第11話 助けてくれる誰かって誰?
抱きかかえた俺の腕の中で目を覚ました極彩色の魔女シエロは、とろんとした眠気眼のまま、むにゃむにゃと口を動かし、ふああと大きなあくびをした。
「おねえちゃん、帰ってきてたんだね……ふふ、もうずっと帰ってこないかもって心配してたんだよ……」
寝ぼけてるのか、ふがふがと喋り、徐々に目の焦点が合っていく、それと同時にシエロの身体が硬直してふるふると震えだして、次の瞬間には俺の頬へ平手打ちが炸裂していた。
「だ、だれ! な、何者なの!? 誘拐? 目が死んだ髭面の疲れたおじさんが、シエロを誘拐しようとしているの!」
「ちょ、ちょっと待て何を勘違いしている、俺だ俺!」
叩かれた頬をさすりつつも俺は自分を指さすがシエロは、ささっと後ずさりをして生えていた木の後ろに隠れて、そっとこちらを伺っている。
「あ、そうか、中身知らんのか、アトラ、今着れるか」
『承知しました』
アトラの承知と共に近未来バイクはぼろぼろと崩れ、崩れ切ったパーツは一つ一つが密集して腕や足のパーツに再構成されはじめる。
各パーツは俺の身体を包み、最終的に部位のつなぎ目から白い蒸気のようなものを吹き上げ、全身にフィットし、ボトルが固定されて隙間が消えて装着が完了した。
「これなら分かるだろ、俺だよ俺」
全身アトラススーツに身を包んだ俺は、自分の顔を指さしながらシエロにアピールをする。
するとシエロはじーっと見続けて、ハッと口を開けたかと思うと、そろりそろりと木の影から出てきた。
「あのときのくろいひと」
「そうだ、くろいひとだ」
俺はアトラススーツを解除して、再びビジネススーツ姿の義贋総司郎へと戻る。
アトラはバイク形態に変化し、俺の隣で待機状態に戻った。
「そっか、髭のくたびれたおじさんが、あのくろいひと、ふーん……」
「なんだよ」
シエロは俺の周りをくるくる一周して、じっと姿を見る。
「確かに俺はびしょ濡れでおっさんだが、怪しいやつではない」
シエロは口を開き、また閉じ、再度開く。
「……わかってる、シエロを助けてくれた」
「成り行きではあるけどな、逃げるためにこんな遠いとこまで連れてきちまったけど、後は自分で何とかできそうか魔女さん」
「魔女だけど、魔女さんじゃない、そう呼ばれるのなんかいや。シエロでいい」
「そっか」
殺されそうになった割には言い返す元気はあるようで安心する。
「それじゃシエロ、これから君はこの道の先にある街に行くんだ。そうすれば誰かが助けてくれるだろ」
自分で連れてきておいてなんだが、物凄い無責任な台詞を言っていると思う。
けれどこれ以上、彼女を危険な目に合わせる旅に連れていくのは気が引けた。
「……だれかってだれ?」
シエロは大きな薄緑色の瞳で、純粋な疑問を俺に投げかけた。
「誰かって、いるだろ、警察みたいな衛兵のような、またはどこかの大人とか、魔女仲間とか」
「シエロに魔女の友達はいない、シエロをよく思ってる魔女はぜったいにいない」
下を向いて言うのでその姿はあまりにも悲しそうだった。
「それに国に関わる人に近づいたら牢獄に入れられるっておねえちゃんがいってた」
それは魔女だからって意味なのだろうか。
でも確かに普通の幼女でも、魔女だとばれてしまえば国に伝わるわけだから、接触は控えたほうが良さそうなのは確かだ。
「そのお姉ちゃんは頼れないのか?」
シエロは俺の問いにぶんぶんと首を大きく振る。気のせいか少しばかり泣きそうで目がウルウルしている。
「いないのか。俺の旅は危険だしな、うーん……」
頭をかいてどうしたものかと考える。
街に頼れない、頼める大人を探すのも無理がある。
俺が頭を抱えていると、シエロはグズッと鼻を一度鳴らして、まだびしょ濡れの帽子をしっかりと被りなおす。そして地面に落ちていた俺のビジネススーツの上着を手にもって、俺の胸につき返してきた。
「なんとかする、だから黒い人は気にせずどこかへ行って」
「なんとかって」
「シエロは極彩色の魔女だから、死なない、死ねないの」
意を決したのか、シエロはずぶ濡れのローブのまま、裾を引きずるように歩みだした。
一人で街を目指すように。だがその足取りはゆっくりとしていて、背中は実際の背丈より小さく見える。
