは去年まで貴族院に通っていたのですよね? どんなところなのです?」


「そうですね……」


 ディアノーラは自身が感じた2年についてアデライアに語っていく。


 普通であれば知り合えなかったであろう者たちと誼を結べたのは、ディアノーラからすれば喜ばしい事だった。何より。


「私はアルフォース家という事もあり、その道は決まっていますが。それでも貴族院に通っていなければ、黒狼会に……ヴェルト殿と知り合えていたか分かりませんからね。そういう意味でも貴重な経験ができたと思っています」


「……実は貴族院に通う事が少し不安なのです。お姉様も一度賊に襲撃されていますし……」


「その事もあり、アデライア様には特別に私が付きっきりで護衛できる事になったのです。どうかご安心を。私がいる限り、アデライア様には指一本触れさせません」


 結社はまだアデライアを諦めていない。少なくとも諦めたと判断する材料がない。そのためウィックリンは、いくらかアデライアの身辺警護に手を回していた。


 貴族院に通わせないという判断はなかった。アデライアの将来のためにならないし、何より賊に恐れをなして貴族院生活を見送ったとなれば、成人してどんな噂が流れるか分かったものではない。


 地方に住む貴族とは違い、皇族は末席であっても貴族院に通うのが普通なのだ。


「それにアデライア様に何かあれば、黒狼会も黙っていないでしょう」


「……ふふ。そうですね。現在に魔法を伝える伝説の群狼武風。ヴェルト様が守ってくださるのなら、私も心強いです。……あ、その。ディアノーラが頼りないという意味ではなくて……」


「分かっております。比べる相手が群狼武風であれば、アルフォース家の威光も霞むというものです」


 ディアノーラもアルフォース家に継承された力もあり、並の騎士を上回る実力がある。だが直にヴェルトの戦いを目にしているし、幻魔歴末期を生き抜いた傭兵たちに勝てるとは考えていない。


 同時に、大きな目標が得られた実感もあった。いつか彼の傭兵たちから認められる実力を身に付けると。


「私は武術については分からない事が多いのですが。やっぱりヴェルト様はディアノーラから見ても、それほどのお方なのですか?」


「はい。リアデインとの戦いでは生身の状態で武器がないにも関わらず、私よりも戦えておりました。それにエルセマー領のお屋敷で戦ったという七殺星の1人。彼の暗殺者との戦いは伝え聞く限りではありますが、私では対応が難しい者だったのは間違いありません」


