第9話 光速を超えて

 アウルムは俺自身を見つめている。

 黄金甲冑を身にまとっているのでその表情は読み取れない。


「連れていくのは一度考えろと言ったんだ、黄金甲冑殿」


「この期に及んで何をおっしゃいますか、黒甲冑殿」


 手を剣の柄にかけアウルムは、腰を落とし始める。


「剣から手を離せ」

「それは黒甲冑殿、次第」


 部下想いだった優しい青年の声とは裏腹に、まるで人が変わったように冷たく落ち着いた声で淡々と返す。


「この子、極彩色の魔女シエロは連れて行っても無駄だ」


「どういう意味です」


 抜刀しようとした手がピクリと留まる。


「彼女は魔術が使えないんだ。我が部屋に入った時や彼女が襲いかかってきたときも、彼女は魔術を使わなかった。普通なら最大火力で応戦するはずだが、手に持っていたのは料理用のちんけなフライパンだ。初めは魔術を使う気がないと思っていたがね」


 ちらっとシエロを見ると、シエロ自身も俺を見上げていた。


「だからこの子を連れて行っても魔術的な戦力にはならない。それに<極彩色の固有魔術>はまだ使えないって言ってただろ、半人前ってやつさ」


 半人前という言葉にカチンときたのか、シエロはむっと睨み返してきたが今は無視した。


「確かに魔術は使えないのかもしれません。ですが何らかの理由によりグロウスを使役していたことに違いはない。それが固有魔術として国に広められないならば、彼女が世界初のグロウステイマーとして働けばいいだけのこと」


「一匹のグロウスの為に、あんなに泣いている女の子でもか」


「ええ、国が圧倒的な力を持てば他国は攻め入ってきません。多くの民草を守ることができる。ならば一時の悲しみなど無意味でしょう」


「黄金甲冑殿、いやアウムル、あんたは部下の為に悔しがってただろ、危険な目にあわせたくないってな、ならこの子もそうだろう、我はそんなあんただから同行を申し出たんだ」


「魔女が部下ですって……?」


 くくく、とアウルムは笑う。


「部下は人間の事を指すんですよ?」


 すらりと鞘から剣を抜き放ち、アウルムは中段に剣を移動し、正眼で構える。

 抜き放った剣は真夜中にも関わらず、太陽のような眩い光を放っている。


「極彩色の魔女は人知を超えます。魔術の媒介無く魔術を行使し、使用できる魔術も我ら人間とは規格や概念そのものが違う。また生きているルールすら違うと言われています。そんな強者の為に誰が涙を流すでしょう」


 説得ではシエロは動かないと判断したのか、アウルムはシエルへ媚びへつらうのを辞め、剣を構え歩みを進める。


「死んでも死なないらしいですよ魔女は、だから言うことを聞かなければ、串刺しにして持って帰ればいい」


 ヒッとシエルが息を飲む声が俺に届く。


「さあ、痛みは感じるんですかねえ!」

「アウルム=レゥム!」


 振り下ろした剣を俺は咄嗟にアトラス・ナイフ<超振動高周波ブレイド>で受け止めていた。

 光輝く刃の刀身は見えないが振動するアトラス・ナイフと接触したことで、絶叫のような金属音と共に火花が飛び散る。


「逃げろ、魔女さんよ!」

「こんな僻地でどこに逃げようというのですか!」


 俺自身がアトラススーツの力を出し切れていないのか、黄金甲冑アウルムの能力が高すぎるのか、彼の剣激を抑えきれず、俺はそのまま扉ごと吹き飛ばされて一階へと落下する。


「くろいひと!」


 魔女の声が響き、彼女も逃げるように二階から戸惑いもせず1階へと跳躍した。

 

「アトラ!」

『お任せください、マスター』


 アトラによるスーツアシストにより俺の意思伝達を筋肉が反応するよりも早く、落下するシエロをアトラススーツが受け止めた。


「無茶するな、魔女さん」

「こ、こっちに逃げるしかなかったし! は、はやくにげて!」


 二階の手すりを見ると今まさにアウルムもジャンプし、1階へと着地したところだった。


「アトラ、武装はないのか」


『残念ながら、異世界に到着したばかりの為、情報資源の不足により現在対抗しうる武装はまだアトラス内に想像されておりません。退避を推奨します』


「退避って言ったって」


 アウルムの話ではここは人里も街も程遠い侵入禁止区域<手つかずの森>だったはずだ。

 街は遥か彼方であり、闇雲に逃げれば森の中で完全に迷子になる。


「迷子……?」


 俺はあることを思いついたが、こんなこと可能なんだろうか。

 あまりにも力技過ぎるし、何より、かっこよくないような気もする。


 いや、生きることにカッコイイもかっこ悪いもない。


「どのみち十三聖剣である僕から逃げることは魔女でもグロウスでも理論上不可能です、この世界のものでは僕に勝てない」


「随分と自信満々じゃねーか、その理論、『俺』ならあんたに勝てそうだぜ?」


 俺はそっとシエルを小脇に抱きかかえる。


「魔女を持って逃げるのですか? 人を担いだまま僕から逃げようなんて、笑えるどころか——舐められて虫唾が走る」


 刹那、目に見えぬ速度の刃が俺とシエロに放たれる。


「はしれえええええええええええええ!」


 俺の意思と同調するようにアトラススーツの背中にいくつかのパーツが集結し、小型ブースターを四機作り出す。踵にも同様のブースターが生まれ、一蹴りで音速を超えるようなスピードが生まれ、屋敷を後にする。


