第83話 商会ボスと暗殺者 ヴェルト 対 レグザック

 できれば直接この姿に変異するところは、あまり見られたくなかったが仕方がない。自分という存在の秘密とメルたちの命を天秤にかけ、俺はこうする事を選んだ。


 虚空に現出した黒い長剣を握り、男に斬りかかる。一閃二閃三閃。流れる様な動きで、連続で剣を振るう。


「んお! っとぉ!」


「…………!」


 驚いた。こいつ、俺の太刀筋を完璧に先読みして躱しきりやがった……!


 黒曜腕駆は発動させる箇所が広くなればなるほど、俺自身の身体能力も向上していく。全身に発動させた今は相当な強化が行われている。


 素早さや防御力など、一点に絞れば俺の強化率はじいさんやガードンを上回る事はない。だがトータルバランスで高いパフォーマンスが発揮できるのだ。


 しかしこいつは、初めて戦う俺の太刀筋を完璧に先読みしやがった。黒曜腕駆で十分に強化されていたのにも関わらずだ。よく見れば男の左目は今、淡く光っている。


「っぶねぇだろうがこら! てめぇ、その訳わかんねぇす……っ!」


 男の言葉を無視し、俺は指先を男の頭部に向ける。極小の魔力球を放とうとしたところで、男は大きく真横に跳んだ。


「……? お前、どうして今真横に跳んだ?」


 俺はまだ魔力球を放ってはいなかったし、男も俺がまさか指先から遠距離攻撃をしてくるとは考えていなかったはずだ。


 しかし完全に攻撃が飛んでくる事が分かっていたかのように、男は先に動いた。いくつか仮説は立てられるが。ありそうなのは……。


「そういえばリアデインは、初めて会う俺の名を看破していた。あいつも目が光っていたし、相手の名を見れるという特殊な眼球を持っているのかと思っていたんだが。てめぇは……」


「へっへぇ! どうやらマジでリアデインの奴を知っている様だなぁ! そうさ、俺も持ってんだよぉ! あいつの眼なんざ話にならねぇ、最強の眼をなぁ!」


「……未来でも見えてんのか?」


「そうだ! 俺は七殺星が一人、時読みのレグザック! エルクォーツに適合した事で得た身体能力に、未来を見る力! リアデインなんざ話にならねぇくれぇに完成された暗殺者が、この俺よぉ!」


 やはりリアデインと同じ七殺星か。俺が黒曜腕駆を発動させた時、こいつの目は強く光り始めた。姿の変わった俺を警戒し、未来を見る眼を発動させたのだろう。


「先に名乗るのが礼儀だって言ったよなぁ!? 今度はてめぇの番だぜぇ!?」


「黒狼会代表、ヴェルトだ」


 面倒な奴だな。しかし身体能力の強化は魔法ほどではないし、要はめちゃくちゃ速く動ける暗殺者ということだ。


 そしてそういう奴は幻魔歴でも戦ってきた。相手がどれだけ俺の攻撃が見えていても関係ない。何せこの勝負は、レグザックに今以上の切り札がない限りは、俺の勝ちが決まっているからだ。


「おいおい、自己紹介がえらく簡単すぎねぇかぁ!? もっとあんだろうがよぉ! 黒狼会ってのは最近俺も聞いた名だぜぇ!? てめぇ、エルクォーツはどこで手に入れた!?」


「……エルクォーツ? なんだ、それは」


「しらばっくれんじゃねぇ! 大幻霊石の無い今、そんな魔法染みた力を顕現させようと思えば、俺たちと同じくエルクォーツによるものに決まってんだろうが!」


 どうやらリアデインも見せていた魔法もどきは、エルクォーツという物と関係している様だ。


 これはいよいよ殺さない様に気を付けて、フィンへのお土産にしないとな。そう考え、俺は剣を消した。


「あぁん!? なんのつもりだぁ!?」


「魔法染みた……か。これはそんな力じゃねぇよ」


「あぁ!?」


「今から本物の魔法による暴力を……味合わせてやろう」


 そう言うと俺はさらにもう一度、黒曜腕駆を発動させる。これはまだ練習中だから短時間限定だが。


「お……な、なんだ……」


 腕部と脚部を中心に、形状が変化していく。より禍々しく、より攻撃的なフォルムになった両手両足は、俺にさらなる力を与えてくれる。そしてレグザックに向かって駆けだした。