「死なないからって痛いは痛いだろ、多分」
シエロの後を追いつつ俺は声をかける。
走ろうとすればすぐに追いつけるが、彼女を追い抜くのはなんだか、ためらわれた。
「おい、無理すんなよ」
「おねえちゃんがいってた、いつかシエロの魔術が世界の為になる日が来るって、だからひとり旅で魔術を少しでも使えるようにするの、いま、きめたの」
「でも世界じゃ他の極彩色の魔女が、自分の魔術を広めて領土争いしてるんだろ? 魔術修行中の身で旅するなんて危険すぎるだろ、他の魔女みたいに自分の魔術を人に広めて助けてもらうことも、まだできないんだろ?」
「シエロの魔術は——そういうのじゃないから、シエロの魔術は違うから大丈夫」
どんな固有の<極彩色の魔術>を使うのか分からないが、明らかに強がっているのが見え見えだ。
「何が大丈夫なんだよ、そうじゃないからって」
俺は何を言っても歩みを止めないシエロを見て、「あー」と呻く。
どうしたらいいんだ、何を言っても、とまりゃしない。
だが、と俺は考える。
シエロが止まったからといってここに一人で置いていくことはできないし、他の人にも頼めない。となると答えはもう一つしかなかった。
守る相手がいないなら、俺が役割を果たせばいいだけ。
「アトラ、すまない」
『いえ、マスターの選択を尊重します』
俺は流線形のシルエットの近未来型バイクにまたがり、アクセルを吹かす。
現実世界では原付にしか乗ったことないが、アトラのサポートがあるのか、難なく発進することができた。
遠く離れていくシエロに向かって俺は握っているアクセルを捻る。
するとバイクもそれに応えるように、「フォンッ」とガソリン車では聴かないような高い音のエンジン音を奏でた。
「きゃっ」
寂しげに歩くシエロをバイクに乗ったまま片手で抱きかかえて、すぐさま俺の後ろのシートへ座らせる。
「な、なにするの! くろいひと!」
「魔術修行の旅といっても歩きじゃ辛いだろ」
「ぐ……でもシエロは一人でやらなきゃ駄目なんだよ、シエロの魔術が世界を変えるためには、はやく、もっとはやく魔術を使えるようにならないと」
シエロはまだ一人で行きたいのか、バイクから降りようと地面を見るが、スピードを上げるバイクから飛び降りるのは躊躇しているようだった。
「シエロ、俺が悪かった、さっきは無責任に誰かに助けてもらえなんて言って、ごめん」
「……別に気にしてないし」
顔は見えないがなんとなく唇を尖らせている気がした。
「俺が置いてくなんて選択肢は、元から選ぶ気はなかったんだ。選べないはずだ。黄金甲冑の刃を受け止めたときから、俺が極彩色の魔女シエロを助けていく選択肢を選んだんだから」
そう、あの時だけ助けて、後は他の人に丸投げなんて、大人のやることじゃなかった。
もしかしたら丸投げしていいこともあるかもしれないけど、この子は十三聖剣や各国に追われる<極彩色の魔女>で、しかも魔術も操れないただの小さな女の子だ。
保護者もいない特別な境遇に囚われた子だ。
そして俺には十三聖剣やそれ以外の魔術に対抗できるであろう特別な境遇の「力」が備わっている。
なら俺が助けるべきじゃないか。
そう思った途端、胸のつっかえが取れたようにスッキリとする。
これまでの人生は流されるままに生き、息苦しい会社のベルトコンベアに乗せられて死に向かって生きていくだけだったが、今まさに心のままに選択肢を選んだと俺は感じた。
「だから、俺はシエロが楽しく過ごせるまで手を貸すよ」
体内でアトラが『魔術を確保したら帰りますが』と抗議しているが、それはまた今度反論しよう。
「くろいひと……」
シエロも何かを考え、俺の腰にそっと手を回した。
「くろいひとじゃない、ぎがんそうじろうだ、そうじろうでいい」
「そうじろう」
シエロは珍しい名前を口で転がして、小さく笑い。
バイクと風切り音にかき消されるような小さな声で「ありがとう」と呟いた。
二人を乗せたバイクは街道をまっすぐに走り、遠くには石や木で出来た家々が並び立つ街へと向かっていく。
頬を撫でる風は柔らかくて気持ちよかった。
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