 屋敷そのものが音速による衝撃波で土埃をあげながら粉々に瓦解し、煙幕のようにもうもうと土をまき散らす。


『シエロ様の為、シールドを展開します』


 アトラの声と同時に俺を包み込む薄緑のシールドが展開される。

 背後から次々と何かしらの攻撃を受けているがそれすらも届かない。


「速く速く、更に速く!」


 俺の意識と溶け込むようにアトラスはスピードで答えてくれる。

 崖があれば手をかけるだけで瞬時に頂上まで移動し、崖があれば軽いジャンプで空を舞う。

 湖だとしても水上を駆け、太い巨木が道を阻もうともアトラス・ナイフで切り開く。


 音速なのか、光速なのか。

 学生時代も会社員時代もこんなに懸命に走ったことはない。

 懸命に走る意味も理由もなかったからだ。


 遅刻しそうだったとしても、周りの目を気にしてそれなりに走っていた。

 でもどうだ、今は力の限り走り、人知を超えたスピードのせいかアドレナリンが放出されすぎて勝手に笑いが込み上げて気さえする。楽しいこんなに走るのが楽しいことはない。


 一心不乱に走り続け、アトラススーツ内にアラート音が鳴り響いて俺はやっと正気に戻った。


『マスター、動力不足に陥ります』


「な、なんだと!?」


『異世界に到着後、度重なる戦闘により、これ以上の能力の維持は不可能です。あと数秒で動力は完全に落ちます。5……4……』


「ちょ、ちょっとまてぇ!」


 足元を見ると俺は海上を走っていた。

 脇には怯え切って腕にがっちりとしがみついているシエロが見える。


『3……2……』


 スピードは徐々に落ちていく。

 絵の具が伸びたような景色も形を取り戻し、俺を包んでいたシールドもガラスが割れるように粉々に砕け散っていく。


『1……』

「あともう少しで陸だ!」


 眼前には砂浜が見える。

 その先には道が伸びているのできっと町がある。

 

 砂浜まで足が届けば、あるいは——!


『……0』


 バシュンッという音共に、パソコンの電源が落ちるかのようにアトラススーツ内部の電源が落ちる。

 内部にいる俺自身から各部位のパーツが、部分的にぼろぼろと剥がれていった。


「く、くそ!」


 ぐっと腕に重りがのしかかったように感じる。

 シエロだ。


 彼女は心配そうに俺を見つめぐっと腕を握る。

 しかしそれもむなしく俺とシエロは海に落ちた。


 ローブを着たままのシエロは苦しそうにもがき、俺はスーツを着たままの重い身体で、何とか彼女を掴み、眼前に広がる砂浜を目指す。


 二十五メートルもない。

 楽勝だ、楽勝。


 思いつつも衣類を着用し、溺れないように暴れる少女を抱えながら沖を目指すなんて至難の業だった。


「こ、こんなところで……」


 海へと沈み、海面へと手を伸ばすが、アトラススーツで無理をしたせいか、中身である俺自身の力も限界であった。


 視界にうつるのは苦しそうなシエロの姿だ。

 彼女は小さく口元をうごかしていた。


(たすけて……たすけて……)と。


 そこで俺の記憶は途切れた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 黒甲冑が極彩色の魔女シエロを抱えて走り去った後、黄金甲冑アウルムは瓦解した屋敷の前で立ち尽くしていた。


 黄金の兜を脱ぎ、地面へと叩きつける。

 それは十三聖剣として、品もなく粗暴であるまじき行為であった。


「黒甲冑、きさまぁ……!」


 剣技や戦いで負けたことなど一度もなかった。

 しかも黒甲冑は戦う素振りすら見せず背中を見せて躊躇なく逃げだしたのだ。


 この世界で誰もが手に入れたがっている極彩色の魔女を手にしながら。

 それが騎士に対しての侮辱といわずなんと言おう。


 しかもその方法がただ「走って逃げる」なのだ。

 この第四の聖剣使いに対して、走って逃げるなんて戦法で勝ち逃げされたのだ。


 黒甲冑の力量よりも、相手にされていなかった事が怒りを更に強くする。

 これまで誰に対しても湧いたことのない強い感情が、彼の表情を鬼へと変えた。

 

「アウルム様、いったい!」


 爆音と轟音に気づき、アウルムの部下たちも次第に屋敷の前に集まりだす。


 黄金甲冑は隊に瓦解した屋敷の調査を命じ、憎悪に憑りつかれた形相からやっと普段の優しい顔つきへと戻る。


 地面へと叩きつけた兜を拾い、アウルムは黒甲冑が走り去った方向を見やる。


「こちらには蒼魔女アマイロがいる——この感情、長く抱える気はないぞ黒甲冑」



終幕 灰色な俺と黄金甲冑と極彩色の魔女

→次回 灰色の俺と無色透明な未来地図

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