第4話 正ヒロインと言う名の宝箱
大聖堂離宮。
現在は、聖女候補者たちの居住地として使われている。
厚い壁を隔てた向こうで、無数の剣戟、怒号、悲鳴が反響している。
どこか他人事のようなそれを耳にして、カレンは目覚めた。
せっかく、つまらない現実から抜け出したのだ。
やる事は決まっている。
生地の薄い寝間着を脱ぎ捨てると、薄紫色を基調とした、豪奢なドレスに着替える。
丹念に織られた上質なそれは、纏わりつくように重い。
深窓の令嬢を飾るためのものだ。機能性など考えられてはいない。
ゲームのステータス的にも、ちょっとした革鎧くらいの重量があった。
エンドテーブルに置かれた、緻密な細工の指輪を人差し指にはめる。
これは魔法の行使に必要なものだ。後々、言及する事になるだろう。
壁に掛けられた直剣と、
剣は、
肝心の
どんな名剣よりも金がかかっているだろうが、実用性は低いだろう。
令嬢の細腕に、一応の刃物を持たせただけの、護身用と言うのも憚られるような間に合せの剣。
金属製の丸盾は、まだ真面目な品と言えた。
貴族の決闘用にあつらえられたそれは、確かな厚みがありながら、カレンのひ弱な腕でも負担にならぬほどに軽い。
見た目の無骨さが、他の装備から浮いているが、非常事態の今は仕方がなかった。
さて。
現在、この離宮は襲撃を受けている。
こうしている間にも、両陣営の断末魔があちこちで迸っている。
カレンは隣の部屋に移動した。
「ぁ……カレン様、ご機嫌、麗しゅう……」
部屋に居た、長いダークブラウンの髪をした少女が、萎縮した様子で挨拶をしてきた。
正ヒロインのトリシアだ。
いかにも洗練されていない庶民の顔立ちに、身に纏った白と黒のツートンカラーの法衣が似合わない。
儀礼的なそれを、着ていると言うよりは着られていると言える。
「単刀直入に言います。装備を交換致しましょう」
カレンの一方的な言に、トリシアが後ずさった。
離れた歩数を詰めるように、カレンが前に出た。
そして、幼い丸みの残るトリシアの顎に、
「非力な貴女には過ぎた物です。この大聖堂に居続けたいのであれば……お解りですね?」
素性を正ヒロインにした場合、大聖堂からかなり実用的な装備が与えられる。
武器は大小三種も与えられ、高性能エンチャントを施された法衣は、本来であれば終盤にようやく手に入る逸品だ。
魔法の指輪も、正ヒロインだけ最初から二つ与えられる。
大聖堂は明らかに
逆の立場で言えば、この序盤で、いかに悪役令嬢から装備を守るかが問われると言う事だ。
そして今回は、カレンが勝ったと言う訳である。装備の交換が済んだ。
長い刀身の細身剣・エストック。
聖者の法衣。
剣と服をそっくり交換し、お互いに着替えた。
早速、基本的な装備がほぼ完成した。このエストックと法衣だけでも、ラスボスまで戦い抜ける。
後は魔法と、その触媒となる指輪を増やし、+αでエストックでは対応できない穴を埋める、サブウエポンを気長に集めるだけで事足りる。
過去、発売された死にゲーの多くがそうであったように、闇と光のキセキの武器は、強化してやればほとんどが最後まで使える。
威力の優劣を気にしなくて良いので、重さや使いやすさで、自分に合った武器を愛用出来るのだ。
魔剣や聖槍と言った非売品の物もあるにはあるが、装備に要求される能力の敷居や、性能の癖などもあり、一長一短である。
だから、この“取引”も別段、不公平なものではない。彼女もドレスソードを強化して使いたければ、自由にすれば良い。
あの成金趣味ソードとて、リーチが短いとは言え、使用感の素直な直剣なのだ。カレンの戦闘スタイルには合わなかっただけであり、決して粗悪な武器でも無い。
気に入らなければ処分するのも自由だ。
カレンはまた、トリシアの耳元に唇を寄せた。
「金銭的にはむしろ、貴女が得をしたのですよ」
正ヒロインの華奢な身体が縮こまったのをひとしきり確認してから、カレンは彼女から離れた。
「平和な世が戻ったなら、売って生活の足しにでもして下さいな」
目的を果たしたなら、このヒロインとはあまり関り合いにならない方が良い。
攻略Wikiによると、悪役令嬢プレイでは、要所要所で正ヒロインとのイベントがある。
大抵、今の装備交換のように莫大な恩恵を受けられるのだが……やり過ぎたり、横暴の証拠を残してしまうと“没落ルート”に追いやられ、大聖堂から追放されてしまう。
大聖堂は聖女候補者にとって、主要施設の揃った拠点である。
金輪際、買い物もろくに出来なくなると言えば、どれだけ致命的なペナルティかはわかるだろう。
例えば今の場合、こちらのドレスソードなどを渡さずにトリシアの装備だけを一方的に剥ぎ取ったり、魔法の指輪まで徴収したりすると、没落フラグが立ってしまう。
強欲をかけば、最後に大損が待っているのはいつ・どこの世界も同じと言う事だ。
悪役令嬢と言うハンデを自ら課してはいるが、そこまでの縛りを受けるつもりは無い。
カレンは速やかに、最初の戦場へと躍り出る。
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