抜け出せない迷路

「これ、お願いしま~す」

「はい。お買い上げありがとうございます」


 休日、俺は朝早くから駅前のスイーツショップに訪れていた。

 これから約束した通り、由香と舞の家に遊びに行くことになっているので、そのお土産としてケーキを買っていくことにしたのである。


「前回は突然だったからこういうのもなかったし、やっぱり大事だよな」


 何事も形が大事、ということでケーキを嫌いな女子は居ないだろうという安直な考えだが……まあ大丈夫かな。

 一応俺の分も買ってから店を出た。

 十時半くらいに向かう約束をしたものの、既に今がその時間ということで少し待たせてしまうかと思い、少し遅れると連絡をしておく。


「もしかしたら心配させてしまう可能性もあるからなぁ……よし、ケーキを崩さない程度に走るか」


 それから慎重に走りながらマンションに到着したが五十分……二十分ほど約束した時間より遅くなったがまあ許容範囲内だと思いたい。

 以前に二人と一緒にここに来たので怖気づくことなく彼女たちが住んでいる部屋に向かい、インターホンを鳴らすとすぐに舞が出てきた。


「おそ~い!!」

「うおっ!?」


 ドンと音を立てて舞が抱き着いてきた。

 そのことにまず驚き照れるよりも、俺はケーキを死守するべく頭の上にすぐ移動させたおかげもあって無事だった。


(この状況でケーキの心配とは……俺もちょっと成長したのかな)


 何の成長だよと思いつつ、俺は舞に連れられるように中に入った。


「改めていらっしゃい咲夜君!」

「おう。お邪魔します……っと、これケーキ」

「わっ! ありがとう♪」


 素晴らしい笑顔に俺まで笑顔になってしまう。

 これは買ってきて正解だなと思いながらリビングに向かうと、今度は由香が扉を開けた瞬間に抱き着いてきた。


「お、おい……」

「遅かった……遅かったじゃない」

「……あ~」


 おかしい、なんで俺は抱き着かれているんだろうか。

 体に伝わる温もりと柔らかさ、舞の時にも感じたけど本当に夢でも見ているような気分にさせられる。


(ええい! だから変な期待をするな……でもこんな抱き着かれると……いやいや俺は男だろあり得ないあり得ないシャアアアアアアアアアアアッッ!!)


 よし、落ち着いたぞ。

 これはきっと彼女たちの優しさと心配の表れであり、報告していたとはいえ遅くなったことを心配してくれたんだろうな……本当に優しい子たちだ。


「えっと、もうケーキ食べちゃう?」

「いや、昼が近いから今は良いかな」

「そうだねぇ。それじゃあ冷蔵庫に入れとくから三時くらいに食べよっか」


 舞がケーキを冷蔵庫に仕舞う中、グッと由香に手を引かれて俺はソファに腰を下ろした。


「ふふ、咲夜君♪」

「っ……」


 ギュッと腕を抱かれ、さっき以上に彼女の豊満さが俺を攻めてくる。

 意外と力が強くて腕を抜けそうにないことにも驚きだが、どうしてこんなことをするのかという疑問も当然出てくる。


「由香?」

「なあに?」

「……離してもらえると――」

「嫌よ♪」


 速攻で拒否されてしまった。

 俺たちが座っているソファは大きく、言ってしまうと俺の空いているもう片方に座るスペースがあり……俺はまさかと思いながら舞が戻ってくるのを待つ。

 すると彼女は戻ってくると何も言わず空いている俺の腕を取り、そのまま由香と同じように身を寄せてきた。


(……俺、マジで夢でも見てんじゃないのか? 実は寝坊してて……それで二人に怒られる前にこの幸せな夢を見ろっていう神様の気遣いだったりするのか?)


 なんてことを頭の中で早口に呟いたが、二人から感じる確かな感触がこれが夢ではないと俺に教えてくれた。

 そうなると更に心臓の鼓動が早くなってしまい、ドクンドクンと音さえも彼女たちに聞こえてしまうのではと緊張する。


「緊張してるの?」

「あはは、顔が赤いよ咲夜君♪」

「ぐぬぬ……」


 なんでこうなっているんだ……俺は百合を守る騎士、百合の園を見守るだけのモブに過ぎないはずなのに、どうして俺は二人に挟まれているんだ!!

 百合に挟まる男は死あるのみ、つまり俺が死ねば全て平和になるということではないのか?


「……俺、死ねば良いのかな」

「ダメでしょ」

「ダメだよ」


 あ、更に強く抱き着かれ……はっ!?

 いかんいかん、割とマジで魂を持ってかれそうになるというか、気を失いそうになってしまったぞ。

 しかし、本当にどうしたんだ二人は。

 これで仲の良い最近の男女はこれくらいすると言われたらそれまでだけど、そんなことがあり得ないことくらい俺でも分かる。

 かといって二人が俺に対してそう言った感情を持っていないことも分かっているので本当に何も分からんぞ!


「あ、そうだ。ねえ由香、早速見せてあげても良いんじゃないかな」

「そうね。さあ咲夜君、立って」

「え?」


 言われるがままに俺は立ち上がり、そのまま二人に別の部屋に連れて行かれた。

 そこはおそらく二人が使っているであろう寝室で、三人くらいが横になっても全然大丈夫な大きさのベッドが置かれている。


「鍵をしてっと」


 ガチャっと音を立てて舞が鍵を閉めた。

 それから二人は私服姿でありながらベッドに上がり、互いに見つめ合って顔を近づけてキスを交わす。


「っ!?」


 それは以前に見たキスと相違ない光景だ。

 ただの触れ合うだけのキスから舌を絡めるキスへと変化し、段々と激しさを増すように二人のくぐもった声すらも聴こえてくる。


「言ったよね。もっと凄いの見せてあげるって」

「あ、あぁ……」


 これは……これ以上はダメだと俺はすぐに部屋を出ようとした。

 しかし、そんな俺を二人の強い言葉が縫い留めた。


「行かないで!」

「行っちゃダメ!!」


 今までに聞いたことがないほどの大きな声だった。

 ビックリして唖然とする俺を由香が手招きし、俺はボーっとしながら彼女たちに近づく……すると、瞬間に何かが腕に嵌められた。


「え!?」

「捕まえたわ」


 それは手錠だった。

 まあ玩具の手錠であることに変わりはないだろうけど、長い紐によって繋がれた手錠の輪っかは俺の手首と由香の足とで繋がれており、もしも俺が暴れたら彼女も巻き込んでしまう可能性さえ出てきてしまった。


「これ……は?」

「これで逃げられない、最後まで見るのよ咲夜君」

「うんうん♪ 咲夜君だけだよ。あたしたちを全部見れるのは」


 それから二人は絡み合う。

 僅かに服を互いに脱がしながら、頬を触り、首を触り、その豊満な胸までも手を這わせ……俺はただただ、それをジッと見つめるだけだ。


「咲夜君」

「っ……」


 立ち上がった舞が俺の手を握った。


「来てよ。我慢、出来ないでしょ?」

「あ……いや……」


 ……もう一度言わせてくれ、一体何が起きているんだ?


「分からないの? なら分からせるしかないわよね」

「そうだねぇ。えへへ、予習はしたし大丈夫かなぁ」


 ……俺は……何を期待されているんだ?

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