「は……!」


 一瞬で距離を詰め、両腕を振るって腕撃を連続で繰り出す。レグザックは声を出す余裕もなく、真剣な表情で両目を見開き、俺の攻撃を躱し続けていた。


 驚くべき事に、レグザックはごく一瞬生じた俺の隙を突き、ナイフをあててくる。個人の戦闘能力は確かに非常に高いのだろう。


 しかし黒曜腕駆で覆われた俺の肉体を傷つけるには、同じく魔法による力か、圧倒的な威力を持つ物理攻撃のみ。至近距離から振るわれるナイフなど、おもちゃに等しい。


「…………!」


 いよいよレグザックの表情に焦りが混ざり始めた。自分の攻撃は通じず、距離を取ろうにも俺がその立ち回りを許さない。至近距離で俺の腕撃を躱し続けるため、瞬きもできない。体力の限界もある。


 こいつに隠し玉がない以上、こうなるのは読めていた。俺は防御も回避も考えず、攻撃だけに集中できるのだ。


 そもそも戦闘に対する意識の割き方から差が出ている。そしていよいよ、俺の攻撃がレグザックを捉え始めた。


「んぐふぅ……!」


 拳がレグザックの腹部に深く突き刺さる。レグザックは大きく体勢を崩し、致命的な隙を作った。当然、そこを逃す俺ではない。


 俺はそのまま両腕を繰り出し続け、レグザックの肉体をひたすら殴り続ける。だが適当に殴るのではない。


 的確に腕や足の骨を砕き、まともに呼吸ができない様に、ろっ骨も叩き折りにいく。またリアデインの様に自殺されない様に、両手の指も折っていった。


「ふんっ!」

 

 最後に胸倉を掴み上げ、床に強く叩きつける。レグザックは完全に意識を失っていた。仮に意識が残っていたところで、まともに身体を動かせる状態ではないが。


 仰向けになったレグザックの左目はもう光っていなかった。念のため今の内に左目も潰しておくか……と思ったが、メルたちが見ている事もあり思いとどまった。甘いとは思うが、今の俺は傭兵じゃないしな。


 二段階発動させていた黒曜腕駆を解き、元の状態へと戻る。


「……終わった……のですか……?」


 ジークリットが遠慮がちに声をかけてくる。俺はああ、と答えた。


「なかなかの使い手だったが。しばらくまともに動けないだろ」


「なかなかの使い手……ですか」


 もはや自力で歩く事はおろか、立つ事すらままならない。縛り上げる必要すらないほどだ。


 俺は念のため、暗器の類がないかレグザックの服を剥いでいった。


「ヴェルトさん!?」


「他に毒物を持っていないかの確認ですよ。ああ、うかつにこいつのナイフなど触らない様に気を付けてください。毒が塗られている可能性もありますから」


 レグザックを裸にした事で気づいた事がある。首の真後ろに、何か石の様な物が埋まっているのだ。そこを中心に、太い血管が脈動しているのが確認できた。


「ふん……?」


 気にはなるが、これも後からこいつに聞けばいい事だ。それに今は他にやる事もある。


 アデライアは俺が直接変身する姿を見るのは二度目だけあって、全員の中でも落ち着きを取り戻すのが早かった。


「ヴェルト様。またしても助けていただき、ありがとうございます」


「帝国民として当然の務めですよ。それにこういう輩は放っとかないというのが、黒狼会の掟でもありますから」


 まさかこんなにも怪しい連中とやりあう事になる掟だとは思わなかったがな。


「先ほども言った通り、こいつはなかなかの使い手でした。世にそうはいない実力者です。未来を見るとかいう特殊能力もありましたからね。おそらく外での騒ぎは陽動、本命はこいつがアデライア様をさらう事だったのでしょう」


「…………」


 アデライアも何となく、また自分が狙われたのだと感づいていた様子だった。


 しかし天下のゼルダンシア帝国の姫を二度に渡って狙ってくるとは。連中はそれだけの価値を、アデライアに見出しているという事になる。


「とはいえ、外の連中も相応の実力者の様です。俺は今からそれを止めにいってきますよ」


 そう言うと俺は、レグザックの首を掴んで持ち上げる。


「どうされるつもりですか……?」


「こいつを外の連中に見せれば、また何か反応が得られるでしょう。口頭でレグザックの名を出すだけだと、こいつの口を封じるために何かしでかしてくるかもしれませんから。念のため直接連れて行きます。他の襲撃者はいないと思いますが、万が一の際は大声出して呼んでください」


「……分かりました」


 さて。クインとリリアーナも心配だ。なるべく早く行くとしよう。

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