第41話 路地裏の邂逅 ヴェルト 対 怪物
屋敷の近くに暗殺者の仲間が張っている。そう考え、俺たちは外へと出た。そして予想は見事に的中した。
俺たちがそろって外に出た瞬間、明らかに意識を向けてくる気配を感じ取ったのだ。そこからはガードンを屋敷に残しつつ、俺たちは狩りを始めた。
確認できた気配は二つ。俺たちも二手に別れて気配の主を探す。だが相手も自分たちが探られていると感じ、距離を離し始めた。
ここからは互いに気配の探り合いだ。そしてこういう仕事は、フィンが最も得意とするところでもある。
最終的にフィンと俺が一方の気配を、他の3人がもう片方を追う形で別れた。先行したフィンは見事に暗殺者を追い詰めたが、俺が追い付いた時にはどういう訳か、化け物になっていた。
「怪我は?」
「大丈夫だよー。でも気を付けて。あいつ尋常じゃない」
「みたいだな」
左手で化け物の突進を止めたが、実は後悔していた。倒れない様に何とか踏ん張って止められたのだが、左手には痺れが残っている。
黒曜腕駆を全身に纏った状態で、ここまでの衝撃を受けたのは初めてだ。生身で受けていたら、骨が折れていただろう。
(しかし目撃者も多いな。というかこのお嬢さんに騎士たちは。今日会った奴らじゃないか)
おそらく貴族かと思うと、あまりお近づきにはなりたくないが。今はそうも言ってられないな。
「ぐるぁあああ……あああああ……」
「これじゃ捕まえてもまともに話せそうにないな……」
そもそも捕まえても大人しくなると思えない。俺もしばらく左手が使えないし、仕方がない。手加減は無し、殺す気でいく。
「があああぁぁっぁあああああ!!」
化け物は再び突進してくる。速い……! 身体能力を強化したガードンやじいさんに近い動き……要するに普通の人間を遥かに超えている。
「おおおお!!」
俺も勢いをつけて駆けだす。そして右足から鋭い蹴撃を放つ。蹴撃は化け物の腕を弾き、その体勢を大きく崩した。
「はっ!」
そのまま右腕を突き刺す様に真っすぐ放つ。だが腕からは鋼を叩いたかの様な感触が伝わってきた。
「ガアァァ!!」
今度は俺に生まれた隙を突き、化け物が腕を横薙ぎに振るってくる。相手の方が上背があり、重力も乗る分威力が高い。
俺は無理に防ぎきることはせず、腕でガードしながらも両足を地面から放す。大地の踏ん張りも無くなった分、俺は簡単に吹き飛ばされた。
「ああ!!」
「やられた!?」
「いや! わざと地面から足を離し、自分から吹き飛ばされたんだ……!」
どうやら女騎士には見えていた様だ。というかあの子、騎士たちの中では一番強いと感じた子だ。
俺はその子の言う通り、わざと吹き飛ばされた。まともに化け物の腕撃を受けきるよりも吹き飛ばされた方が、この甲冑にダメージは通らないと判断したのだ。
そしてここはそれほど広くないフィールドだ。すぐに近くの壁にぶつかり、あまり遠くまでは吹き飛ばされないだろうという事も考えていた。
「威力は想像以上だったがな……!」
激突した壁には大きなヒビが入っていた。とんでもねぇな。この甲冑じゃなければ、間違いなく今ので瀕死だった。
こいつは増々、街に放つ訳にはいかねぇな……!
(ロイかアックスならもう少しスマートに終わらせられていただろうが……仕方ない、こいつを使う!)
俺はわざとらしく剣を引き抜く動作を行い、黒い剣を顕現させた。
本来ならばそんな動作など必要ないが、いきなり何もない空間から剣を取り出すと、目撃者の騎士たちにどう思われるか分からないからな。
……まぁ元々剣なんて身に付けていなかったし、これもなかなか無理があるのだが。
「剣を……!?」
「どこに身に付けていたのだ……!?」
やっぱり疑いの目で見られているな。だがそうと悟られず持っていたと納得してもらうしかない。
「さて……あまり時間もかけられない。これで決めさせてもらうぞ!」
電光石火の如く踏み込み、化け物に対し一瞬で距離を詰める。そのまま至近距離から剣撃を放ち、片腕を切り落とした。
「グギャグルルウアアアアアア!!」
化け物も必死だ。身体を激しく振りながら暴れる。だが迫りくるもう片方の腕を切り落とし、動きを抑え込むために足にも斬撃を放つ。
そうして大きく倒れ込む姿勢を作ったところで、その丸太の様な首に剣を滑りこませた。
「…………っ!!」
まじかよ……! これで首を飛ばすつもりだったが、剣は首の半ばで止まってしまった。
骨があまりにも硬い。かなり勢いを付けた一撃でなければ、切り落とす事ができない手ごたえだ。
「ち……!」
仕方ないので剣を首から抜き、その場を離れる。しかし化け物はピクリとも動かなくなり、その場に倒れ込んだ。
「これは……!?」
化け物の肉が急激にしぼんでいく。見る見るうちに化け物は枯れた裸の老人の姿に変化した。
いや、無理やり生気が抜かれた様な姿をしているため、老人に見えるだけなのかも知れないが。その死体は両腕がなく、首は半ばまで切れていた。
「こいつが化け物の正体……?」
「少なくとも私が最初に見た時は、普通の人間の姿だったよー。顔は仮面で隠していたから見えなかったけど」
そう言うとフィンは地面に落ちていた仮面を拾い上げる。どうして暗殺者がこんな化け物になったのかは分からないが。こんなのが他にもいるとは思いたくはないな。
「黒騎士様!」
振り向くとお嬢さんが近づいてきていた。お嬢さんは俺の他にもフィンに対しても視線を向ける。