 何せ部屋に入ってきた者を瞬時に刺客だと見抜き、その場で対応したというのだ。


 長年戦いに身を置いていた者が持つ嗅覚みたいなものかとも思うが、いずれにせよディアノーラでは、外で戦いがある中伝令に紛れた暗殺者に即応できる確信はなかった。


「もちろん、私も日々己の武を磨いております。次に七殺星が来ても、決して遅れをとるつもりはありません」


「頼りにしています」


 アデライアはディアノーラの想いを素直に嬉しく思う。その一方で、守られてばかりで何も返せていない現状に申し訳なくも思っていた。


 もちろんディアノーラがそうした見返りを求めていない事は分かっているのだが。


 そしてそれは黒狼会にしても同じこと。アデライアは改めてヴェルトたちに感謝すると共に、何かあった時には力になりたいと思った。


「……そういえば。ヴェルト様たちと話していて、気づいたことがあるのです」


「気付いたことですか?」


「はい。私の眼ですが。赤くなった時期は、丁度ヴェルト様たちがこの時代にやってこられた時期と同じなのです」


「それは……」


 魔法の事は何も分からない。だが全くの無関係だと笑う事はできなかった。


 何せヴェルトたちはゼルダンシアにあった大幻霊石から祝福を受けている。そしてその祝福を授けたのは、当時の巫女であるシャノーラだ。


 原理は分からないが、ヴェルトたちが時を超えて魔法という力をこの時代に持ち込んだ事と、アデライアの眼が何か関係ある可能性は十分考えられた。


「……時代が時代なら、アデライア様も巫女となられていたのです。確かに何か特殊なお力があるのかもしれません」


「はい。結社が執拗に私を狙う理由も、この眼にあると思うのです。その理由までは分かりませんが……」


 リリアーナの話によると、結社エル=グナーデの総裁であるレクタリアも片目が赤いという。古の巫女の血筋なのは間違いない。


 この辺りの情報に関しては、帝国よりも結社が多く持っているのだろう。その配下や七殺星の実力も思うと、本来であれば対処するには難しい相手だ。だが。


「本当に、今という時代にヴェルト殿たちがいてくれて良かったです」


「はい。ヴェルト様方を現在に送ってくださったシャノーラ様には深く感謝いたします」


 現状、黒狼会は結社や七殺星と直接やり合っているが、その全てで負けていない。むしろ結社最強だという者に対して、一方的な相性だとも聞く。


 この事実はアデライアたちからすれば強い安心に繋がるし、結社からすれば大きくその対応を迫られることになるだろう。ここ数ヶ月、帝都でそれらしい動きが見られないのも、黒狼会の影響があるのではないかと考えていた。


 だが油断はできない。時間を空けた分、相手はしっかりと準備してきている可能性もあるのだ。差し当たって怪しいのは、ルングーザ領で魔法の研究をしているというヴィンチェスターだろう。


「ルングーザ領について、何か情報はありますか? お父様は聞いても詳しく答えてくれなくて……」


「……確かに気になりますよね。私も全てを知っている訳ではないのですが。目立った成果物について、特に報告は届いていないようです」

「そうなのですか……?」


 状況証拠でしかなく、物証はない。それでも、ヴィンチェスターは結社と裏で繋がり、ある程度魔法の研究を進めている可能性が高かった。


 だが仮に結社とヴィンチェスターが繋がっていた場合、結社はどういう狙いがあって帝国に魔法の技術を流す様な真似をしているのかが分からない。ヴィンチェスターも立派な帝国貴族の1人なのだから。


 ディアノーラはアデライアに言わなかったが、父から聞いた懸念があった。


(ルングーザ領に潜入した情報部の行方が掴めていないという。事故か……あるいは何かに巻き込まれたか……)


 これも何の根拠もない話なので、アデライアにはあえて伝えなかった。今は自身を巻き込む陰謀には目を向けず、貴族院で多くの知り合いを作って欲しいという気持ちもある。


 アデライアの気持ちを変えたい事もあり、ディアノーラはそういえばと口を開いた。


「ヴェルト殿たちが陛下とお会いになられたという話は聞きましたか?」


「はい。少し前の話ですよね。どういったお話だったのかは聞いていませんが、私に関するものだろうという予想はついています」


「ええ。実はその時、陛下はヴェルト殿たちに貴族位を与えると話されたそうなんです」


「え……! そうなんですか……!?」


 大幻霊石のあった昔ならいざ知らず、今の世で平民が貴族になる事はとても稀な話だ。


 多額の寄付や一部功績の認められた者が貴族位を賜る事はあるが、その多くは一代限りのもの。だがヴェルトたちに対しては、一代限りとかそういうものではないだろうと予想がつく。


「そういえばヴェルト様は元々旧ルングーザ王国の貴族……クインシュバイン様のお兄様ですものね。それじゃヴェルト様は……」


 弟と同じく、帝国貴族になる。立場が貴族となれば、何かと自分との繋がりも増えるだろう。それはアデライアにとってとても喜ばしい事であった。しかし。


「ですがヴェルト殿は、その場ではっきりと断られたそうです」


「え……」


「黒狼会としてやるべき事……帝都でどうしていきたいか、はっきりとお答えになられたとか。普通、皇帝陛下より直接貴族位の話をされて断れる者なんていないでしょう。この話を聞いた時、さすがはヴェルト殿だと強く思いました」


「そう……ですか……」


 もしかしたらヴェルトに会える頻度が増えるかもしれない。その希望が潰えた事で、アデライアは少し声のトーンを落とした。そこで自分の気持ちと向き合う。


(私……ヴェルト様に守ってもらいたいと考えている。何もお返しなんてできないのに……なんて都合が良い女なのかしら……)


 だがエルセマー領での会話を思い出す。あの時もヴェルトは、笑いながら見返りなどなくとも守ってくれると話していた。そして申し訳ないと思いつつも、それに素直に甘えていた。


 皇宮で静かに暮らし、他者との接触を最小限にしてきたアデライアにとって、ヴェルトは初めて心から頼りたいと思える存在だった。

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