ハサミギロチン

「咲夜君、大丈夫?」


 私は肩を貸す咲夜君にそう問いかけた。


「だから大丈夫だって。というか普通に風邪の症状だと思うからそんな風に近づかない方が良いと思うんだけど」

「こんな時まであたしたちの心配をするの? こうして送っている以上もうそんなこと言ってもダメだってば」

「……確かに」


 舞の言葉に咲夜君は勢いを無くして下を向いた。

 確かに舞の言う通り、バイトも途中で抜けてこうやって送り届けようとしているのだから今更だ……それに、私はまだ彼から離れたくなかった。


(……本当に素敵な人。どうしてあなたはこんなにも私たちの心を離さないの?)


 おそらく頭が少しボーっとしているみたいだけど、それを良しとしながら私は彼を支えるフリをして体を押し付けていた。

 私のことを感じてほしい、もっともっと意識してほしいと言わんばかりに。


『またあなたはその子と一緒に居て……何を考えているの?』


 今日、バイトをしていた私たちの前に現れたのは母だった。

 親子なのだから完全に縁を切るのは難しいけれど、それでもなんとか祖父母の協力もあって家から離れたのに……それでも今日偶然に再会してしまった。

 どちらかといえばいつでも私を引っ張ってくれる舞も、今日ばかりは委縮してしまって母に言われるがままで、私はそんな舞を守るのにも必死だった。


『あり得ないわ。本当にあり得ない! どうしてあなたの価値観はそんな風におかしくなってしまったの? どうしてそんな子になってしまったの?』


 それは今の私を全て否定する言葉だった。

 悲しそうにする舞もそうだけど、私もどうしてそこまで言われなくてはならないんだと悲しかった。

 周りに居た子供たちも空気を感じ取ったのか怯えていたのも申し訳なかったし、何よりこんなところを彼に見られたくなかった。


『知ってますよ? その上で俺は彼女たちを祝福していますから』


 しかし、そんな私たちの元に彼は来てくれた。

 一目でさっきよりも顔色が悪いのに、それでも私たちを守るように彼は母に向かい合って多くのことを言ってくれた。

 私たちのことを肯定し、祝福し、私たちがずっと欲しかった言葉を彼は真っ直ぐに母に向かって言ってくれたのだ。


(……舞も同じなのよね。やっぱり私たちは似ているわ)


 あの時、彼の背はとても大きく見えた。

 目の前に立つ母のことがどうでも良くなるくらいに、私と舞は彼の背に見惚れ、彼から肯定された事実に心を震わせ、そしてまるで恋する乙女のようにただただ彼だけしか見えていなかった。


(認める認めない以前の話ではないわね。私と舞は互いに付き合いながらも初めて一人の異性に惹かれた……あぁ、こんなにも頼れる異性の存在って素晴らしいのね)


 かといって舞への気持ちが薄れるでもなく、その状態でも咲夜君に対して淡い想いを抱く私たちは果たしてどういう風に見られるのか……それを気にしたところでもはや仕方のないことだけど。


「そろそろ……だな。なあ二人とも、この辺で――」

「ダメよ♪」

「由香の言う通り♪」

「……………」


 ここまで来たらちゃんと送り届けるわよ。

 それに……あなたの家の場所、知っておきたいから。


▼▽


(あ~あ、由香ったら情熱的な目を向けすぎでしょ)


 あたしは咲夜君の横顔をずっと見つめ続けている由香に人知れず苦笑した。

 まあそれはあたしもそうだから笑ったり出来ないけれど、それにしてもさっきの咲夜君は本当にヒーローみたいだった。

 困っている人が居たらあんな風に助けるのは普通かもしれない、というか事情を知っているからこそ咲夜君は二の足を踏むはずだ。


(それなのに、咲夜君は決して否定することなくあたしたちのことを好意的に受け止めていることを説明した)


 あたしと由香の関係はデリケートなもので、別にあたしの親を含めて由香の親御さんの言葉も間違ってはいないのだ。

 だからこそ咲夜君からしたら難しいことのはずだったのに、咲夜君はあたしたちが愛し合っているんだから良いじゃないかと否定をするわけでもなく、咲夜君は心から思っていることを口にしてくれた。


「……咲夜君」

「どうした?」

「……なんでもない」


 ダメだなぁ……咲夜君があたしの視線に気付いたとしても、ジッと見つめていたいくらいに気になって仕方ない。

 元々気になっていたのは確かだけど、由香と一緒に完膚なきまでに心を掴まれてしまった……ねえ咲夜君、あたしってどうしたら良いのかなぁ?


