第84話 結社最強と称される女

 何度か互いの武器を交えながら、ベインは驚いていた。


「まさかここまでやるとはな……!」


 エルクォーツ。それは結社が大幻霊石の欠片から精製した神秘の石。


 様々な種類があるが、その多くは肉体に埋め込む事で高い身体能力を得る事ができる。


 ベイン自身もエルクォーツを一つ埋め込んでおり、その身体能力を活かして大斧を振り回していた。


 一方のクインシュバインは、大剣一つで的確にベインの大斧を捌き、しっかりと攻撃に繋げてくる。油断すればその刃はベインを捉えるだろう。


 おそらく生来の剣才に加え、戦場で経験した多くの修羅場がその実力を鍛え続けたのだろうと考える。


 だが相手に驚いているのは、クインシュバインも同様だった。


「その斧……! まさか本当に使いこなせるとはな……!」


 再び大剣と大斧がぶつかり合う。だがクインシュバインは剣の刃を寝かせ、斧の力を横へと逸らす。


 重量のある武器がベインの腕力で振られるのだ、まともに受けては衝撃が身体に伝播する。それにここまでの戦いで、段々ベインの動きを読みつつあった。


「せいっ!!」


 器用に身体に捻りを加え、素早く大剣を振り抜く。


 ベインはその刃を軽やかなステップで躱しつつ、大斧を一旦自分の元に引き寄せる。そのまま遠心力を利用し、勢いをつけて真横に振り抜いた。


 しかしこれにクインシュバインは大剣を地に刺し、盾の様に受け止める。


「……! 頑丈な剣だな……!」


「名工の手によって鍛えられた業物だ、これくらいはな……!」


 ベインからすれば、今ので大剣は半ばから叩き折るつもりだった。しかししっかりと受け止めきられてしまった。クインシュバインもこの剣なら耐えられると読んだ上での行動だった。


 一方でリリアーナはというと、リステルマに押されていた。


 リリアーナの攻撃はリステルマに届かない。しかしリステルマは大きな光球から小さな光球まで用途に合わせて生み出し、リリアーナを追い詰めていく。


「くぅ……!」


「ロンダーヴが扱えるのは大したものですが。逆に言えば、あなたにはそれしかない。唯一の切り札にして武器。私にそれが通じない以上、この勝敗は明らかです。諦めなさい」


「誰が……!」


 リリアーナは真横に剣を振るう。無数の金属片がリステルマに襲い掛かるが、やはりリステルマが目前に生みだした大きな光球により、金属片による攻撃は無効化された。


 結果の分かりきった現象を前に、リステルマは溜息を吐く。


(……レグザックが中に入ってそれなりに時間が経っています。ここにベインが抑え込んでいる騎士に、リリアーナまでいる以上、屋敷の中にはそれほど戦力が残っていないはず。……あの男。また悪い癖が出ている様ですね)


