八、人間国の姫と獣人国の王子が一緒になること⑥

 シェルが頭を下げ続けていると、今までの話を聞いていた国民たちからパラパラと拍手が巻き起こり、それは一気に王宮を包むまでになった。シェルはその拍手の渦に驚いて思わず顔を上げてしまう。すると、


「姫様ー! 王子ー! お幸せに!」

「我らに平和を!」

「本当の意味で友好国にしてください!」


 そう言った声が聞こえてきた。シェルはそんな温かな言葉たちに思わず涙ぐんでしまうが、泣くことはぐっと堪えた。そんなシェルの様子に、ゼールは柔らかくほほむのだった。

 こうして幕を閉じたシェルたちの演説は大成功と言っていいだろう。国民たちは再びシェルたちの婚約を祝福するようになっていた。


「あんなけなな二人を見せつけられたら、そりゃあ……、な?」

「悪い話も出てくるかもしれないが、今後も姫様たちを信じるよ」

「そんなに素敵な演説なら、自分も行きたかった」


 そんな声が町には広がっていた。


「良かったな、シェル」


 ゼールは人間国の国民たちが鎮まったことを確認するとシェルにそう言葉をかけた。シェルもその言葉に笑顔を返した。


「ゼール様のお陰で、本当の意味で国民たちと分かり合えることができたように感じました」

「俺は別に、何もしてない。シェルが頑張ったんだ」


 ゼールはシェルの言葉にそう言うと、シェルの頭をポンポン、と軽くでた。

 国民たちが祝福ムードに戻ったこともあり、人間国王宮ではこれから、王侯貴族に向けたシェルとゼールの婚約パーティーが開かれることになっていた。シェルの悪いうわさを流したとされる後宮のきさきたちだが、国王の名の下に、全員後宮から追放されることとなった。それでも国王にはまだ他に妃が残っており、人間国は今後、この一夫多妻制についての課題を抱える形となった。


「さぁ、行こうか、シェル」

「はいっ!」


 シェルは差し出されたゼールの手を取ると、パーティーの会場となっているダンスホールへと向かって歩き出した。

 それから二人の登場に合わせてそうごんなオーケストラの生演奏が響く。招待されていた王侯貴族たちはういういしい二人に暖かい拍手を送る。

 そのまま曲調が変わり、二人は手を重ね合わせダンスを披露した。王族同士のきらびやかなダンスに、その場にいた誰もがくぎけだ。

 シェルは真っ直ぐにゼールを見つめながら、三回目となるダンスを踊る。こうしてこれからも何度も一緒に踊ることになるだろう。それはなんて幸せなことだろうか。

 シェルはそんなことを思う。顔は自然と笑顔を作っていた。


 そうして一曲が終わった後だった。


 シーンと静まりかえるダンスホールの中央で、ゼールはシェルの手を取りひざまずく。それからしっかりとシェルの目を見つめながら、


「シェル、もう一度言う。俺と、結婚してください」

「はいっ!」


 今度はシェルは泣かなかった。代わりに顔には満面の笑みを浮かべている。そんな二人に、ダンスホール中から割れんばかりの拍手が響くのだった。

 そんな中、二人の元へヴァンが歩み寄ってきた。その手には大きな花束を抱えている。それからヴァンはシェルへ、


「おめでとう、シェル」


 そう言って花束を差し出した。思わぬサプライズにシェルは驚いてしまった。それから笑顔でヴァンから花束を受け取った。

 ヴァンはシェルに花束を渡した後、ゼールに向かってこう叫んだ。


「シェルを泣かせたら、許さないからなっ!」


 それはヴァンなりの強がりと、ゼールへの歩み寄りだった。ゼールはヴァンがいつも恐怖から震えていたのを知っていた。だからこそ、この叫びに対して余裕の笑みを浮かべると、


「お任せください、ヴァン王子」


 そう言って礼をとる。思ってもみなかったゼールの行動にヴァンはそっぽを向く。そんなヴァンの様子をシェルはクスクスと笑って見つめているのだった。

 それからの日々はあっという間に過ぎていく。

 シェルは獣人国での婚儀のため準備に追われ、ヴァンは次期国王としての執務に終われる。ゼールも獣人国へと戻り、婚儀の準備を調えていった。


 そうしてとうとう、シェルが獣人国へと嫁ぐ日が来た。一緒に獣人国へ来ることを望んだ侍女と供に、シェルは獣人国へとやって来た。侍女はシェルの花嫁姿を見ると、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら喜んでくれた。

 シェルはそんな侍女の気持ちに胸が一杯になりながら、婚儀が行われる祭壇へと向かっていく。


 祭壇の先にはタキシード姿のゼールが立って待っていた。シェルははやる気持ちを抑えながらゼールのそばまでゆっくり歩みを進める。

 シェルが歩くヴァージンロードの両サイドには両国の王族、貴族が集まっている。みなシェルの美しさに息を飲んでいるようだ。

 それからゼールの隣に立ったシェルに、ゼールはシェルにだけ聞こえるような声でこう言った。


れいだな」


 その優しい声音にシェルは一気に顔が赤くなってしまうのが分かった。

 それから婚儀は何事もなく進んでいく。

 最後に司会進行をしていた獣人族の聖職者に問われる。


らいえいごう、唯一の妻、唯一の夫とし、添い遂げることを誓いますか?」

「誓います」

「誓います」

「では、誓いのキスを」


 聖職者からの言葉に、ゼールがシェルの両肩に手を置く。それから、そっと見上げるシェルにキスを落とすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間の姫は俺様獣人王子に恋をする 彩女莉瑠 @kazuno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