「助けてくれてありがとうございます。それにそちらのあなた様には、以前も助けていただいたお礼を申し上げますわ」
「……以前?」
「ほら。貴族街で……」
そこまで聞いておおよそ理解する。以前フィンが貴族街でさらわれそうになっていた少女を助けたと話していたが、おそらくその事だろう。
フィンも思い出した様で、あっと口を開きかける。だが俺はここでフィンの肩に手を置き、言葉を封じた。
(ここでその時のことを認めると、貴族街に潜入していたことが明るみに出る。許可のない者が貴族街に入るのは、罪に問われる行為だ。お嬢さんには知らぬ存ぜぬを通すしかないな)
それに今の言葉でお嬢さんたち全員が貴族であると確認もできた。あまり余計な情報は与えない方が良いだろう。
「黒騎士様。改めてお礼をさせていただきたいのですが……」
「それには及びません。帝都に住む一市民として、当然のことをしたまでです。結果的に一人の命を奪うことになってしまいましたが、彼を放置すればさらに被害は出ていました」
あくまで無害な帝国民である事をアピールしつつ、殺したことも正当化させる。ちゃんと正当化できているかは疑問だが。
「分かっていますわ。被害が大きくなる前に対処したのだと、私たちが証人になります。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「貴人たるあなたに覚えていただく価値などない者です。どうか我らの事はお忘れ下さい。それでは……」
暗殺者の仮面を持ったフィンを抱きかかえると、俺はその場で大きくジャンプした。
手頃な壁の出っ張りを蹴っていき、建物の上まで一気に登る。そのまま屋上を伝って、屋敷への帰路へとついた。
「良かったの、ヴェルト」
「なにがだ?」
「魔法、使っちゃったじゃない?」
「……何とか誤魔化せていることを祈るしかないな」
しかし気になるのはもう片方の暗殺者だ。あっちもこんな化け物になっていたら面倒な事になるが……。
「フィンも気遣って俺の名前を呼ばない様にしていただろ? まぁ多少怪しいとは思われていても、そう簡単に俺たちと黒狼会は繋がらないだろう」
「だと良いけどねー」
結局あの暗殺者たちを放ったのが誰かは分からなかったが、どうせ雷弓真と冥狼だろう。
屋敷に直接仕掛けられたんだ、ここはロイ案を受け入れ、こちらからの積極攻勢に入るとしよう。
■
ヴェルトとフィンが去った路地裏では、ヴィローラが上空を見上げていた。その方向は、ヴェルトが飛び去った方角になる。
「姫様、お怪我は!?」
「平気です。ジークリット、その子は?」
「眠っているだけです。特に外傷はありません」
「そう……良かった……」
リーンハルトとディアノーラも立ち上がると、ヴィローラの元へと駆け寄った。
「姫様。あの少女はお知り合いだったのですか?」
「知り合い……という仲でもございませんけど。以前、暗殺者たちの襲撃を受けた時に助けていただいたのです」
「そうでしたか……」
ディアノーラは化け物との戦いを思い出す。驕りでも何でもなく、ディアノーラ自身この中で最も腕が立つのは自分だという自信があった。
そもそもアルフォースの名を名乗れるというのは、そういう事なのだ。自分には他の者にはない特別な力があるし、多少の強敵程度では自分の剣は崩せない。
その自信はあったし、剣才についても人並み以上のものを持っているという自覚もあった。
だがあの化け物には敵わなかった。単純に力だけで押し切られてしまった。
そもそも剣でまともな傷も追わせられなかったのだ。自分とリーンハルトの二人掛かりで抑えきれなかった時、ディアノーラは敗北を感じ取ってしまった。
しかしそこであの……ヴィローラが言うところの黒騎士が現れた。黒騎士は絶対敵わないと思った化け物をさらに上回る力で圧倒してみせた。
剣を振るったのは一瞬だったが、その動きだけでこれまで相当な戦歴を歩んできている事も分かってしまった。
(……まさか在野にあれほどの実力者がいたとは。それに一緒にいた少女。彼女も相当だ。あの男が化け物にならなければ、彼女だけで片はついていた)
悔しいが、二人は自分よりも実力が上だろう。リーンハルトも表情は硬い。ディアノーラはリーンハルトも自分同様、黒騎士と少女について考えているのだろうと思った。
「いずれにせよ、この事は騎士団に報告しておく必要がありますね」
「はい。もしかしたらこの化け物も、最近帝都を賑わせている怪物と関係があるかもしれませんし……」
「しかしあの黒騎士と少女は一体何者なのでしょう? 敵意は感じませんでしたが」
「あら。通りかかりで暗殺者たちから助けてくれる少女と、その少女がボスと呼ばれる方ですわ。とても謙虚な態度でしたし、怪しい方ではないと思うのですが」
しかしヴィローラのこの言葉を、ディアノーラは素直に受け入れることはできなかった。
黒騎士が身に纏っていた甲冑からは、得体の知れない気配が発せられていた。生きている様な、そんな感覚すら感じた。
幻魔歴時代から伝わる呪われた甲冑。そう言われた方がまだ納得ができる。正直、ディアノーラはヴィローラに対し、よくあの黒騎士に近づけたものだと感心すらしていた。
「でもあの暗殺者。黒狼会という名を呟いておりましたわ。黒騎士様と何か関係があるかもしれません。調べてもらいましょう」
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