第4話

 目の前の黒い四角柱は、黒曜石のみたいに濡れた様な光沢を放っており、表面には解読不明な文字や図形がびっしりと刻まれている。

 俺が、目の前の異様な雰囲気を放つ物体に釘付けになり立ち尽くしていると、横に立つ小泉さんが、話しかけて来た。


「これは、人工的に作られたオブジェクトである祭壇モノリスと呼ばれる物です。普通のオブジェクトは朝方説明した通り、負の気が集まる淀みに自然発生し現世を瘴気で汚染します。」

「更にモンスターを召喚して、周辺の生き物を殺させて負の気を増やすんですよね。」


 穏やかな眼でモノリスを見つめる小泉さんを見て、目の前の物に危険性は無いと判断した俺は、小泉さんの説明を聞く事にした。


「この召喚室にあるモノリスは、異界との門に関する機能のみを管理、運用しており、組合員達へ提供しています。」

「異界との門ですか。モンスターを異界から召喚している能力を利用して、俺達に都合が良い様に使っている訳ですね。」


 小泉さんは、俺の言葉に柔和な笑みを浮かべたまま頷いて俺の言葉を肯定した。

 

「倉内様には、このモノリスで悪魔を召喚して頂き能力を手に入れて貰います。必要とされないコントラクターの方々は多いです。しかし、戦闘に関するスキルを持たない貴方には必須と判断しました。」

「有難い事ですね。銃を持とうとも素人が長く生きれる業界では無いと、思ってましたから。悪魔との交渉は此方が行うとして、折り合いが付かなかった際は、再度の召喚は出来ますか。」


「はい。組織が召喚に必要なモノは提供するのでご心配なさらないでください。召喚は、モノリスに触れる事で出来ます。」

「わかりました。」


 小泉さんに促されてモノリスへと近付く為に彼の横を通ると、俺に対して優雅に一礼した後、部屋を退室して行くのを気配で感じ反射的に振り返ってしまう。

 その視界には、ゆっくりと閉められて行く扉を目の前のモノリスをそっと手を触れた。



 視界が暗転したかと思うと、辺りの風景が変わり床に魔法陣の様な物が書かれたレンガ造りの一室に切り替わる。

 壁には、松明が掲げられて赤いレンガを更に強調している。

 床の魔法陣は、既に赤く光っており悪魔がこの空間に現れ様としているようだ。


【我が名は、フュルフュール。26の軍団を率いる地獄の伯爵なり。汝の名は?】


 俺が魔法陣や部屋の壁を観察していると、そこから強大な燃える尾を持つ牡鹿の身体悪魔が現れ、しわがれた声で名乗りを上げた。


「私の名前は、倉内と申します。偉大な地獄の伯爵よ私に力をお貸し下さい。」

【此処に来たと言う事は、貴様はコントラクターの様だな。他の奴と契約した様子が無い所を見るに実戦経験も無い新人と見た。であるならば、貴様が我に支払える対価はそう多くないであろう。さて、貴様に我が協力してどの様な利益を得れる?】


 訝しみ、圧を掛ける様に詰問してくる目の前の鹿を見て、就職活動で行ったブラック企業の面接を思い出した。

 偉そうに此方を値踏みしているが、実際は五分かむしろ人手が足り無い分、向こうの方が立場は低いのに圧迫する事により誤認させるのだ。


「確かに私が貴方様にお渡し出来る物は、多くありません。が、私が求める物もそう多くは、有りません。ですので、貴方の欲しい物をお聞かせ下さい。」

【ふむ。我が欲するは、ん?いや、これは。うむ。貴様に求めるのは、貴様が殺めた者共の魂だ。先ずは、初期投資として幾ばくかの力と我を呼び出す為の触媒を授けよう。更なる力を望むならば我に魂を備えよ。】


 俺を値踏みし、圧を掛けて話していた牡鹿は急に態度を和らげると、俺に力を貸してくれる気に成ったらしく、白いモヤの様な物を俺に放った。

 咄嗟の事で、右腕を前に出してそれを防ぐと、モヤは右手の前にゆっくりと集まり、幾分かが身体に吸い込まれ、残りは銀に輝く小ぶりな鹿角に成って手に収まった。


「ありがとうございます。あの。魂の集め方も教えて欲しいのですが?」

【ああ、そうだな。ならばこの石を与えよう。加工して魔導具にするのだ。使い方は、加工した者に尋ねよ。】


 言葉と共に牡鹿から赤いモヤが発せられたので、先程と反対の手で受け取ると、手には血の様に赤い宝石が在った。


「かしこまりました。頂いた力を活用して魂の収集に努めます。」

【うむ。新しい力を授けて良いと判断した暁には、我の使いをよこそう。では、さらばだ。】


 フュルフュールに別れの挨拶を告げられると、此処に来た時の様に視界が暗転する。

 開けた視界にはモノリスが全面的に映り、先程までの経験を幻の様に感じるが、手に握る二つの感触で違うと分る。

 契約を終えて特に召喚室にも用事が無いので部屋を出ると、廊下に小泉さんが立って居た。


「倉内様。此方でのご用事は、お済みになりましたか?」

「はい、無事に契約を終える事が出来ました。」


 扉を開けた先には、小泉さんが間隔を開けて立っていた。

 彼の質問に手に持つ感触を感じながら返答すると、彼は目を伏して頷いた後、一礼をした。


「では、次の施設であるへご案内させて頂きます。」

「お願いします。」


 彼の綺麗な所作に見惚れている俺に、小泉さんは次の目的地を告げると、廊下を移動し始めた。

 彼の言う備品室は、召喚室と同じフロアに有る様でエレベーターホールと反対方向へ廊下を少進む。


 暫くして辿り着いたのか、召喚室と同じ様な木の扉の前で彼が立ち止まった。

 扉には、召喚室と同じ様な安く見える白地の表札が掛かっており、黒い文字で備品室と刻まれていた。


 今回も小泉さんに開けて貰らった部屋の中には、入口の直ぐ前にカウンターと分厚いガラスが見える

 ガラスとカウンターは壁まで続いており、部屋を手前と奥の前後で二つに区切っている。


 カウンターの上には、反対に物を渡す為の隙間と音を届ける為の穴が開いており、カウンターと面する部分に設けられた隙間には、受け渡し用のトレーがガラス越しに見える。


 空間を仕切る分厚いガラスの奥には、電子錠タイプの貸金庫の様な棚が大量に並んでいる他、奥に空港や工場などにあるベルトコンベアの様な物や機械の腕マニュピレータが鎮座していた。

 そして一人の男性がそれらとカウンターの間に書斎用の高そうな椅子を置いて、座っていた。


 椅子に腰掛ける男性は年の性か少し後退した髪をオールバックにしており、目じりにしわが見える温和な表情と眼鏡が良く見える。

 男性の服装は、白いシャツに茶色のベストといったもので紳士的な雰囲気を漂わせており、室内に設置されたスピーカから流れるクラッシク音楽と新聞、コーヒーで休憩中と言った所だった。


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