第25話.商業組合
ギルドの資料室を出たクナは、階段の手すりから顔を出して、一階の様子を確かめた。
(さっきの男は、もう居ないか)
とりあえずほっとする。
立派な薬師を捜している、などと言っていた。調合したポーションを外れポーションなんて馬鹿にされるクナにとっては、ほとんどいやみだ。
受付には先ほど話した女性が立っている。
「すみません。臨時営業届というのは、どこに行けば出せますか?」
「商業区画にある商業組合に用紙が置いてありますので、そちらでお手続きができますよ。詳しくは組合の者に訊ねてみてくださいね」
礼を言い、クナは冒険者組合を出ると、大通りを左に曲がって商業区画に入った。
森の麓からウェスを見下ろしたときも、この東側の区画が最も大きく見えた。端から端まで、クナのような少女が歩けば三十分近くかかるだろうか。
今朝買い物をしたパン屋『ココット』の前を通ると、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。匂いを記憶しているのか、ロイが看板とドアの間をうろちょろしたが、クナに寄る気がないと分かると残念そうに離れた。
「おっ」
クナは立ち止まる。というのも、パン屋の二件隣が商業組合だった。冒険者組合もそうだが、なるべく街の中央部に近い位置に店を構えているようだ。
外壁はクリーム色、屋根は青色と、清潔そうな印象である。平屋建てで、奥に長い建物だ。
よく磨かれた大きな硝子窓からは、室内の様子が窺えた。おかれたカウンターの数は四つと、冒険者組合より多い。しかし制服を着た男性職員が立つだけで、他のカウンターは空いている。客の姿もないようだ。混み合う時間帯を、うまく避けられたらしい。
しかし冒険者組合と異なり、ドアは閉められている。
きちんと清掃された室内をもう一度、窓越しに見てから、クナは足元に向かって呼びかけた。
「ロイ、外で待っててくれる?」
「くぅん……」
「いいね」
不満そうな顔をする毛玉をおいて、クナは組合へと入る。
「いらっしゃいませ」と爽やかな挨拶の声に迎えられる。
カウンターに近づくと椅子を勧められた。ひとまず座る。今まで座ったことのないくらい、ふかふかと柔らかいクッションが入った椅子だ。人目がなければ、跳ねていたかもしれない。
「商業組合にようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「露店を出したいんですが」
「承知しました。臨時営業届を出すのは初めてでしょうか?」
「はい」
職員が奥に下がり、分厚い本を持ってきた。
広いテーブルに置かれたのは冒険者組合の二階で見た資料と異なり、きちんと製本されたものだ。
「しばらく読んでいてもいいですか?」
「もちろんどうぞ。ご不明な点がありましたらなんでもご質問ください。臨時営業届の白紙のものも置いておきますね」
他に客が居ないので、そのままカウンターに居座らせてもらう。
本を開き、文面に目を走らせるうち、クナは無意識に顎に手を当てている。
(なるほど)
やたらと小難しい言葉が並んでいるが、ようは臨時営業届を出すのに細かな規則はないが、借りる区画の位置や広さ、露店設備によって、貸借料が異なってくるようだ。
まず全面的に出店が禁止されるのが、ウェスの西側と南側。
西は貴族街、南は民家の区画だからだ。人の住む家の前で商売できないのは当然だろう。
となると残るはこの商業組合がある東か、冒険者組合や宿場町のある北。
クナが選ぶなら、やはり宿場町方面だろうか。きらびやかな雑貨や食べ物を売るならともかく、ポーションを売るには北側が向いているように思う。それに北側区画はあまり人気がないのか、貸出料金も安めでクナには手が出しやすい。
最初に売り出すならば、まずポーション一択だとクナは見ていた。
目薬や風邪薬を露店で買おうと思う人間は少ない。薬屋があるのだからそちらで買うはずだ。
しかもポーションについては、一店舗では供給が追いつかず、不便に思う声も多いらしい。これは、冒険者組合や宿屋で耳にした情報だ。
個人的にも、今日の午後あたりに薬屋は覗いてみようと思っていた。
アコ村とウェスでは、住民が求める商品もまた異なってくるだろう。
(北の区画なら、朝方にポーションを売れば、出かける前の冒険者の目につくし……夕方は、帰ってきた冒険者に立ち寄ってもらえる)
大まかな方針は決定した。
また、食品や飲料、薬品など、口に含むものを販売する場合は、事前講習会を受ける必要があると記載してある。
毎日のように開催されていて、簡単な試験も行われる。壁に貼りつけられた縦に長い用紙に目をやれば、今日も昼過ぎから予定されているようだ。
(私に必要なのは、講習会の参加認定証と、営業許可書の二つってことか)
講習会は受ければいい。営業許可書は、臨時営業届が受理されれば手に入る。
職員がおいていった臨時営業届にも目を通すと、責任者の名前をはじめとして、具体的に営業する日付や、販売する商品の名称について詳しく記入するようになっている。
開業届と異なり、臨時営業届であれば、翌日には審査結果が出るようだ。
そこまで目を通したクナは声を上げた。
「あの」
「どうされました?」
離れていた職員がすぐさま駆け寄ってくる。歩行しているのに、走るより俊敏に見えるのは長年の業だろうか。
「今日の講習会に参加はできますか?」
「事前予約は不要となりますので、開始時間の五分前に会場に来ていただければ大丈夫ですよ」
会場の場所を案内されつつ、クナは思う。
自分の作ったポーションは、アコ村でも受け入れられなかった。
(……これでもし、駄目だったら)
そのときは薬師として生きる道を、諦めるべきなのかもしれないと。
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