「……くんくん」


 咲夜君の体を支えるために体を押しつけているけれど、その拍子に咲夜君の匂いをあたしは嗅いでいた。

 あ、これが男性の匂いなんだって感じはするんだけど、やっぱり咲夜君の香りということもあって脳が蕩けそうで、それこそこの匂いを嗅いだだけで彼に全身を包まれているような感覚にさえ陥る。


「そこだ。そこが俺の家」


 ある程度歩いていると一軒の家に辿り着いた。

 あたしや由香が一緒に住むマンションと違い、庶民的な温かさを感じさせるお家だった。

 もちろん庶民的というのは見下したりしているわけではなく、本当に家族として支え合っているんだと思わせる温もりを感じたのだ。


「ねえ由香、流石にここまでじゃない?」

「そうね。ここで大丈夫そうかしら?」

「あぁ。全然大丈夫――」

「あれ、兄さん?」


 そこで背後から声が聞こえた。

 そこに居たのは背の低い女の子で、目をパチパチと可愛く開いたり閉じたりしていて可愛らしい子だ。


(……あ、この子って妹ちゃんだ)


 写真を見せてもらったから見間違えるわけもないし、それにさっき彼女は兄さんと言っていたから確信だ。


「に……兄さんがハーレムを実現してる!?」

「変なことを言うんじゃないよ。つうか珊瑚、良かったら水でも入れといてくれると助かる」

「……あ、顔色が……分かったよ! 待っててね!」


 ちょこんとあたしたちに頭を下げて女の子は家の中に走って行った。


「二人ともありがとうな」

「いいえ、役に立てて良かったわ」

「そうだよ。安静にするんだよ?」


 分かってるよとあたしの言葉に咲夜君は笑顔を浮かべ、その笑顔にあたしは心臓が大きく鼓動するのを感じた。

 少し名残惜しいけれどそこで咲夜君とは別れ、あたしは由香と一緒に帰路を歩き始めた。


「妹さん……珊瑚ちゃんって言うんだね。可愛かったね凄く」

「えぇ。凄く小さくて可憐さがあったわ」

「それ、あの子の前で言っちゃダメみたいだよ?」

「え?」


 目を丸くした由香の背後にあたしは周り、由香の大きな胸を手の平で包み込んだ。


「ちょっとここの大きさに思う部分があるみたいだから」

「……なるほどね。これから咲夜君との付き合い方は増やしていくつもりだし、肝に銘じておくわ」


 あはは、由香ったら増やしていくつもりって言っちゃってるし。

 でも……そうだね、あたしもこれからどんどん咲夜君との時間を増やしていきたいと思ってるよ。

 それこそ、由香と一緒に彼を挟み込むように。


「でもさ、ちょっと意外に思ってるんだよね」

「なにが?」

「あたしと由香は今まで咲夜君のような人に出会ってなかった。だからこそ、こんなにも咲夜君に惹かれてるんだと思う」

「そうね」

「正直、物足りないと思ってる。あたしと由香、咲夜君でベッドの上で愛し合うこととか考えたら興奮がヤバいもん♪」


 実を言うと、由香と愛し合っている時にそれを想像することも少なくない。

 この空間の中に彼が居てくれたらどれだけ幸せで温かいのか、抜け出せない愛の奔流の中に引きずり込まれそうな気がするけれどそれも構わないって。


「由香はどう?」

「っ……」


 分かりやすいくらいに由香の顔が赤く染まった。

 それはあたしと同じことを考えている証、あたしと同じように一人の男の子に心を奪われ惹かれている何よりの証だ。


「これはもう、本当に挟み込むしかないなぁ♪」

「それは良いのかしらと思うけれど……そうね。この気持ちはとめられそうにないもの。頑張りましょうか舞」

「うん♪」


 でも、割と正直な話結構良い決着に行けそうな気がするんだよね。

 あたしと由香は別に自身の容姿で他人にマウントを取ることはないけれど、それでも優れた容姿とスタイルを持っていることは理解している。

 だからこそ、如何に百合が好きとはいえあたしたちに囲まれたら平常心を保つなんて絶対に無理――だから覚悟してね咲夜君♪

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