彼女のしたかったこと
「それじゃあ今日はあたし、先に行ってるから!」
「え?」
「えぇ。いってらっしゃい」
放課後になってすぐ、舞はそう言って走り去っていった。
今日も今日とて俺たちは三人揃ってデパートでのバイトがあるのだが、何かが楽しみなのか舞はルンルンといった様子で一気にその背中が遠くなった。
「……どうしたんだ?」
「さあねぇ」
首を傾げる俺とは別に、由香は理由が分かっているのか微笑んでいた。
何か知っているのかと流石に気にはなったものの、それこそ合流した時にでも聞けばいいかと考えた。
「ねえ咲夜君、私たちはゆっくり行きましょうか」
「まあ時間は全然余裕あるしな」
ちなみに、舞は特に寄り道をするわけではなくデパートに向かったらしい。
今から行ったとしてもバイトが始まる時間まで長いし……ええい、先週までは全く気にならなかったのにどうしてこんなに気になるんだ俺は!
「気になるの?」
「っ……」
トンと肩に手を置かれ、真っ直ぐに見つめてくる由香の視線に俺はドキッとした。
気になる……確かに気になるのだが、それでもいざ口にするのは憚れてしまう。
「嬉しいわ。そんな風に気にしてもらえるようになったんだものね」
「……そうなのか?」
「えぇ。ただ、悩ませるつもりはないのよ全く……だから咲夜君は何も不安に思ったり悩まなくて良いわ。だってあの子がしようとしているのは――」
「水瀬さん」
何をしようとしているのかその答えが聞けると思ったその時、俺たちの背後から男子の声が響いた。
振り向くと割とイケメンの男子生徒が立っており……しかも先輩で、彼はジッと由香に視線を向けていた。
「水瀬さん良かった。まだ残ってたんだ」
「何ですか?」
……由香の声に抑揚がなくなった。
さっきまでの雰囲気は鳴りを潜め、何となくだけど雰囲気から由香はこの先輩に対して鬱陶しそうにしていることが感じ取れた。
俺とは全く違う彼女の様子に少しだけ……本当に少しだけ優越感を抱いたのはちょっと器が小さいのかもな。
「これから時間が欲しいんだ。そんなに長くは取らせない……だから――」
なるほど、どうやら先輩は由香に告白がしたいらしい。
告白だと明言はしていないのだが、この照れた様子を見ればほぼ間違いはない気がする。
「申し訳ありませんがこれからバイトなんです。好きな人と一緒に最近はずっとバイトしているんですよ私と舞は」
「……え?」
先輩がポカンと口を開けて固まってしまった。
由香は俺の手を取って歩き出したので、俺も彼女に続くように歩いていく……その間、先輩が声を掛けてくることはなかった。
上履きから下履きに履き替え、外に出たところで由香はクスッと笑った。
「相手が誰とは明言していないけど、流石にあそこまで言えば分かるでしょう」
「結構ハッキリ言ったもんな」
「この方が都合が良いもの。どうだった? 私の好きな人さん?」
「……その、正直に言っていい?」
「良いわよ」
「……嬉しくはあったな」
「うふふっ♪」
大好きと言われて嬉しくならない人間は居ないだろうまず……けど、こういう時に嬉しさを感じたと思ったらすぐにやってくるのは焦燥に似た何かだ。
俺は結局どうしたいのか、どうすれば良いのか……それをとても悩んでしまう。
(もっと怖いのは……由香と舞は俺のこの悩みすら流そうとしてくる。この悩みの果てにあるのが受け入れるということで、必ず二人から逃げられないように俺の進むべき道を勝手に工事されているような感覚だ)
百合の神様……俺はどうすれば良いんだ。
それでもバイトに向かう道中は由香との話がそれはもう盛り上がり、大したことのないプライベートの話でさえ話が弾んでしまう。
「咲夜君はどう? 私たちと話をするのは楽しいかしら」
「楽しいに決まってるだろ……うん、凄く楽しいよ」
「やった♪」
それで嬉しそうにしてくれるものだから更に嬉しくなるという……この子たち、まるで俺のツボを押さえているようなそんな気にさえさせてくるぞマジで。
それから由香と一緒にバイト先に向かったのだが、舞の姿はなかった。
「おぉ咲夜。水瀬さんも来たか」
「おっす~」
「こんにちは」
さて、舞は一体どこに行ったんだろうか。
由香は俺の隣でクスクスと笑い続けているし、おっちゃんに関してはポンと俺の肩に手を置いてこんなことを言った。
「藍沢さんも子供っぽい可愛い部分があるんだなぁ……いやぁまさかここまでツッキーのことを愛してくれるなんて思わなかったぞ」
「え?」
「それじゃあ俺は退散するぜ。二人とも、それから藍沢さんもバイトの方よろしく頼んだぞ」
おっちゃんはそう言ってミーティングルームを出て行ったんだけど、どこにも舞の姿はないのに何を言ってんだ?
「舞はどこにも……うん?」
その時、ガサゴソと微妙に音が聞こえた。
まさかと思ってそちらに目を向けると、そこにあるのは俺が変身する予定のツッキーの着ぐるみしか置かれていない……え? まさかそんなことがあるわけがないよなぁ絶対に。
「……まさかそんなそんな馬鹿なことが――」
俺は何気ない風を装いながらツッキーの頭を取った。
すると……」
「やっほ~咲夜君」
「……………」
俺はツッキーの頭を元に戻した。
そして一旦目を擦った後、もう一度頭を持ち上げた。
「やっほ~咲夜君♪」
「……………」
そこから出てきたのは舞だった。
ちょっと暑いのか額に汗を掻いている彼女だけど、どこか満足そうな微笑みがやけに色っぽく見えてしまい、俺は咄嗟に視線を逸らす。
「いやぁ一度でいいから着てみたかったんだよね♪」
「それで早くいけたら着れるかもって急いでいたのよこの子ったら」
「……そうだったのか」
でも……手入れはしているけど少し俺の匂いが残っているはずだし、それは彼女からすればどうなんだ?
「っ……この中凄いよ凄く……あぁダメ……これ……っ!!」
「お、おい!?」
俺の前でブルっと舞は体を震わせた。
どうしたんだと驚く俺に由香が耳打ちをボソッと……そして今度は俺の方が顔を真っ赤にしてしまうという事件が発生した。
その後、直前まで舞が入っていた着ぐるみの中に俺は入りバイトをするのだが当然落ち着くわけもなく……というか、少し股の辺りが濡れているのはなんなんだ……?
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