 リステルマは屋敷の中でレグザックが遊んでいると考えた。だからあの男は嫌なのだ……と考えていたその時。屋敷から一人の男が姿を見せた。


 異様な男だった。黒い甲冑を全身に纏っており、入り口を守る騎士たちも驚いている。


 だがその男が右手に持つ何かを高々と掲げた時。リステルマの思考はほんの一瞬停止した。





「レグザックは死んだ! 残りはここにいる者たちだけだ!」


 俺はレグザックを掲げながら声をあげる。レグザックはまだ生きているが、ピクリとも動かないから死んだ様に見えるだろう。


 その俺を見た者の反応は様々であったが、襲撃者は分かりやすく驚いた反応を見せていた。


 何か状況が動いた。その確信を得たクインとリリアーナも、一度俺の近くまで下がる。


「ヴェルト!」


「ヴェルト殿か……!?」


「こいつは閃刺鉄鷲の刺客、七殺星の一人だ。外の連中は陽動、本命はこいつによるアデライアの誘拐さ」


 そう言うと俺はレグザックを屋敷の奥に放り投げる。俺はリリアーナとクインの持つ武器に目を奪われた。


「……二人とも、中々良い武器を持っているな」


「ヴェルト……! ほ、本当にあのレグザックを……!?」


「なんだ、知り合いか?」


 どうやらリリアーナも何か知っていそうだな。おそらくレグザックが未来を見る眼を持っているという事も知っているのだろう。


 襲撃者の中にいる女が、俺に視線を向けてきた。


「……驚きました。その男は腐っても七殺星。全身鎧をまとっただけで勝てる相手ではないはずですが……。あなたがやったのですか?」


「そうだ。しかしこんな性格に難がある奴を刺客に選ぶとは。結社とやらは碌な組織じゃないみたいだな」


「…………」


 十中八九、こいつらは結社エル=グナーデの関係者だろう。カマをかけてみるが、女は特に反応を示さなかった。


 しかしリリアーナは素直に驚いてみせる。


「え……。レグザックがしゃべったの……?」


「何でお前から襲撃者の正体を確認できるんだ……。まぁ良い。俺は結社が何をしたいのかは知らねぇが。これ以上やるってんなら、ここからは俺も参加するぜ?」


 できれば退いて欲しいところだ。襲撃者の戦力は未知数、このまま戦い続けて騎士たちに犠牲が増えるのも避けたい。


 ここで完全に叩き潰して、後顧の憂いを断ちたい気持ちもない訳ではないが、9人を相手にすれば1人は逃すだろう。


 どうあがいてもアデライア誘拐失敗の報告は結社本体に届く。


 相手からしてもレグザックを破った俺の力を把握しておきたいだろうし、一度引き下がる判断を下すか……と思ったが、女は一歩前へと出た。


「……始めからあの男の力など必要なかったのです。ここからは私1人で十分。こうなれば多少派手になっても、任務を遂行させましょう」


「おいおい、なんだそりゃ。初めからお前だけで良かったってのか?」


「ええ。ただ私が本気で動くと、どうしても目立ちます。それを遠慮しての役割分担だったのですが。手段を選ばないのであれば、誰の助けもいらなかったのですよ」


 不思議な雰囲気を持つ女だった。レグザックの様に目が光っているという訳ではない。


 しかし自分ならできるという確信を持っている事は分かる。


「改めて名乗らせていただきます。私は結社エル=グナーデの閃罰者、魔導姫リステルマ。……言っておきますが、自分から姫と名乗りたくて名乗っている訳ではありませんよ」


 そう言うとリステルマは、周囲の男たちに下がる様に指示を出した。リリアーナはそれを見て薄く汗を流す。


「ヴェルト。あいつは結社最強の女なの」


「最強……?」


「うん。現在に蘇った魔法使いの完成形。エルクォーツを4つも受け入れた異端の存在。部下を下がらせたのは、本気の魔法を使うためよ……!」


 また出たよエルクォーツ。それに現在に蘇った魔法使いねぇ……。


 しかし大幻霊石がない今の時代に、どうやって魔法の祝福を得たというのか。疑問は尽きないが、クインシュバインも唸る様に声を出した。


「確かに魔法使いと言われれば、納得の現象を生み出していた。大小様々な光球を自由自在に扱っていたのだ。あれでまだ本気でなかったとしたら……」


 クインもリステルマには相当警戒している。それだけの力があるところを直接見たのだろう。


「でも……! レグザックを倒したヴェルトと、結社の戦闘員と互角に渡り合えるクインシュバインさん、それに私が協力すれば……! もしかしたら……!」


「……あいつに何か因縁があるのか?」


 リリアーナは憎悪の視線をリステルマに向けていた。


 リステルマもリリアーナには何か思う所があるのか、こうしている今も黙ってリリアーナの動向を見ている。


「あいつは……私の姉を……!」


「……どんな因縁があるかは知らねぇが。今は邪魔だ。俺がやるから、お前はここで見ていろ」


「え……」


「クインもだ。あいつがもし本当に魔法使いだって言うのなら。この中で無傷で勝てるのは、俺しかいないからな」


 そう言うと俺は前に向かって足を進める。リステルマは静かに俺を見た。


「それは……甲冑かと思いましたが、微妙に違う……? 蠢いている様な……。あなたは一体……?」


「俺は黒狼会のボス、ヴェルト。アデライアをさらいたいなら、俺を倒してからになる。つまりは不可能という事だ。残念だったな」


「……黒狼会……帝都を中心に活動している商会ですね。どうして貴族を助けようとするのです? 恩を売って立身出世を夢見ているのですか?」


「掟だからさ。他にも個人的な事情はあるが」


 何せクインとメルは、奇跡的な再会を果たせた肉親だからな。


 というかなんだ、立身出世って。時代が違うし、今さらそんなものを夢見る年頃でもない。


「自信がある様ですが。私の魔導は、鎧如きで防げるほど甘くはありませんよ」


「現在に蘇った魔法とか言っているが、お前のもしょせんはもどきだろう? 違うっていうのなら……俺に見せてもらおうか!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る