これがトドメを刺す最後の誘い

 学校での由香と舞の立ち位置は少し特殊だ。

 二人ともその類い稀なる美しい容姿で人気者ではあるのだが、一部の女子生徒からはかなり強い嫉妬の視線を向けられている。

 二人とも多くの告白を経験しているがそのどれにも頷くことはなく、教室に戻ってきた彼女たちが平然としている姿が気に入らないのだろう。


「……ムカつくわ」

「本当よね。澄ました顔しやがって」

「どうせ私たちを嘲笑ってんでしょあいつら」


 なんてことを言われてしまうことが多いのが由香と舞は。

 もちろん告白を断っているのは二人にとって望まない形だからこそで、その点に関しては彼女たちの事情と好みがあるので誰にも文句を口にする権利はない。


「由香♪」

「舞」


 二人はお互いを愛している……そこに誰も入り込む隙はないはずだった。

 二人が思い合っていることは二人だけの秘密であるため、女子同士が仲良くしている姿は他の男子にとっては目の保養だろうし、何より男の影がないというのは思いを馳せる者たちからすれば安心出来るからだ。

 しかし、最近になってその均衡が崩れたのだ。


「咲夜君♪」

「おはよう」

「おっす二人とも」


 一人の男子がその中に入り込んだ。

 彼は……咲夜は由香と舞の二人と同じクラスに所属する男子で、二人のことに関して咲夜のことは特に気にならない存在だった。

 それが今となってはどうだろうか、二人はいつも朝登校して来たら咲夜の元に向かうことが多くなり、それだけでなく休み時間の度に彼の元へ向かうのだ。


『どういう関係なんだ?』

『なにがあったんだ?』


 そんな風に三人の仲を邪推する者は増えた。

 そんな風に麗しき美人の二人と平凡な咲夜が織りなす日々に、モヤモヤとした気持ちを抱える男子が居るのも当然で、彼らは今日もまた由香と舞のことを考えていた。


「なあ、お前って藍沢さんが好きなんだよな?」

「そうだけど。そういう君は水瀬さんだろ?」

「まあな」


 その二人は咲夜たちより一つ上の先輩になる男子二人だ。

 あまりしつこく由香と舞に言い寄ることはないものの、絶対に二人の心をモノにしてみせると息巻いている比較的イケメンに入る男子だ。

 彼ら友人ということもあって好きな人に関することも話すことが多く、お互いに好きな相手については把握していた。


「最近さ……なんか傍に男が居るんだよ」

「みたいだな。誰だよあいつ」


 そして当然、咲夜の存在はやはり鬱陶しいようだ。

 そんな風に二人して歩いているととあるデパートの前に辿り着き、彼らは彼女たちを見つけた。


「あ……」

「あれは!」


 そう、二人の好きな由香と舞だ。

 彼女たちは二人で仲良く話をしながら時間を潰しているようで、特に何かを急いでいる様子も見られない。

 もしかしたらこれはチャンスかもしれないと、少しでも自分のことを知ってもらうんだと彼らが足を向けたその時だった。


「お待たせ二人とも」

「ううん、大丈夫」

「今日もお疲れ様だったね咲夜君♪」


 由香と舞に咲夜が近づいてきたのだ。

 二人と親しそうに話をする咲夜には目が向かず、彼らが見たのは咲夜と楽しそうに言葉を交わす由香と舞の姿……それこそ、自分たちに対して興味のない表情を見せていた姿はそこにはなく、見るからに楽しそうにする彼女たちの笑顔があった。

 更に彼女たちの行動が彼らの心に陰を差す。


「ど~ん!」

「うわっと!?」

「全くもう舞ったら」


 舞が思いっきり咲夜に抱き着いたのだ。

 驚く咲夜の頬に自身の頬を擦り付けるように、それこそ飼い犬が飼い主に甘えるかのように舞は咲夜に引っ付いている。

 まずそこでガクッと膝を折りそうになったのが舞に想いを寄せる片割れの彼だ。


「……藍沢さん?」


 もちろんこうなってしまうのは彼だけでなく、もう一人の彼も同様だった。

 正面から抱き着く舞とは別に、由香は背後に回って咲夜の背中からギュッと抱き着いたのだ――遠目からでも良く分かるのは、二人の豊満な肉体が咲夜をサンドイッチしてしまっているという事実……由香と舞は頬を赤く染め、それでも抱き着いているこの瞬間が幸せだと言わんばかりに笑顔なのだ。


「あ……」

「……………」


 それは二人に大きな敗北感のようなものを与えた。

 ただ噂だけなら良かった、ただ一緒に居るのを見るだけなら良かった……あんな風に抱き着いたり、ましてや自分の匂いをマーキングするかのように擦り付けるような姿を見たくはなかった……自分以外の男子に対し、あんな親しい間柄にしか絶対にしないような行動を見たくなかったのだ。


「ちょ、ちょっと二人とも離れてくれってば!」

「どうしてかしら?」

「気持ち良いでしょ? お腹も背中もあたしたちのおっぱいでむにゅむにゅしてるじゃんかさぁ♪」

「それが恥ずかしいんだっての!」


 それはもう眩しいほどのイチャイチャだった。

 咲夜と由香、舞のその姿を目撃してしまった二人は途端に背を向けて歩き出す……彼らはもう振り返らなかった。


▽▼


「……?」

「どうしたの?」


 バイトが終わった後、由香と舞に抱き着かれていた俺はあるモノを目にした。

 それは俺たちと同じ学校の制服を着た男子の背中……その背から妙にどんよりとした空気が醸し出されているのである。


(……なんかあったのかな。二人揃って失恋でもしたのか?)


 まあ仮にそうだとしても、学生に失恋は付き物だと俺は思っている。

 どこの誰に失恋してしまったのかは知らないが……そもそも失恋でない可能性もあるけれど、俺は特に気にしないことにした。


「それじゃあせ~ので離れるから」

「そうね。はい、せ~の」

「……………」

「……………」


 どちらも俺から離れることはなく引っ付いたままだ。

 しかし……何だかんだ離れてくれと口にはするのだが、この二人から抱き着かれている瞬間は本当に心地が良い。

 まるで心が満たされる感覚、体に触れている柔らかさに幸せを感じる、そして二人から香る花のような匂いが興奮を煽って……ええい!


「……っ」


 これを実感すると強く離れてくれって言えなくなるのも俺の弱さか……それとも、俺は二人にこうしてほしいと願っているのか。

 それを認めてしまったら最後、俺は本当に逃げ出せなくなりそうな怖さを感じる。

 なんてことを考えていると、ふと二人がこんな提案をした。


「ねえ咲夜君、今週は暇?」

「え? ……暇だけど」

「じゃあさ。良かったら泊まりに来て?」

「……ふぁ?」

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